2020年6月の主な祝祭

lotus flower

2020年6月の主な祝祭をご紹介いたします。

5月〜6月が酷暑期となるインドでは、この時期、水すらも摂らない一年で一番厳しい断食が実践されるニルジャラ・エーカーダシーが祝福されます。一方で、6月に入ると少しずつモンスーンが北上し、恵みの雨が潤いをもたらします。

6月1日 ガンガー・ダシャラー
6月2日 ニルジャラ・エーカーダシー/ガーヤトリー・ジャヤンティ
6月3日 プラドーシャ
6月6日 満月/カビールの生誕祭
6月9日 サンカタハラ・チャトゥルティー
6月15日 ミトゥナ(双子座)・サンクラーンティ
6月17日 エーカーダシー
6月18日 プラドーシャ
6月19日 シヴァラートリー
6月21日 新月
6月22日 アーシャーダ・グプタ・ナヴァラートリーの始まり
6月23日 ラタ・ヤートラー
6月30日 アーシャーダ・グプタ・ナヴァラートリーの終わり

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:Month Panchang

パールヴァティー女神の苦行

シヴァ神の妃として美しく姿をあらわすパールヴァティー女神には、アパルナーという別名があります。
アパルナーには、「葉がない」という意味があります。
その別名が生まれた神話には、シヴァ神を夫としようと苦行を行った、パールヴァティー女神の揺るぎない思いを見ることができます。
その神話は、私たちに美しく日々を歩むための道を示してくれるものでもあります。

最初の妃であるサティーを亡くしたシヴァ神は、長く深い瞑想に耽っていました。
そんなシヴァ神と結ばれようと、パールヴァティー女神は深い森に入り、厳しい苦行を始めます。
柔らかな身体を守るものも身につけず、雨風にさらされながら、長きに続いたその苦行の間、パールヴァティー女神は一枚の葉さえ食べることはありませんでした。

そんな姿を目にした賢者たちは、パールヴァティー女神を「一枚の葉さえ食べることを拒む者」と呼ぶようになりました。
そうして肉体が生み出す欲望を克服したパールヴァティー女神の姿は、深い瞑想を続けるシヴァ神の心を揺さぶります。
やがて、シヴァ神はパールヴァティー女神を受け入れ、二人は結ばれたと伝えられます。

アパルナー女神としてのパールヴァティー女神は、葉のない蔦に例えられます。
何があっても、ずっと巻きついて離れない蔦には、永遠や不滅の象徴があります。
パールヴァティー女神の思いは、まさにそんな蔦のようであり、アーディ・シャンカラーチャリヤはアーナンダ・ラハリの中で、その美しさを詩にしています。
華やかな姿をひととき見せる葉よりも、永遠の至福に留まる無垢な蔦に、真の美しさが見えるようです。

肉体を持つ私たちは、そこに沸き起こるさまざまな欲望によって、シヴァ神という純粋な意識から遠く離れてしまいがちです。
そうして暗闇に落ちていくことも少なくありません。
アパルナー女神のように、何があっても永遠の存在と絶対に離れない定まった思いを育む時、私たちは何よりも美しい人生を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

新型コロナウィルス緊急アンナダーナ活動報告(その3)

新型コロナウィルス緊急アンナダーナにご協力をいただいております皆様、誠にありがとうございます。

3月25日に始まった新型コロナウィルス感染拡大防止のためのインド全土の封鎖は、これまでに3度の延長が行われ、現在は5月末までとなっています。
新規感染者数は増え続け、現在は15万人を超えていますが、全土封鎖による経済や社会への影響が深刻になっていることから、3度目の延長ではさまざまな緩和策が取られ、社会経済活動の再開が進んでいます。

現在、当初より問題となっていた出稼ぎ労働者の人々は、政府が手配した列車やバスで、故郷に戻ることが許されるようになっています。
現在のアンナダーナは、許可を得た現地のボランティアチームに加わって活動をしていますが、感染が広がっていることから、なるべく多くの人に混乱なく短時間で配るために、出稼ぎ労働者が乗るバスに物資を配る許可を取得しました。
主に、長距離列車に乗るための人々を主要駅まで輸送するバスや、デリーに隣接するウッタル・プラデーシュ州に向かうバスです。
水やビスケット、マスクといった物資の寄付の中で、シーターラーマからは食事のプレートを寄付する形になりました。

今回の実施は5月25日となり、手配できたメニューは、ラージマー・チャーワル(豆のカレーとご飯、1皿45ルピー)が500プレートです。
密集を防ぐため、1台のバスに乗ることができるのは35人まで、これに、ドライバーを含めた乗務員が3人となります。
合計で最大38人となりますが、定員以上に乗車している可能性もあるため、足りないことがないように、各バスに約40プレートを配りました。
バスは次々に出発し、停留する時間がないため、まとめて配り、車内で各自が取り分ける形です。

