シヴァ神の流した涙
インドの各地を歩いていると、そしてそれがシヴァ神を祭る寺院やゆかりの地であると、そこには必ずルドラークシャがあり、敬虔な信者たちが肌身離さずその数珠と共にある姿がまるでシヴァ神そのもののように存在しています。瞑想時や礼拝時の数珠として用いられることで有名なそのルドラークシャは、こうして非常に神聖な実として古くから大切に崇められてきました。
シヴァ神の流した涙であるルドラークシャは、ヨーガ行者の間でも必須のアイテムと言っていいほど欠かすことができないものです。ここヨーガの聖地リシケシも、あちらこちらにルドラークシャの数珠が並び、大小さまざまなその数珠を身にまとったサドゥやリシたちの姿で溢れています。
そんなリシケシでも、時たまその木を見かけることがありますが、多くの人々はその姿や形などを知りません。しかし、菩提樹の実であるルドラークシャは数珠としてだけではなく、古くから民間療法の一部として人々の間で用いられてきました。その効能や働きについては、サドゥやリシたちによって秘儀に伝えられると言われています。
ルドラークシャが実をつける季節は土地や気候にもよりますが、ここリシケシではちょうどその実が成り終えたところです。この度、ルドラークシャの産地でもあるネパールの知人と共に、その神聖な実を求めて出かけてきました。
採集法
ルドラークシャの木はまるでマンゴーの木のような姿で、非常に高くそびえ立っています。生い茂る葉っぱの間に成るオリーブのような実は濃い緑色の外皮に包まれ、その外皮を剥くと薄い緑色をした果肉が出てきます。
生の果実はこのように鋭い棒などを使って削っていきますが、水分を多く含んでいるため、なかなか溝ははっきりとでてきません。青臭く、舐めてみたところ非常に渋みの強いその実は、削り続けると中心に硬い珠が存在し、それが数珠として用いられるルドラークシャ・ビーズになります。
採集した直後の濃い緑色のルドラークシャと、生の実を削り出てきた中の珠。3つの珠の中で中央のものは木から落ちてしばらく経過していたため、少し色が濃くなってきています。削った果肉は後にご紹介する民間療法の中で用いられます。
濃い緑色だった果実は採取された後、1週間ほど置くと乾燥が始まります。濃い青色へと変化すれば中の珠は取り出しやすくなり、きれいに果肉が剝された後は、マスタードオイルなどに浸され乾燥を防ぎ、数珠としての姿に変わっていきます。
ルドラークシャの姿
ルドラークシャを語る中で欠かせない「面(ムキー)」は、珠にいくつの溝があるかで決まりますが、生の果実を剥いて出てきたものは3面(3溝)のルドラークシャでした。一本の木から採れる実は、それぞれ面数の異なるものが混同しています。非常に稀でコレクターの間では高価な値段でやり取りされる1面のルドラークシャも、一本の木から何千個と採れたとしても、その中に含まれているかは誰も分からないそうです。
ルドラークシャの効能
ルドラークシャは身につけるだけで、心身のあらゆる不浄なものが浄化されると伝えられています。ルドラークシャの真偽を確かめるために、銅の硬貨の間に置くと僅かに動くなどという説も伝えられるのは、ルドラークシャが電気エネルギーの特性を持ち合わせているからだと言われ、その特性が様々な疾病に大きな効果をもたらすとも言われています。
電気エネルギーの特性を持ち合わせるルドラークシャの効能でまず伝えられるのは、血圧の正常化や精神状態の安定化などです。それは数珠として身につけられた時、身体にその電気的特性が伝わるからだと言われます。その他にも民間療法として用いられる方法は非常に多く、今回はそのいくつかをご紹介します。
民間療法
・頭痛…ルドラークシャと乾燥しょうがのペーストをおでこに塗る。
・あらゆる眼病…ルドラークシャの実をローズウォーターに浸したものを目薬として点眼する。また、日の出の時間にルドラークシャの実を見つめ、少しの間まぶたに当てることで視力の回復に。
・心臓の病…ルドラークシャの実をにんにくと共に一晩浸した水を取り続ける。
・慢性的な咳や肺炎…ルドラークシャとトゥルシーのペーストを合わせたものを胸に塗る。
・消化器官…ルドラークシャのペーストと生姜のしぼり汁を混ぜたものは消化を助け食欲を増長させる。
・血圧…ルドラークシャを一晩浸した水を早朝、空腹時に飲むと正常値に近づく。
・コレステロール…ルドラークシャとにんにくを牛乳で沸かしたものはコレステロールを下げる。
・皮膚のシミ…ルドラークシャとサンダルウッドの粉末を混ぜたものを塗り続ける。
・水ぼうそう…ルドラークシャとニームのペーストを蜂蜜と混ぜ、塗りこむ。
※ルドラークシャの実の古さや状態によって変化が生じるため、実際に民間療法で好まれる実は、アムラの実(インドスグリ)の大きさになってから3年ほどが良いと言われます。
これらは、ルドラークシャをよく知る知人から伺ったほんの一部の療法です。ネパールの山岳地帯出身の知人は、小さい頃からルドラークシャの木に囲まれて過ごし、神聖でありながらもその存在はとても身近で親しみ深いものだと口にします。
その神秘性
ルドラークシャがこれほどまでに多くの疾病に利用され、価値あるものとして崇められてきたのには、古くから人々がシヴァ神の流した涙として祈り続けてきたことが大きいと、その神聖な実と共に過ごしてきた知人は口にします。
聖なる河であるガンジス河から遠く離れている時、ルドラークシャの実をつけておいた水で沐浴をすることは、そのガンジス河の水で沐浴をすることと同じ効果があるとも言われるほど、人々の神を信じる想いが強く込められていることが伺えます。
科学的にルドラークシャの持つ電気的特性が証明されたとしても、古い時代から人々の想いや祈りが込められたこの神聖な実は、その強いエネルギーを内に秘めています。アーユルヴェーダや古来の伝統的な民間療法が深く根付くインドでは、目に見える効果よりも、目には見えない神秘的でスピリチュアルな力を強く信じます。
祈りや想いのエネルギーというものは、想像以上に強いものです。目には見えないものであるが故、時に謎めいたものに捉えられることがあっても、物質に汚されずその精神が豊かであった時代に人々が学んだ知恵こそ、純粋でいて確かなものはありません。
その実を心から大切に手にする知人の姿を見ていると、信じる心が生み出すその深い精神性は何にも勝る特効薬なのだと感じてなりませんでした。世界の至福を願って瞑想を続けたシヴァ神の目から流れ落ちた涙は、今この時代にも人々によって祈られ守り続けられています。
(文章:ひるま)
ルドラークシャ
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