トリヴィクラマのアーサナ

この世界に危機が生じた時、さまざまな化身となって姿をあらわすと信じられるヴィシュヌ神。
そんなヴィシュヌ神の化身に、ヴァーマナと呼ばれる矮人の姿があります。
ヴァーマナは、神々と敵対するアスラのマハーバリ王を倒したとされる神格です。

マハーバリ王は非常に献身的で、国民から愛される偉大な王でしたが、地と空と天の3界を支配し、神々は力を失っていました。
すると、ヴィシュヌ神は矮人であるヴァーマナに化身し、マハーバリ王から3歩分の土地をもらう約束をします。
その時、矮人であったヴァーマナは巨人となり、2歩で世界を跨ぎました。
マハーバリ王は、最後に残った領地である自らの頭を潔く差し出し、ヴァーマナがマハーバリ王の頭を踏みしめると、世界は神々のもとに戻ったと伝えられます。

ヨーガには、このヴァーマナに捧げられるポーズがあります。
そのポーズはトリヴィクラマーサナと呼ばれ、立位で大きく足を開脚した姿が、まるで世界を跨ぐヴァーマナのように映ります。
トリヴィクラマはヴァーマナの別名であり、その名前には、3界を3歩で跨ぐ者という意味があります。

開脚のポーズは、脊椎の基底に位置し土の要素を持つムーラーダーラ・チャクラを活性化させると伝えられてきました。
ムーラーダーラ・チャクラが滞ると、地に足がつかないような大きな不安を感じると伝えられます。
開脚をしながら片足で立つこのポーズでは、柔軟性を育むとともに、バランスの取り方を学ばなければなりません。

そのバランスを取るポーズの実践を通じては、眉間のあたりにあるとされるアージュニャー・チャクラが活性化されると伝えられます。
第3の眼ともいわれるこのチャクラが活性化する時、私たちは絶対の存在を知ることができると信じられます。

ヴァーマナが要求し、マハーバリ王が差し出した3歩分の土地は、現在と過去と未来、サットヴァとラジャスとタマスとなどといわれます。
こうした時間や性質に揺さぶられる私たちは、日々苦悩することが少なくありません。
このポーズの実践を通じて絶対の存在を知り、確かな安定を得る時、私たちはその3歩分の土地を柔軟に神々に差し出すことができるはずです。
そして、神々の統治のもとで、真の幸福に包まれるに違いありません。

マハーバリ王は年に一度だけ、愛する国民の下へ戻ると信じられます。
その日は、インド南部のケーララ州においてオーナム祭として祝福され、2019年は9月10日から13日に迎えます。
この時、世界が平和に包まれることを心から願っています。

(文章:ひるま)

リシ・パンチャミー2019

2019年は9月2日に、ガネーシャ降誕祭が祝福されます。
このガネーシャ降誕祭の次の日には、インドの一部の地域で、リシ・パンチャミーという祝福が行われます。

リシ・パンチャミーは、サプタリシ(七聖仙)を礼拝する日として知られています。
この日は、ラジャスヴァラー・ドーシャを清めるために、女性たちが祈りや断食をする日としても有名です。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、月経によって生み出される困難な影響と信じられます。
一説に、このラジャスヴァラー・ドーシャに苦しんでいた女性がリシ・パンチャミーに戒行を行ったところ、その影響が清められ、健やかで幸せな人生を迎えたといわれます。

インドでは、女性は月経中、洗髪をしたり、台所に入って食事を作ったり、寺院へお参りをしたり、プージャーに参加したり、神聖なものに触れたりすることは避けるよう伝えられています。
こうした禁忌事項には、女性が健やかで幸せな日々を過ごすための叡智が秘められています。

女性は月経中、痛みや出血によって、何より身体的に疲労し消耗します。
また、女性ホルモンの働きによって、精神的にも不安定さを経験することが少なくありません。
このため、月経中の女性の心身は、適切な休息やケアが必要となります。

例えば、洗髪によって背中を伝う水は、不安定な状態にあるチャクラに影響を与え、子宮に近い最下部のムーラーダーラ・チャクラにその影響が滞るといわれます。
これにより、子宮が強く収縮したり、痛みが増したりするといわれます。
洗髪にお湯が使えなかった古代では、冷たい水を浴びることでの冷えも懸念されていたに違いありません。

また、寺院やプージャーなどの儀式では、真鍮や銅といった、伝導性があり、身体にエネルギーを伝えやすいものが多く用いられます。
こういった場所にいることで、女性ホルモンのバランスが乱れるなどの影響があると信じられます。
さらに、マントラなどの波動も、不安定な心身には強すぎる影響が加わるといわれます。