これまで40度前後の気温が続いていましたが、先週末から気温が上がり始め、ここ数日においては過去18年でもっとも高い気温となり、デリーでは47.6度、ラージャスターン州のチュールーでは50度に達しています。
出稼ぎ労働者の人々は、飢えと暑さという、非常に困難な状況に直面しています。

さまざまな緩和策が取られていることから、今後も感染拡大は続くとみられています。
少しずつ経済活動の再開が進んでいますが、経済的に弱い立場にある人々の生活は厳しい状況が続きます。
この度の温かいご協力に、心より御礼申し上げます。

次回の配給後、改めて、ご報告をさせていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

ニルジャラ・エーカーダシー2020

2020年は6月2日にニルジャラ・エーカーダシーが祝福されます。

ヴィシュヌ神に捧げられるエーカーダシーは、断食を通じて感覚器官を統制し、自己を清めるための吉日として知られ、この日は完全な断食、もしくは穀物を除いた果物などの食事が行われます。

月の満ち欠けのそれぞれ11日目にあたるこのエーカーダシーは、年間でおよそ24回訪れます。そして、これから迎えようとしているニルジャラ・エーカーダシーは、一年の内でももっとも厳しい断食が行わる時となります。「ニルジャラ」は「水の無い」を意味し、敬虔な人々は水すらも口にしません。ニルジャラ・エーカーダシーにおいて、水すらも飲まずに断食を成し遂げた者は、一年の24回のエーカーダシーを全て達成したことに値するとも伝えられるほどです。

ニルジャラ・エーカーダシーを迎えるジェーシュタ月(5月~6月)は、インドの多くの地域が一番の酷暑期にあたります。この時、水すらも口にしない断食を行うことは大変な苦行を意味し、これを達することにより、肉体だけでなく、精神が深く清められると信じられています。

断食はウパヴァーサと呼ばれ重要な行いとされますが、エーカーダシーの断食を終える時はパーラナと呼ばれ、これも重要視される時です。パーラナは月の満ち欠けの12日目にあたるドヴァーダシーの日の出後といわれます。2020年のエーカーダシーとパーラナは以下の通りです。

・日本時間
エーカーダシー:6月1日午後6時27分〜6月2日午後3時34分
パーラナ:6月3日午前4時26分〜午前7時20分

・インド時間
エーカーダシー:6月1日午後2時57分〜6月2日午後12時4分
パーラナ:6月3日午前5時23分〜午前8時10分

エーカーダシーの断食の実践により、心身の奥深くにまで行き渡る浄化は、より明瞭な意識を授けてくれます。この日、エーカーダシーの断食に挑戦してみるのも良いかもしれません。

参照:2020 Nirjala Ekadashi

失くしたものを取り戻すためのマントラ

日々の生活においては、物を落としたり忘れたりして、紛失することが少なくありません。大切なものであれば、どうにか取り戻したいと強く思うことも多くあります。インドには、そんな失くしたものを取り戻すためのマントラが伝わります。


・कार्तवीर्यार्जुनो नाम राजा बाहुसहस्रवान् ।
तस्य स्मरणमात्रेण गतं नष्टं च लभ्यते ॥ १॥
・kārtavīryārjuno nāma rājā bāhusahasravān ।
tasya smaraṇamātreṇa gataṁ naṣṭaṁ ca labhyate ॥ 1॥

・オーム カールタヴィールヤールジュノー ナーマ ラージャー バーフサハスラヴァーヌ
タスヤ スマラナマートレーナ ガタン ナシュタン チャ ラビャテー
・意味:千の腕を持つ王であるカールタヴィールヤ・アルジュナのその御名を想うことで、失くしたしたものを手にする。

このマントラは、カールタヴィールヤ・アルジュナを讃える讃歌、カールタヴィールヤ・ドヴァーダシャナーマストートラム(कार्तवीर्य द्वादशनामस्तोत्रम् )の最初の節にあたります。カールタヴィールヤ・アルジュナは、ナルマダー川のほとりにあるマーヒシュマティーに都を持つ、古代のハイハヤ王国の伝説的な王でした。ダッタートレーヤ神を崇め、千の腕を持つとされます。

カールタヴィールヤ・アルジュナを讃える讃歌では、以下のように讃えられる聖句もあることから、失くしたものを取り戻すためのマントラとしてその讃歌が唱えられるようになったとされています。一説には、ダッタートレーヤ神が失くしたものを取り戻すための力を授けたとも伝えられます。

「クリタヴィールヤの息子である偉大なアルジュナの12の御名を想う者は繁栄に恵まれる。(中略)盗難などで富や財産を失うことはなく、失ったお金を取り戻すことも可能である」

