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雑記帳

永遠の存在

「私も、あなたも、誰ひとりとして、過去に存在しなかったことはない。私たちが未来に存在しなくなることもない。それはいつの時も永遠に存在している。(バガヴァッド・ギーター2章12節)」
一瞬一瞬が重なり合い、その中で私たちは様々な出来事を経験しています。そして出会いや別れ、喜びや悲しみ、繰り返されるその瞬間の中に自分自身の姿を映し出し、始まりと終わりを繰り返すその出来事の中で、いつしか自分自身の存在も永遠ではないもののように感じてしまうことがあります。
あの未曽有の大震災を通じて、私たち一人一人の心が失ったものは、目に見えるもの、肌に触れるもの、耳に聴こえるものだけではなく、きっと言葉では表現できないほど大きなものであったに違いありません。その事実を改めて思うと、心と体が負った深い溝と向き合うにはとても長く、そしてとても短い一年であったように思います。
今ここで、移り変わる季節の中にゆっくりと佇みながら、その変化を眺める自分自身の存在を、バガヴァッド・ギーターの中でクリシュナ神が述べる言葉の意味とともに深く考えています。それは、終わりも始まりも存在しない、二度と訪れない今というこの瞬間の連続の中で、私たちは永遠の存在に他ないのだということ伝えているような気がしてなりません。
クリシュナ神は続けます。「移り変わるのは物質だけであり、魂は滅びもせず焼かれもせず切られもせず、永遠に存在している。変化を続ける物事、肉体、その不可避のことのために嘆き悲しむ必要はない。今、自分の義務を遂行しなさい。」と。(2章より抜粋)
目の前で起こる出来事、感覚に触れる小さな何か、そのあらゆる事象に、私たちは常に踊らされ続けています。それらを知覚する私たちは、移り変わる一瞬一瞬に飲み込まれることなく、いつの時も変わらない存在、それが私たち自身であるということを、今学ばなければならないと感じています。
二度と訪れないこの瞬間を全力で生きること、それがあの震災を経た今、私たちにできる唯一のことなのだと、この神聖な空間が伝えているように思います。そして、世界の至福を願う祈りは、いつの時も絶えることなく、今日もここで続いています。
(文章:ひるま)

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