台所用品の多くも、かつてはこうした金属類が用いられていました。
それらに近づくことで生じる影響を抑えるためにも、台所に入ることが禁じられていたといわれます。
月経中も衛生的に過ごせる現代とは異なり、周囲を衛生的に保つためにも、古代では月経中の女性が調理することが難しかったのかもしれません。

ラジャスヴァラー・ドーシャは、こうした禁忌事項を守らないことで生じる心身の不調とも捉えられます。
リシ・パンチャミーにおいて、祈りや断食を行うことで、その影響が和らぐと信じられます。

こうした禁忌事項が伝えられるのは、月経中の女性から不浄なエネルギーが排出されるからであると、女性軽視のように捉えられてしまうこともあります。
それによって、神前に向かうことが失礼にあたるのではないかと感じる女性もいるといわれます。

しかし、その深くには、女性の心身を守り、適切に休め、健康で幸せに過ごすための叡智が秘められています。
忙しない現代社会において、こうした禁忌事項を守るのは難しいかもしれませんが、自然と調和しながら生きる術を心に留めておくと良いかもしれません。

(文章:ひるま)

189、アーユルヴェーダ音楽療法入門51 (ヤントラ・マンダラと脳機能2)

前回(Vol.186)で述べましたように、
「第一段階:Yantara(Mandala)を眺めているだけ(薬を飲まないのに貰ってくるだけ)でもBetter than Nothing、効果は何もしないことより数倍はあるけれど。当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りで相殺されてしまうかも知れない」。
「第二段階:Yantraと向かい合うこと(とにかく薬を飲む)ことで、効果は数十倍に違いない。しかし、同上に、当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りで相殺されてしまうかも知れない」。
「第三段階:もしYantraをより深く理解し、自らの心・思考性・脳機能を改善(復元)し、呼吸法とアーサナを伴って真摯に向かい合えば。その効果は同じでも、当人の精神性・思考性が増徴させる外因と滞りによる相殺をかなり軽減出来るかも知れない。」
「第四段階:もし、同上の努力によって思考回路と脳機能が改善・復旧・活性化されたならば。Yantraの力によって相似性のレベルに至ることが出来れば、その効果は、数百倍に至るかも知れない」
と、「四段階」のレベルアップについて説きました。

改めて、「Yantraなの?Mandalaなの?」という素朴な疑問に対して申し上げますと。
いずれにも共通しているのが「城壁と上下左右の門」の存在です。日本の密教の曼荼羅には、「(足の短い)T字型の門(鳥居にも似ている点が○○ですが………)」、チベットの曼荼羅にはあります。つまり、インド・チベット・中国・日本のいずれの「曼荼羅」も、「Yantra」と同様に、「城壁と四つの門・方位・そしてその守護神」および「中心の最高位の神(如来)を取り囲むように、さまざまな神々が、極めて重要な定めによって配列されている」ということでは、「YantraもMandalaも全く同じ」ということです。強いて言えば「Yantra」は、図形・幾何学模様・文字に置き換え、「Mandara」は、可視化(他教徒が言う偶像化)された神々で表現されている。ということです。

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今回の図を少しご説明します。
左側は、熱心な方々には、既にお馴染みの、日本の密教に於ける「曼荼羅」の重要なもののひとつです。これは特に「心と思考・脳機能の働きに極めて重要」と説かれているものです。

言うまでもなく、仏教は、後期ブラフマン教を或る意味「批判・否定」して隆盛しましたが、逆に見ると、ブラフマン教の叡智を極めて多く受け継いでもいます。無論、それは論理的に詳しく分析して、翻訳しなければ、仏教の説明だけでは分かり得ませんが。
しかし、密教は、ちょっと複雑な事情があります。
それは仏教全体がヒンドゥー教の弾圧を受ける以前に、仏教主流派からも弾圧を受けたり、中国にて大乗仏教の弾圧を受けたりがあったからです。逆に言うと、或る種の神秘主義から主流派と対立し、自ら地下に潜った場合もあるに違いありません。