また、単に「カールタヴィールヤ・アルジュナ」とその御名を繰り返し唱えることでも、失くしたものを取り戻すことができると信じられます。いなくなってしまったペットを見つけることに役立ったという報告もされています。

参照:kArtavIrya dvAdashanAma stotram

ガンガー・ダシャラー2020

インドでは、一部の地域において、2020年5月22日の新月より、ガンジス河の降誕を祝福する10日間の祝祭「ガンガー・ダシャラー」が祝福されています。
その10日目となる6月1日は、ガンジス河が地上に現れた日と信じられ、多くの人々がガンジス河で沐浴をし、祈りを捧げます。
ヒンドゥー教徒にとって、ガンジス河はあらゆる罪を清め解脱を授ける究極の存在であると共に、女神ガンガーとして多くの恵みを与える母なる存在でもあります。

一説に、天を流れていたガンジス河は、賢者バギーラタの苦行によって、この地に降り注いだと伝えられます。
バギーラタは、殺された祖先の霊を清め解放するために、天を流れる純粋なガンジス河の聖水を必要としていました。
ガンジス河を地上にもたらすために行ったバギーラタの大変な苦行に神々は喜び、女神ガンガーはシヴァ神にその急流を受け止められながら地上へ降り注いだと言われます。
こうして地上にもたらされたガンジス河であるが故に、その聖水に触れることで罪が清められ、解脱を得ることができると、現代でも多くの人々がこの河を崇め、心を委ねています。

ガンジス河の聖水は、神聖な水としてさまざまな用途に用いることができます。

・神像を洗ったり、プージャー(宗教儀式)などに使用します。
・シヴァリンガムにアビシェーカ(灌水)を行うときに使用することで、すべての聖地を巡礼するのと同様の功徳があるといわれます。
・礼拝に用いることで、物質的豊かさと、霊的成長をもたらすといわれます。
・どのようなヤジュニャ(祭式)に対しても使用することができます。
・銅製の容器に入れて保存することで、災難と不運を追い祓うお守りとして使用されます。

以下のようなマントラを唱えることもできます。


・ॐ शुद्धि दात गङ्गा माता नमो नमो
・om śuddhi dāta gaṅgā mātā namo namo

・オーム シュッディ ダータ ガンガー マーター ナモー ナモー
・意味:清浄をもたらす母なるガンガーに帰依いたします。

参照:2020 Ganga Dussehra

第71回グループ・ホーマ(シャニ・ジャヤンティ)無事終了のお知らせ

第71回グループ・ホーマ(シャニ・ジャヤンティ)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

シャニ神を礼拝する、第71回グループ・ホーマは、5月22日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。
第71回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

ヴァーラーヒー女神への祈り

コロナウィルスの問題が世界中を駆け巡りましたが、この記事を書いている時点で日本の緊急事態宣言は、首都圏など一部を除き解除されたようです。
このまま、すべてが元も戻ればいいのでしょうけれど、第二波、第三波の可能性もあります。未知のウィルスですから、どうなるのかはまだ全くわかりません。またウィルスの問題自体がこのまま収まったとしても、経済的な損失に陥った方もたくさんおられるでしょうし、色々なことが簡単に元に戻るとは思えません。
さらには、こんな状況の時に、さらに別の災害(台風や地震など)に遭遇しないとも限りません。
神の強い力を信じる方は、人知を超えた力に救いを求めたりするでしょう。それは昔から行われていることで、災害が続くときなどに大仏が建立されたりしてきました。

話は飛びますが、インドの隣、チベット文化圏では、昔疫病などが流行った時に、ヴァジュラ・ヴァーラーヒー(金剛亥母)という神様が降臨してきて、鎮める技術を伝えたという伝承があるそうです。
このヴァジュラ・ヴァーラーヒーは、インドのヴァーラーヒー女神と同じルーツを持つ神と考えられます。

チェンナイのプラティヤンギラー寺院の入り口に祀られているヴァーラーヒー女神(撮影禁止)を見ると、猪の顔・女性の身体をしており、その身体全体にたくさんの「眼」がついています。これは魔や邪を祓う眼と考えられます。
インドでもこの女神は社会不安がるときに拝むといい、と考えられているようです。
過去にヴァーラーヒー女神の記事を書かせていただいたことがありますが、ここシーターラーマではこの女神と縁をつなぐアイテムが入手可能です。
ピンとくるものがある方は、ご縁を結び、祈りを捧げることは、この社会不安が拭えない状況の中でも、大いなる安心を得られるかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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ジャガンナータ寺院の神秘

