アサトー・マー・サッド・ガマヤで始まるパヴァマーナ・マントラ

非真実と真実、闇と光、死と不死、という対比の繰り返しが印象的な「アサトー・マー・サッド・ガマヤ」で始まるマントラの解説です。

 

白ヤジュルヴェーダの祭儀書シャタパタ・ブラーフマナ(शतपथब्राह्मणम् Śatapathabrāhmaṇam)14.4.1.30詩節に出てくるのが最も古い典拠で、最初期のウパニシャッドの一つ、ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド(बृहदारण्यकोपनिषत् Bṛhadāraṇyakopaniṣad*1)1.3.28詩節にも登場し、「パヴァマーナ・マントラ(पवमानमन्त्रः pavamānamantra)」と呼ばれています。

パヴァマーナとは、√पू pū(漉す)という動詞から派生した「精製」「濾過」「浄化」といった意味の語で、それには「ソーマ(सोम soma)*2」という植物が深く関係しています。

 

ヴェーダ時代に行なわれていた重要な祭祀「ソーマ祭」では、ソーマから作られた興奮作用ある飲み物を神にささげる=祭火に注ぐことが祭祀の中心で、祭主や司祭たちは神にささげたソーマ酒の残余を頂き、長寿や吉祥を神に祈りました。ソーマを搾ったり精製したりするときに唱えられるマントラが「パヴァマーナ・マントラ」です。リグ・ヴェーダ第9巻が全てソーマに捧げる讃歌(マントラ)でまとめられているほど、ソーマはヴェーダ時代の重要な神格で、「パヴァマーナ」=「自ら清まるもの」と呼ばれています。

 

混濁した液体が漉し器(パヴィトラ、पवित्र pavitra)を通って精製され滴り落ちる様子を、ヴェーダの詩人達は天界の光景や宇宙の生成と重ね合わせて讃えました。また、ソーマ酒を飲めば不死が得られるとも歌われています。

しかし、人格神としてはあまり発達せず、天体の「月」がソーマの容器と見なされるうちに「月」そのものと同一視されるようにもなりました。

 

現代では、ソーマへの讃歌という意味合いはほとんどありませんが、無知から真実への導きを祈るマントラとして広まっています。

 

【逐語訳】

असतो मा सद्गमय

asato mā sad_gamaya

私を非真実から真実へお導きください。

(アサトー マー サッド ガマヤ)

 

तमसो मा ज्योतिर्गमय ।

tamaso_mā jyotir_gamaya |

私を闇から光へお導きください。

(タマソー マー ジョーティル ガマヤ)

 

मृत्योर्मामृतं गमय ।

mṛtyor_mā_amṛtaṁ gamaya |

私を死から不死へお導きください。

(ムリティヨール マー アムリタン ガマヤ)

ॐ शान्तिः शान्तिः शान्तिः ॥*3

om śāntiḥ śāntiḥ śāntiḥ

オーム、平安あれ、平安あれ、平安あれ

(オーム シャーンティ シャーンティ シャーンティヒ)

 

(Śatapathabrāhmaṇam 14.4.1.30/Bṛhadāraṇyakopaniṣat 1.3.28)

 

【単語の意味と文法の解説】

 

左から、デーヴァナガーリー表記、ローマ字表記、<名詞の語幹形、動詞の語根形 >、語意、(文法的説明)、「訳」、という順番で説明しています。

 

असतः asataḥ <a-sat-> 非真実、(sat- はbe動詞√as-(ある)の現在分詞で、「存在する~」「存在」が根本的な意味。それが拡張して「善」「真」「正義」の語となった。冒頭のa-は否定の意味を付け加える。語末の-aḥはサンディのために -oと変化。中性名詞、単数、奪格)「非真実から」

 

मा mā <mat-> 私、(一人称代名詞、単数、対格、附帯形)「私を」

 

सद् sad <sat-> 真実、(asataḥを参照。語末の -tはサンディのために -dと変化。中性名詞、単数、対格)「真実へ」

 

गमय gamaya <√gam- > 行く、(使役、命令、2人称、単数)「行かせてください」

 

तमसः tamasaḥ <tamas-> 闇、(語末の-aḥはサンディのために –oと変化。中性名詞、単数、奪格)「闇から」*無知蒙昧な状態も指す

 

मा mā <mat-> 上のmāを参照。

 

ज्योतिः jyotiḥ <jyotiḥ> 光、(語末の-ḥはサンディのために –rと変化。中性名詞、単数、対格)「光へ」

 

गमय  gamaya <√gam-> 上のgamayaを参照。

 

मृत्योः mṛtyoḥ < mṛtyu-> 死、(語末の-ḥはサンディのために –rと変化。√mṛ-(死ぬ)から作られた中性名詞、単数、奪格)「死から」

 

मा mā 上のmāを参照。

 

अमृतं amṛtaṁ <a-mṛta-> 不死、(√mṛ-(死ぬ)の過去分詞からの中性名詞、単数、対格)「不死へ」

 

गमय gamaya <√gam-> 上のgamayaを参照。

 

ॐ oṃ <a-u-m> 聖音、プラナヴァ「オーム」

 

शान्तिः śāntiḥ <śānti-> 平安、(女性名詞、単数、主格)「平安あれ」

 

(*1 サンスクリット語のサンディ(連声)のルールに従えば語末の-dは-tと発音されるため、「ウパニシャット」と言うのが正しいですが、ローマ字およびカタカナでは従来どおり「ウパニシャッド upaniṣad」と表記しました。)

 

(*2 ソーマ祭の伝統が失われ、ヴェーダ聖典の記述からはソーマが何の植物だったのか判然とせず、麻黄科の植物や、ワライタケのような毒キノコ類との仮説もあります。文化的、言語的に同一起源を持つペルシャのゾロアスター教で用いられていた「ハオマ」という植物は、ソーマと同一だったようです。)

 

(*3 最後の一行 om śāntiḥ śāntiḥ śāntiḥ は原典にはありません

 

(文章:pRthivii)