問題は、それによって、仏教本流(と言っても時代でかなり変化しますが)の教義と異なる部分が、何時の時代に形作られたか?がはっきりしない点です。或る程度は、チベット仏教、モンゴル仏教、中国に於ける密教、日本に於ける密教などの「差異」を、「時差」などと照らし合わせると見えてくるものがありますが、無論、全てが分かる訳ではありません。
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今回の二図の左は、言うまでもなく、本物の「密教曼荼羅」ですが、右は、それを解析した私の作図です。最も重要なことは、前述したように、この「曼荼羅」が、「心・精神性・思考・脳機能」に深く関わるものだ、ということです。
そして、
ここには極めて興味深い「インド・チベット・(中国)・日本」に共通する要素があります。
それは、「或る時期から、曼荼羅の主流が変わる」ということです。
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前にも何度かご説明しましたが、
仏教では、ブラフマン教後期に二分され、対立構造さえ見え始めた神々。いわゆる「デーヴァ神族」と「アスラ神族」の後者が、一旦は、仏法に背き対立するが、仏法側に屈した後、釈迦の慈悲によって、むしろ仏法の守護者(警護)として、下級神(天)として存続を許されたと説きます。密教・チベット仏教も基本これに倣いますが、部分差異はあります。
それに加えて、
ある時期から、チベットはチベット独自の「守護女神」を大量に創案し、日本い伝わった密教もまた、新たな神々を創造するのです。そして、それは「極めて人間に都合の良い神」という共通点が、あり、或る種の「ご利益宗教」の性質を高めるのです。インドでは、同じ時期に「Shri-Yantra」への信心が高まります。
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今回ご紹介した「密教曼荼羅」は、そのような時代の前に、「最も重要な曼荼羅」とされたものです。基本的にはそれは今日も変わらないはずなのですが、後世に信心が流行した別な曼荼羅がより際立っていることも事実でしょう。
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また、この日本の曼荼羅と、相関関係があるチベットの曼荼羅の双方が、配置された神々の「性質」について、実に様々な解釈がなされています。つまり、前述した「ご利益性の強い新曼荼羅が台頭した」時期に、旧来の本流曼荼羅の神々の「解釈」もまた「ご利益性」が強調された、という性質です。
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その点を吟味し。
「曼荼羅」の二次元上の配置の意味を厳密に検証すると。右図のような「象徴的役割・性質」に尽きることが判明します。

例えば、中心の「五尊の円」の上下左右にも、同じような「五尊」の組み合わせがありますが、その間に、「黄色い円」で示した「四方の四尊」があります。その右上から時計回りに「歌」「技」「愛」「華」と書きましたが、「ご利益系」では、「技」は「舞」とされます。
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「ご利益系」は、或る種の「大衆迎合」であることは否めません。しかし、「歌の神」「舞の神」「愛の神」「華の神」が居られる。だけでは、何の学びも気づきもありません。
しかし「歌=Mantra」であり、「愛=慈愛(他愛)」であり、「華=元気・健康・精神性」であるならば、それは「見る・祈る・学ぶ・気づく者」にとって、極めて深い示唆に富んだ意味に至ります。
従って、その場合は「舞」ではなく、「Mudra」であり「Asana」である。つまり、「自らの体・手先に印を結び、神々のNadaとのリンク(シンクロ)を為すという意味です。
それを「踊る神をんただ眺めるだけ」では、或る意味何も始まらない(変わらない)であり、良くて「祈願者自身が小躍りした」ところで、根本的にズレている、と言えます。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

この度、一年ぶりの若林の新著「日本の伝統楽器(ミネルヴァ書房:19年8月20日発売)」が出ます。
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「インドに関係ないじゃないか!?」と思われるかも知れませんが、無論、当書では書き切れませんでしたが、「日本の楽器→ルーツ(ペルシアとインド)」の物語の背景には、「Naga-Sadhu(裸形上人)」や「Saraswati(妙音天)派修行僧」などの活躍が大であるという解釈が存在します。機会を得る度に、その核心に迫って行きますので、どうぞ応援下さいませ。

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若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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マハーラクシュミー・ヴラタ2019

マハーラクシュミー・ヴラタは、主に北インドで行われる、ラクシュミー女神に捧げられる16日間の祈りや断食です。2019年は9月6日に始まり、9月21日まで続きます。

このヴラタでは、バードラパダ月(8~9月)シュクラ・パクシャ(月が満ちる約2週間)のアシュタミー(8日目)から、クリシュナ・パクシャ(月が欠ける約2週間)のアシュタミー(8日目)までの16日間、毎日のラクシュミー女神へのプージャーや、断食、もしくは菜食になるなどの食の節制を行います。

一説には、ユディシュティラ(パーンドゥの五王子の長兄で、パーンダヴァ軍の総帥)がクリシュナ神に、失った全てのものを取り戻すにはどうしたらいいか尋ねると、クリシュナ神はこのマハーラクシュミー・ヴラタを行うように説いたと言われています。このマハーラクシュミー・ヴラタを努め上げた者には、必要なものが全て授けられるとも信じられます。

敬虔な人々はこの16日間、食の制限を行い、真摯に祈りを捧げます。この間の祈りはとりわけ強くラクシュミー女神の下へ届き、多くの恵みが授けられると信じられています。

スタッフ日記:第47回アンナダーナ終了しました!

