蛍のアーサナ

豪雨に猛暑、自然の厳しい姿を見る夏を迎えています。
そんな夏にも、思いを馳せる美しい姿が多くあります。
夕闇を舞う幻想的な蛍の光など、夏の風物詩の一つかもしれません。
きれいな水と豊かな環境の中でしか生きられないといわれる蛍。
その儚い命の光が生み出す美しさに、引き寄せられたことを思い出します。

ヨーガのポーズには、ティッティバーサナというポーズがあります。
水辺の鳥や小さな虫を意味するティッティバは、ヨーガのポーズにおいて蛍を象徴し、幅広く実践されるポーズです。
開脚をしながら両腕で身体を持ち上げるティッティバーサナには、まるで蛍が飛ぶような美しさを見ることができます。

全身の筋力やバランス力に加え、柔軟性を要するこのポーズは、難易度の高いポーズに数えられ、その美しさに至る道は、決して容易いものではありません。
しかし、その修練の過程で少しの進歩が見える時、深い喜びを感じる瞬間があります。
一喜一憂のその修練は、山があり谷がある、人生そのもののように映ります。

喜びや憂いの狭間で揺れ動く私たちの人生。
霊的な世界において、それは真実という光を見失った、無知の暗闇として捉えられてきました。
そんな私たちは、こうしたヨーガの修練を通じ、自分自身と向き合う時間を持つことが大切です。

ティッティバーサナの修練を繰り返す中では、容易に身体が持ち上がり、堅固なバランスの中でポーズを保持できる瞬間があります。
繰り返す修練は、心身を深く浄化し、確かな安定を与えてくれるということを実感するばかりでした。
それは、内なる世界を覆う暗闇を払い、元来の光を輝かせてくれるからに違いありません。

蛍が自分自身で光を生み出すように、私たち自身が内なる光を輝かせることができれば、世界はより美しくなるはずです。
蛍のポーズは、その道を示してくれる修練の一つです。
揺れ動く人生の中でも、世界に光を生み出す美しさの一助となれるよう、大自然の姿を見習いながら日々を過ごしたいと感じます。

(文章:ひるま)

142、アーユルヴェーダ音楽療法入門4(意識と音楽療法1)

現代の音楽療法に立ちはだかる大きな壁
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現代人に対する「音楽療法」に「効きにくい」という問題が生じた場合、それは「西洋音楽の理論と楽器を用いているから」の原因に加えて、「現代人が音楽に麻痺している」原因が考えられます。

尤も、現行の「音楽療法」のように「癒せば良い」「リラックスさせれば良い」「楽しませれば良い」のレベルならば、「効いたようだ」で充分なのかも知れませんが、本来のアーユルヴェーダ音楽療法では、「循環器では血圧調整(高血圧を下げるだけでなく、低血圧をも正常にする)」「呼吸器では肺炎・インフルエンザ」「消化器では下痢・便秘」「神経系では頭痛・偏頭痛・リウマチ」さえも治療していたのですからそれが「効かない」場合には、もっと高いレベルの検証が必要になります。

勿論、施術者(音楽療法を施す側)の「音楽の深み」、多くの場合「短絡的で表層的」である、と言う問題も極めて多く見られますが。
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しかし、実際のところ、これらの原因に加えて、最も大きな要因なのが、「被施術者(クライアント)の意識・思考性・感性の問題」が挙げられます。
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ピラミッド図は、「理想的な人間(哺乳類はだいたい同じです)の機能の在り方とバランス」を示しています。

ピラミッドの下に行けば行く程、重要であるとともに基本的で、構成する細胞や組織が多数で複雑になっています。最も上の頂点にある「通常意識」は、ただひたすらに「健全であれば良い」という程度の存在です。

ところが、現代人は、この「通常意識」が「健全でない」がために、ピラミッドの全ての要素のバランスを壊してしまうのです。
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理想的な心と体の状態は、ピラミッド型
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このことは、ピラミッドを「国家」に喩えると子どもでも直ぐに理解出来ます。