霊的叡智の宝庫であるインドでは、神々のもとへ歩み寄る巡礼が、日常の一部に溶け込んでいます。
その歩みを通じて得る神々しい経験に魅了される巡礼者も多く、世界の各地から引き寄せられる人々が絶えません。
そのひとつが、2020年は6月23日に祝福されるラタ・ヤートラーです。

ラタ・ヤートラーは、インドの4大聖地のひとつである東インドのプリーにて、ヴィシュヌ神の化身であるジャガンナータ神が山車に乗り、街を練り歩く盛大な祝祭です。
宇宙の主と呼ばれるそのジャガンナータ神の姿をひとめ謁見しようと、2019年には60万人もの巡礼者が訪れたと伝えらます。

聖地プリーには、高さが65mにもなる圧巻のジャガンナータ寺院が屹立しています。
このジャガンナータ寺院は、インドの数ある寺院の中でも、とりわけ多くの神秘が伝えられる寺院のひとつです。
その寺院のてっぺんでは、ヴィシュヌ神の象徴であるスダルシャナ・チャクラが光彩を放ちます。

スダルシャナ・チャクラは、太陽の炎から生まれた、あらゆる悪を滅ぼす強力な円盤型の武器といわれます。
ジャガンナータ寺院のスダルシャナ・チャクラは、高さが3.5メートルにもなる大きさで、ニーラ・チャクラと呼ばれ崇められます。
ニーラ・チャクラは、ジャガンナータ神の礼拝において、とりわけ重要視される象徴のひとつです。

このニーラ・チャクラには、聖地プリーのどこから見ても、常にその輪が自分の方をむいて見えるという神秘が伝わります。
それは、ジャガンナータ神がその大きな目で常に私たちを見ているといわれるように、神々がどこからでも、私たちを見ているということを伝えているかのようです。

日々の歩みにおいては、神々の姿が見えず、その存在を遠くに感じ、悩み苦しむことが少なくありません。
今年は、多くの人々が集まる聖地への巡礼も難しいでしょう。
しかし、そんな今こそ、どんな場所にいても、神々が常に私たちを見ているという事実に気づく時であるのかもしれません。
人生という巡礼において、どこにいても神の存在に気づくことができれば、その恵みの中で幸せに日々を歩むことができるはずです。

(文章:ひるま)

ラタ・ヤートラー2020

神聖な存在をより身近に感じる瞬間が、インドで過ごす日常には溢れています。偉大すぎて掴みがたいその存在も、インドの世界の中では不思議と親しみやすいものとして際立ち、人々を優しく迎え入れます。そんな神様の一人が、これから盛大な祝祭を迎えようとしているジャガンナータ神でした。

極彩色に彩られた姿、真ん丸とした大きな目、そして愛らしい表情が、一目見ただけで心の奥深くまでぐっと入り込み、大きな存在感を放っていたことを思い出します。ジャガンナータ神は、主に東インドで崇拝される、ヴィシュヌ神、もしくはクリシュナ神の化身とされる神様であり、最も盛大な祝祭が、2020年は6月23日に祝福される「ラタ・ヤートラー」です。

ラタ・ヤートラーは、東インドに位置するオリッサ州の聖地プリーにて、豪華な山車が街を練り歩くお祭りとして知られています。一説に、悪行を働いていたカンサを打ち破ったクリシュナ神が、兄のバララーム神と妹のスバドラー神と共に山車に乗り帰還したことを祝福するお祭りであるといわれ、豪華絢爛な山車と共に進むジャガンナータ神の姿が多くの人々を惹きつけます。

そんな山車は馬車とも捉えられ、精神性を学ぶ上で多くの例えに用いられるものです。カタ・ウパニシャッドにおいては、「真我(アートマン)は車主であり、肉体は馬車、理性が御者、そして意思が手綱である。」(カタ・ウパニシャッド第3章3~4節)と、人の体、心、そして精神のあり方が述べられています。

苦楽を生み出す感覚器官に操られる肉体を、意志と言う手綱を持って導くことは、精神性を向上させるための道において、最も強調される努めるべく行いの一つです。その先にあるものは、体、心、そして精神の統一であり、乱れのないその小さな世界の中において、誰もが偉大な存在に気づくに違いありません。

ジャガンナータ神を乗せた一つの大きな山車が、集まった個々の手によって真っ直ぐに導かれる様子こそ、一人一人が偉大な存在の下に一つであることを物語っています。心が主に定まる時、そこにはいつの時も平安があることを私たち自身が証明しているかのように映ります。

祝祭を通じ、そうした精神性を向上させる教えが、一瞬一瞬に溢れているのがインドでの生活です。ラタ・ヤートラーは9日間に渡る祝祭です。インドの各地から、また世界の多くの場所で、この愛らしい神の下に人々が歩み寄り一体となります。そのエネルギーが生み出す平安が、世界を包み込むことを心から願っています。

(文章:ひるま)