第47回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。
今回の実施は、聖地として知られるリシケーシュのサイガートにて、滞りなく終えることができました。
リシケーシュでは、第6回目の実施です。

インドの各地では、恵みの雨が降り注ぐ雨季のモンスーンを迎えています。
モンスーンを迎えても、雨が降らない時期がありましたが、近頃は十分な雨が降るようになりました。
リシケーシュでも雨が非常に強く降る時があり、当日の実施も雨の心配がありましたが、無事に終えることができました。

現在は、ヒマーラヤ巡礼が盛んになる時を迎えており、その起点となるリシケーシュにはたくさんの巡礼者や旅行者が訪れます。
アンナダーナ実施前の8月15日の満月は、インドの各地でさまざまな祝福が重なった一方で、独立記念日も祝福されました。
お休みを利用して、聖地を訪れている人々の姿も多くありました。

配膳は、人々が集中する時間帯もありましたが、混乱することなく落ち着いて進めることができ、今回もおよそ1300食分を滞りなく配り終えています。
リシケーシュの実施では、可愛らしいテントを用意してくださり、食事が祝宴のように喜ばしい瞬間となります。
何気ない日常をこうして祝福できるように、与えられる日々に感謝をしながら過ごすことを努めたい感じます。

今回のアンナダーナは無事に終えることができましたが、モンスーンの豪雨によって大きな被害が出ている地域もあります。
これまでに、インドの各地で1000人を超える方が亡くなっているというニュースも伝えられています。
世界が平安にあるよう祈るとともに、こうした布施を通じて、清らかな社会に貢献できるような行為を努めたいと感じます。

供犠 布施 修行に関する行為は
止めてはいけない 進んで行え
まことに この三つの行為は
賢者をも益々浄化するからである
(バガヴァッド・ギーター 第18章第5節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第4章第27節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तच्छिद्रेषु प्रत्ययान्तराणि संस्कारेभ्यः॥२७॥
Tacchidreṣu pratyayāntarāṇi saṁskārebhyaḥ||27||
タッチドレーシュ プラティヤヤーンタラーニ サンスカーレービャハ
その隙間に、潜在印象による他の想念が生じる。

簡単な解説:前節において、プルシャと覚の相違を知り、自己の存在に関して思いを巡らすことがなくなると、心は識別知の方向に傾き、プルシャが自分だけで存在する状態である独存に向かうと説かれました。本節では、そのような心であっても、その隙間には、これまでに蓄積されてきた潜在印象から他の想念が入り込むと説かれます。

ハタヨーガの素晴らしさ2

瞑想を長時間される方を拝見すると、頭にエネルギーが集まりすぎて不安定になられている方がおられるのを時々感じます。
どうも私たち黄色人種の場合、エネルギーは下腹部あたりにあるのが安定する方が多いらしく(あくまで個人の見解です)、頭にエネルギーが集まりすぎる方はフラフラした印象があります。
最近よく目にする「グラウンディング」という言葉には、こういう状態を防ぐ意味があるのかもしれません。
ただ・・頭にエネルギーがあることにより、不調を感じるかどうかは個人差があるようです。
不調を感じる方にとっては大きな問題なようで、有名な白隠禅師の軟酥の法などは、この問題を解決するための方法であるのかもしれません。
もちろんこのような現象は、日本人だけでなく、現地インドの修行者でもよく見かけます。しかしそれほど問題にならないように感じるのは、彼らは体質的にあまり不調を感じないか、あるいはそうした不安定な心身の状態を問題なく受け入れる社会の側面があるのかもしれません。

いずれにしましても、長い歴史を持つ行法体系の中にはこういった問題には必ず解決方法が付加されているのが普通です。

インド的な瞑想の場合は、ハタヨーガのある一定量以上の実践はこれらの問題を容易に解決します。
以前、頭にエネルギーが上がりがちな生徒様が、1か月ほどみっちりインドでハタヨーガ浸けの日々を送って帰国したら、エネルギーのバランスが理想的に整っていたことがあります。
ハタヨーガの素晴らしさはこんなところにも威力を発揮するのです。

もちろん、本当の意味で瞑想に熟達すればエネルギーの問題に悩まされることはなくなります。
でもそれは人によっては数十年先かもしれません。
それまでハタヨーガの素晴らしさを十分に味わい、ハタヨーガに助けてもらおうではありませんか。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャギリ同行「星の力に守護された西インド・南インド至福の旅」

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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第52回グループ・ホーマ(ガーヤトリー・ジャヤンティ)無事終了のお知らせ

