152、アーユルヴェーダ音楽療法入門14(そもそも精神世界とは? -その1-)

「精神世界」という言葉は、いったい何を意味しているのか? 極めて多種多様な解釈があります。しかし、最も基本的な解釈が「人間の内面世界(心と思考)と、それに関わる形而上(宇宙や自然の神秘、神々のことを含む)のテーマの総称であり、フィールドである」である、ということには異論はないでしょう。
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1、「精神世界の語彙」の問題点
精神世界関連で用いられている言葉は、宇宙、神々、自然、人間、その心・思考・精神を分かる上で、極めて重要な言葉たちです。にも拘わらず、いずれも論理的な定義=概念が定まっていないため、「人によって解釈がまちまち」というトンデモないことが当たり前のように(百年以上?)続けられて来ました。以前にも述べましたが「感じた、思った、想った、考えた、悲しい、哀しい」の区別が無い人や誤用している人が現代社会人の大半を占めてしまった原因のひとつにもなっていると考えられます。
ところが、「心の琴線に触れる」「心に響いた」「心が折れそう」「魂の叫び」「腑に落ちた」などは、人それぞれの解釈で用いられているにも拘らず、「深み・重み」は、ほぼ共通の感覚で感じていることは明らかで、通常よりも大げさに言いたい時に「心」を持ち出し、「魂」は、その最上級でありながら、何処かで「日常的な感覚(自覚や意識)=Ahamkara」とは距離があることを示唆しています。「魂」に感じる距離感は、「意識出来る自分の人格とは少し別なもの」と、まるで正解が分かっているかのようでもあります。つまり、殆どの人が「なんとなく分かっている」のです。そして、洋の東西を問わず、より昔の人は「より正しく分別していた」ということは様々な文言から察することが出来ます。
では、何時頃どのようにして、この重要な定義が曖昧にされ、各自の好き勝手や誤用が生じるようになったのでしょうか。
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2、「精神世界の語彙」の誤用の例 (権力者の恣意?)
今回の図の中心にならぶ二つの「四重円」は、何度もご紹介しているもので、右が「元来の人間の精神構造」で、左が「現代人の多くに見られる精神構造」です。今回はそれに対し、昔からよく言われる言葉が何をどう意味・意図しているかを示しました。

まず、左端の「Frontier Spirits」は、日本では「開拓魂」と訳されますが、直訳では本来「開拓心」と訳すべきものです。
そもそも、古今東西で言われる「心は本来純真で無垢なもの」という観念を基本に考えれば「開拓心」という語法はおかしなもので、それを言うならば「向上心・克己心・自制心・疑心、愛国心、探究心、などなど」もほぼ誤用と言えます。何故ならば、「心=純真で無垢」という観念と「社会性」は、或る意味相反するからです。
従って、「向上心・克己心・自制心・疑心」などは、「向上志向・思考/克己志向・思考/自制志向・思考/疑い志向・思考」と言うのがより正しく、「Frontier Spirits」もまた、正しくは「開拓志向・思考」とすべきなのです。勿論、私とて、今更そう言い直したりはしませんが。
言い換えれば、「本来(誰もが大人になっても)純粋で無垢で子供のようであるの『心』」に対し、「理性・理念・道徳」という社会的圧力が掛かり、「心かくあるべき」的な観念が強要されている、と見ることが出来るのです。
分かり易く言えば「為政者(権力者)は、民衆の意識を操作したい時に『心』を用いて洗脳する」ということです。その証拠のひとつに「疑心」は、例外的に存在しますが「厭世観、劣等感、優越感、満腹感、不信感」などは、「厭世心、劣等心、優越心、満腹心、不信心」には変えられて来ませんでした。
その理由は、それらの語彙がいずれも「アテにならない、一過性の場合も多い、社会の制御に役立たない、個人的過ぎる」などであることは明らかです。
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同じような恣意を見るならば、「魂」に関しての慣例はより一層顕著です。まず、「Frontier Spirits=開拓心」を日本では「開拓魂」と訳します。これを「大和魂」と並べて論じると、集団のリーダー(開拓団のリーダーから国家の最高権力者まで様々な)の恣意がかなり見えてきます。「開拓心」や「大和心」とすると、なんだか「移ろい易い」「アテに出来ない」感じがしますし、「個人的」であり「個々で異なる」可能性が感じられ、「大儀の為に我心を捨てて団結し奮闘すべし!」という時には不向きだからです。
もし古今東西の人間たちが、「自らの心・精神世界を大切に思い、常に向かい合い。それらに対する外界のよからぬ作為に対しては毅然と立ち向かう。その判断をより正確にするための論理的思考を鍛えている」ならば。
「『向上心・克己心・自制心』??なんだそれは!? 『心』は誰にもあれこれ言われず手出しをされない俺様の(子供の頃から何ひとつ変わらない)純粋で無垢な宝物だ! それを言うなら『向上志向・思考、克己志向・思考、自制志向・思考』と言え!喜んで持ち、高めて見せるさ!」
「『大和魂? 開拓魂?』??なんだそれは!?『魂』は、神から預かった「前世の心」だ!それを集団とその目的の為に同一化・統一するなんて、あり得ない!」それを言うなら「大和志向・思考」「開拓志向・思考」と言え! 喜んで持ち、尽力してやるさ!」
のような根性があれば、みすみす「心かくあるべき」「魂の共有」などという狂った観念(単なる語法としてであっても)を刷り込まれることはなかったのです。
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その一方で、私たち一般庶民が「精神世界の言葉」を誤用してしまうこともあります。