一番底辺の緑色の部分は、国土の「豊かな自然」であり、それを守りながらも享受する「農業、漁業、林業」などの産業に当てはまります。

二番目の茶色(オレンジ色)の部分は、「自然から得た素材」と、それによる「製造業」です。三番目のピンクの部分は、それを全国にバランス良く網羅させるための最低限の「インフラ設備」と「運送業」「情報関連業」と言えます。

頂点の直ぐ下の水色の部分は、それらを全てバランス良く、効率良く取り仕切る「行政・官僚、警察、消防、社会福祉、医療」などの組織であり、これらがしっかりしていれば、頂点の「為政者」は、実際「お飾り」でも良いのです。
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ところが、今日の日本の場合はどうでしょうか?

「仮に政治や行政が理想的でも、どの道今の人口はこの国土の資源では賄えない筈だ」という意見や統計もありますが、それ以上に農業も漁業も烈しく衰退しています。

尤も、所謂「食糧自給率」では、全ての事実や実力を知ることは出来ません。自然環境によって「理想的な自給率」は国・地域によって異なるからです。

恐らく日本の場合は、理想的な状態でも60%を越えることはないのでしょう。
しかし、今日の30%程度やそれ以下(統計にはカラクリがあるので良く分かりませんが)は明らかに異常であり、個々の人間に置き換えれば、明らかに「病的」です。

また、二番目の「製造業」も、古代~中世のように、「材木や石を積み上げて道や家を建てる」のではなく、山を削りセメントを用い、石油・石炭を掘り起こして燃やすことを始めた段階で、その悲惨な末路は見えていました。

今日に至っては、自然豊かな地域の海底でさえ、微細なプラスティックの欠片で汚染されていると言います。

しかもこの「製造業」は、「次々に売る為に『壊れるように』作ってあり『使い捨て』を促している」のですから、クレイジーの極みです。

これは世界に先立って日本がその風潮を作りました。

例えば、「無骨だが何十年も仕えるテレフンケンのラジカセ」は、「おしゃれなソニー」に負けてしまい、ソニーに倣うことで生き残るしかない価値観を日本人が作ってしまったのです。ほぼあらゆる商品や業種に於いて。

ピンクの「インフラと輸送業」もクレイジーの極みです。

1970年代までは、国鉄は終電以降、長い貨物車を走らせていましたが、激減し、大型トラックに取って替わられました。
ネット通販が主流になってからは、そのクレイジーさは倍増しています。

官僚や行政、命を預かる医療、消防、警察、そして教育に於ける狂った意識の人間が起こす事件や事故も1980年代から増加の一途です。

このピラミッドを組織単位に見た時の組織(企業など)の上層部の腐敗、組織ぐるみの不正も年々増加し、質が悪くなっています。

そもそも「目先の利己」が最も重要な関心事であり、価値であるような人が「公僕」でしかるべき仕事が出来る筈もありませんが、人間は、ピラミッドの上に存在してしまうと、「位が上」と勘違いしてしまう愚かな生き物なのです。

頂点の「政策の最高決定権」が首相だと言うならば、過去数十年、誰に変わっても「悪くなったとしても良くはならない=同じことの繰り返し」である事実からして、良くも悪くも、やはり「お飾り」に過ぎないのかも知れません。
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独裁権力者のようなAhamkaraで良いのか?
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かつてのナチス・ドイツや今日の北朝鮮のような「独裁国家」の場合はどうでしょうか?

1920年代では、まだ世界中で農業、漁業従事者が圧倒的多数で、国内自給率もその後と比べれば遥かに高い水準でした。

しかし、ナチスが台頭して近隣祖国に次々に侵攻する頃には軍事費が膨大になり、働き手も兵隊に取られます。北朝鮮もしかりです。

すると見た目は理想的なピラミッドと同じですが、お金は愚か、食用さえもピラミッドの中下方に行き渡らないのです。

この状態を人間の「心と体のピラミッド」に当てはめると、
「通常意識(Ahamkara)」が、「国民と国土と国力(軍事力などでは全くなく)=体全体」のことを充分に顧みず「砂糖で甘いもの、刺戟の強いもの、ファスト・フード、化学添加物」や、それに相当する「言葉、音楽」を無作為に摂り込んでしまえば、
「心と体」は、「摂り込まれた毒性」に対応するので精一杯となります。