第52回グループ・ホーマ(ガーヤトリー・ジャヤンティ)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

ガーヤトリー女神を礼拝する、第52回グループ・ホーマは、8月15日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第52回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

サットヴァの修行

私たちを至福の源泉へと導くクリシュナ神は、時を超えて、数々の教えを示し続けています。
そんなクリシュナ神の言葉が綴られたバガヴァッド・ギーターは、人々の心の支えとして、古代より大切に受け継がれてきました。
日々の中で抱く苦悩は、その美しい言葉が、すべて解いていくように感じることもあります。

そんなバガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナ神がサットヴァの修行について説く章があります。
肉体・言葉・心の面において実践すべきとされるその修行について、クリシュナ神は次のように述べています。

肉体的修行 苦行について言えば―
神々を礼拝し 長上の人や
師 賢者を敬って仕え
清潔 正直 節制 非暴力であること

言葉の修行は―真実を語ること
やさしく快い言葉 有益な言葉を語ること
他人の心を乱したり扇動したりせぬこと
そしてヴェーダ聖典を規則的に読誦すること

心の修行は―
足ることを知って常に心おだやかに
正直 率直 沈着であり
自己抑制をして身心の浄化につとめること
(バガヴァッド・ギーター 第17章第14-16節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

これらの3つの修行は、清らかな信仰を持つ人々が、報果を求めずに行う時、サットヴァの修行になるのだといいます。
報いを期待したり、愚昧の者がしたりする修行は、不安定で長続きせず、自分や他者をも苦しめると説かれ、その修行の尊厳は失われます。
だからこそ、正しい目標に向かって私たちを動かす清らかな信仰を、何よりも大切に育む必要があります。

そしてこれらの修行は、私たちが社会の中で生きる日々においてこそ実践できる事柄です。
与えられたこの修行の場を活かすことができれば、私たちは至福の中で生きることができるに違いありません。

今年は、8月24日(または23日)に、クリシュナ降誕祭が祝福されます。
この神聖な時に、クリシュナ神の美しい言葉に繋がり、清らかな信仰を育みながら、何の報いも求めないサットヴァの修行に励みたいと感じます。
皆様にも、クリシュナ神の大きな祝福がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

ダヒー・ハーンディー2019

今年は8月24日(もしくは23日)に、いよいよクリシュナ降誕祭を迎えます。
世界中で盛大な祝福が行われるこのクリシュナ降誕祭の中には、ダヒー・ハーンディーと呼ばれる熱狂的なお祝いがあります。
このお祝いは、クリシュナ降誕祭の次の日に行われ、今年は8月25日(もしくは24日)に祝福されます。

ダヒーはヨーグルト、ハーンディーは土壺を意味します。
このお祝いでは、人々が団結をしながら人間ピラミッドを作り、高いところに吊り下げられた土壺をココナッツなどで割ります。
そして、中にはいったダヒーを浴びると、クリシュナ神の大きな祝福があると伝えられています。

いたずら好きなクリシュナ神は、幼少の頃、大好物のバターやヨーグルトを盗んでは食べていました。
高いところに隠されたバターの入った壺を、友人たちと肩車をしながら盗む絵も描かれるほどです。

ダヒー・ハーンディーは、この一場面を真似た祝祭です。
現在ではピラミッドの高さが競われ、インドの数ある祝祭の中でも、とりわけ大きな熱狂に包まれるお祝いとして有名です。
このダヒー・ハーンディーにも、霊性を育むさまざまな教えが秘められています。

例えば、土壺は、私たちの肉体と見ることができます。
そして、その中に入ったダヒーは、肉体をまとった魂のように見えます。
私たちが大いなる至福を得るには、魂の永遠性を理解することが必要であると古代より説かれてきました。
そのためには、肉体は朽ち滅び、いずれ壊れるという事実を理解しなければなりません。
このダヒー・ハーンディーは、肉体から魂を解放する喜びの意味を私たちに伝えているかのようです。

しかし、それは決して簡単ではないことが分かります。
高いところに吊り下げられた土壺を割るには、目標に対する人々の固く定まった心が必要です。
一人の心でも乱れれば、ピラミッドはいとも簡単に崩れ落ち、土壺に届きません。
まるで、神の祝福は手の届かないところにあるもののように見えます。

しかし、クリシュナ神はどんなところに隠されたバターでも見つけ出し、その喜びを手にしてきました。
目標に対し、確かに定まった心があれば、どんな困難をも乗り越え、それを手にすることができるということをクリシュナ神は伝えています。
そうして人生を歩む時、私たちは肉体を超越した永遠の魂という、何よりもの祝福を得ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)