例えば、良く言われる「素直な心」「心にしみる」「心が折れる、折れそう」など、加えて「心が荒む」「心が乱れる」「心がざわつく」「心から願う」「心から詫びる」はいずれも、「遠からずとも当たらず」です。
何故ならば、「純粋で無垢な心」は、「私たちの中に今も居る子供の時の自分」であるとするならば、その「外側」にある「論理的思考領域の私」と、更に外側に居る「気分・感情領域の私」は、「奥底に居る子供の私」の両親のようなものだからです。
従って、「社会や外因との対峙」は、基本的に両親が行い、そこでの「世知辛さ」「面倒事」「喜怒哀楽」は、子供にまでそうそう届かない筈なのです。しかし現実世界でも「親が不在」「居るけど頼りない」などの場合、子供に直接利害が及ぶことがあるように、「精神世界」でも同じ様なことが起こり得る訳です。故に「遠からずとも当たらず」なのです。
言い換えれば、「本来子供(心)に不要なもの、害なものを届かせるようでは駄目親だ」と考えれば、「心が折れる、折れそう」「心が荒む」「心が乱れる」「心がざわつく」などは「駄目親」を吹聴しているような言葉ということになります。
一方で、「心から願う」「心から詫びる」は、「子供の願い、侘びか?」というと、流石にそうではなく「純粋に無垢に、本当に」という意味で、確かに成り立ち得る語法と言えます。ただ、基本的に前述したような「駄目親的な『気分感情』と『論理的思考性』の人」の「心から願う、詫びる」は、如何なものか?とも言えますが。

感情領域と思考領域が駄目親的であってもなくても。いずれにしても私たち庶民は、とかく「大げさに言いたがる」とか「美化したがる」傾向にあります。
その結果「感じた」よりは「思った」の方が、「思った」よりは「考えた」や「想った」の方が、より深い・真面目・本当っぽい、を習慣的に選択しかねないのです。
尤も最近では「とうとう居直ったか?」と呆れを通り越し恐怖さえ感じさせる若者も現れ始め、およそ全てを、むしろ「感じた」で済ませる、ある意味正直ですが、(駄目親を恥じないどころか、思考しないことさえ恥じず)臆さない姿が見られます。
いずれにしても、私たち庶民のいささか姑息な「大げさや美化の習慣」と、「権力者の恣意」は、対立せず。都合よく相乗効果をもたらして、「大切な言葉を曖昧にし、互いの誤用を許し合う」ということを何十年、何百年続けて来たということなのです。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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是非ご参考にして下さいませ。

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(文章:若林 忠宏

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