肝臓などは、無毒化と解毒にほとんど力を費やしてしまいますし、腎臓はその後始末に疲弊します。

臓器や細胞には充分な営養が行き届かず、血管壁には汚れが溜まり、血液も濁り、優良細菌が減り悪玉菌が増え、更に毒素を出すという、極めて深刻な悪循環が出来あがります。

そうなってからDetoxに躍起になっても手遅れか、良くて「気休め・自己満足」に過ぎません。「癒し」もしかり、そのような状態では「癒されている場合」ではないのです。

しかし、今日、極めて多くの人々の「通常意識」は、このような独裁国の最高権力者状態なのです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

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Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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ヨーガ・スートラ第3章第26節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


भुवनज्ञानं सूर्ये संयमात्॥२६॥
Bhuvanajñānaṁ sūrye saṁyamāt||26||
ブヴァナジュニャーナン スーリイェー サンヤマート
太陽への綜制により、宇宙の知識を獲得する。

簡単な解説:前節において、綜制によって高度な知覚の光をあてることにより、精妙なもの、隠されたもの、遠くにあるものの知識を獲得できると説かれました。本節では、太陽へ綜制を行うことにより、宇宙の知識を獲得できると説かれます。

第26回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第26回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第26回グループ・ホーマは、7月14日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

チャウサト・ヨーギニー

インドの盛大な祝祭の一つに、女神を讃える9日間の夜「ナヴァラートリー」があります。この祝祭は春と秋の2回行われることで有名であり、春はラーマ・ナヴァミ、また秋はダシャラーと共に、盛大な祝福が行われます。

このナヴァラートリーは春と秋の2回が有名ですが、もう2回、年に計4回祝福が行われます。その一つが、7月14日より始まるアーシャーダ・グプタ・ナヴァラートリーです。このナヴァラートリーは、アーシャーダ月(6月〜7月)の新月の次の日より9日間に渡り、主にシャクティ派の人々によって祝福されます。2018年は、7月14日から7月21日まで行われます。

64人のヨーギニーとして知られるチャウサト・ヨーギニーをご紹介します。チャウサト・ヨーギニーは、ダルマの復興のために戦うカーリー女神とバイラヴァ神に仕える女神として崇められます。一説に、64人の女神たちは、アシュタ・マートリカー(8人の女神たち)から進化した女神と信じられます。ヨーギニー信仰の中心となるチャウサト・ヨーギニー寺院は、インドの各地で祀られるも、それらは全て一つの円の中に位置していると伝えられます。

チャウサト・ヨーギニー
बहुरूपा バフルーパー
तारा ターラー
नर्मदा ナルマダー
यमुना ヤムナー
शांति シャーンティ
वारुणी ヴァールニー
क्षेमकरी クシェーマカリー
ऐन्द्री アインドリー
वाराही ヴァーラーヒー
10 रणवीरा ランヴィーラー
11 वानरमुखी ヴァーナラムキー
12 वैष्णवी ヴァイシュナヴィー
13 कालरात्रि カーララートリ
14 वैद्यरूपा ヴァイディヤールーパー
15 चर्चिका チャルチカー
16 बेताली ベーターリー
17 छिन्नमस्तिका チンナマスティカー
18 वृषवाहन ヴリシャヴァーハナ
19 ज्वाला कामिनी ジヴァーラー カーミニー
20 घटवारा ガタヴァーラー
21 करकाली カラカーリー
22 सरस्वती サラスヴァティー
23 बिरूपा ビルーパー
24 कौबेरी カウベーリー
25 भालुका バールカー
26 नारसिंही ナーラシンヒー
27 बिराजा ビラージャー
28 विकटानन ヴィカターナナ
29 महालक्ष्मी マハーラクシュミー
30 कौमारी カウマーリー
31 महामाया マハーマーヤー
32 रति ラティ
33 करकरी カラカリー
34 सर्पश्या サルパシュヤー
35 यक्षिणी ヤクシニー
36 विनायकी ヴィナーヤキー
37 विंध्यवासिनी ヴィンディヤヴァーシニー
38 वीरकुमारी ヴィーラクマーリー
39 माहेश्वरी マーヘーシュヴァリー
40 अम्बिका アンビカー
41 कामायनी カーマーヤニー
42 घटाबरी ガターバリー
43 स्तुति ストゥティ
44 काली カーリー
45 उमा ウマー
46 नारायणी ナーラーヤニー
47 समुद्रा サムドラー
48 ब्राह्मी ブラーフミー
49 ज्वालामुखी ジヴァーラームキー
50 आग्नेयी アーグネーイー
51 अदिति アディディ
52 चन्द्रकान्ति チャンドラカーンティ
53 वायुवेगा ヴァーユヴェーガー
54 चामुण्डा チャームンダー
55 मूर्ति ムールティ
56 गंगा ガンガー
57 धूमावती ドゥーマーヴァティー
58 गांधारी ガーンダーリー
59 सर्व मंगला サルヴァマンガラー
60 अजिता アジター
61 सूर्यपुत्री スールヤプトリー
62 वायु वीणा ヴァーユヴィーナー
63 अघोर アゴーラー
64 भद्रकाली バドラカーリー

参照:64 योगिनियों के नाम इस प्रकार है

マヌ王と小さな魚

西日本を中心とした豪雨、また、大阪北部を震源とする地震により被害を受けられた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
雨季であるモンスーンが始まったインドでも、洪水の被害を受けている地域が多くあります。
今この時、古代から変わることなく受け継がれる神話を通じ、生きる姿勢を学びたいと思います。

この世界に危機が生じた時、世界を守るために特別な姿となってあらわれると信じられるヴィシュヌ神。
その最初のアヴァターラ(化身)として崇められるのが、魚の姿をしたマツシャです。
マツシャは、起ころうとしていた大洪水から世界を救ったと伝えられる存在です。

ある時、人間の始祖であるマヌ王が川へ入ると、小さな魚が近づいてきました。
放そうとするとも、小さな魚は「大きくなるまで守って欲しい」とマヌ王に懇願します。
マヌ王はその小さな魚をすくいあげ、壺の中で育て始めました。
しかし、小さな魚はみるみる大きくなります。

やがて巨大魚となった小さな魚は、世界に危機をもたらす大洪水が起こることをマヌ王に予言しました。
マヌ王は、その巨大魚がヴィシュヌの化身であるマツシャであることに気づきます。
その後、マヌ王は巨大魚となったマツシャの助けによって大洪水を生き延び、地上に生命を再生させると、人類の始祖となったと伝えられます。

マヌ王が最初に救ったのは、とても小さな一匹の魚でした。
それは、気にも留めないような、小さな魚だったかもしれません。
しかし、その小さな魚は人類の救世主であるヴィシュヌ神であり、マヌ王が行った小さな魚を救うというささやかな行為は、やがて世界を救うという偉大な行為となりました。

私たちはマヌ王のように、誰かのために小さな行為を実践することができるでしょうか。
気づきをもって周囲を見渡す時、そこには、他者のためにできる行為が溢れています。
どんなに小さな行為でも、一人一人がその行為を実践することで、それはやがて、世界を救う大きな意味を持つものとなるに違いありません。

大自然と調和をしながら共存してきた古代の叡智を、この日々の中で実践していきたいと感じます。
皆様の安全と、被災地域における一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

(文章:ひるま)

141、アーユルヴェーダ音楽療法入門3(音楽療法とは?3)

「音楽療法」が説かれ始めたのが1970年代で、西洋医学界でも代替医療に於いて「音楽療法」の価値と効果を認める論文が出始めたのが2010年代と述べました。
しかし、
「音楽療法」は、紀元前数千年も前から存在するのです。と言うよりも、そもそも「音楽は療法のためだった」のですから、人類が音楽を発見・創作した時点が「音楽療法」の始まりとも言えるのです。
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太古の音楽療法
地域によっても異なり、当然学者によっても異なりますが、世界中で普遍的に「信心~宗教」というものは、「アニミズム~シャーマニズム~宗教」という順に発展、変化して来たことは紛れも無い事実です。

それぞれを簡単に説明します。

「アニミズム(精霊信仰、物皆神が宿る~天体や大気、大地、山や河、そして天候も神)」という意識は、まだ人間が「宇宙の波動」を良く受け止められていた段階の信仰と言えます。

そして、最も重要な点は、この段階では、人間ひとりひとりの内面に信仰があり、それは他者と合致させる必要もなく、つまり教義も神殿も不要の状態でも、皆が一様に万物に神を感じていた、ということです。

それが「シャーマニズム」に取って替わられるようになったのは、或る意味人間の集団が人間に「安全と安心」を与えた段階に到達したからと言えます。

それまでの人間たちは、或る意味「日々簡単に、あっけなく死んでいた」のです。
獣に喰われるやら、毒蛇に咬まれるやら、転んで怪我をして感染して死ぬやら、です。

言い換えれば、常に「死」が身近にあれば、さしてそれを恐れることもなく、ごくごく普通の感覚で、むしろ「死んで当たり前」と思ったかも知れませんし、獣に喰われることも、食物連鎖の中でごく自然なことだったに違いないのです。

ところが人間が集団を形成し、夜獣に教われないように「松明」を炊き、見張り番を起くようになると、圧倒的に「死亡率」が下がります。

すると人間は「死を恐れるようになる」のです。戦いの場合の死は、また別な意味合いを持ちましたので、「恐るべき死」の殆どが「病気」です。

精神病の類いは、域ながらにして人間性を失ってしまった「意識の死」のように考えられていた形跡が世界に散見出来ます。

この段階でこそ、「特殊な人間=シャーマン」が存在し得る訳です。

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「シャーマン」は、一般に「呪術師」的に理解されますが、「医者」であると同時に、「霊媒者」でもあり、同じ力を権力者が悪用すれば「呪術/呪い」という使われ方もします。
この時に「音楽」が生じたのです。
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尤も私は、拙著「スローミュージックで行こう(岩波書店)」で、「太古人間には二種
あり、それは『森の人』と『火の人』であった」と説きました。

「シャーマン」が現れたのは後者の集団であり、前者の人々は、依然「死を当然と考え恐れず」「闇も夜も恐れず」森に住み続けて居たのです。

ごく近年まで世界の幾つかの地域にはそのような「裸族」と呼ばれる人々が住んでいました。

彼らは前述の「シャーマンの音楽」とは全く異なる音楽を奏でていました。

それは「鳥や昆虫の鳴き声の真似」から発したもので、鳥や昆虫同様に、人間同士の「求愛」などで奏でられました。

当然、発展して「心を和ませる(癒すとは基本的に次元が異なります)」「先祖や万物の神に語る」などもあったことでしょう。
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「シャーマンとその音楽」は、後に集団が社会に発展した頃まで続きます。近年でも世界の幾つかの地域には「シャーマンの伝統」が残っていました。

しかし、ある時期を境に、世界中でシンクロニシティー的に、多くの場所で「宗教」が生まれます。するとシャーマンは、弾圧されたり、上手いこと生延びて「新宗教の神官」になりました。

ちなみに「シャーマン」は、基本的にその特殊な能力を「門外不出の秘技」として、世襲のみに継承すると共に、一般人との交わりを厳しく避けました。ここにも「身分階級、差別~苛め」の原点が見られます。
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シャーマンの秘技と伝統、そして音楽が「宗教」に取り入れられる段階で、社会はかなり発展し、殆どの場合、宗教は「社会の維持=権力者による統治」に利用されます。そして、その頃になると人間が「最も恐れる敵」は、最早獣や闇ではなく、「敵対する人間」となっていました。

必然的に「戦い」が頻発し、音楽は「戦士を鼓舞する」という目的で、ドラッグと共に活用されました。

私は、都下吉祥寺で1978年から99年までの20年間、日本で最初の民族音楽と民族料理のライブスポットを運営していましたが、90年代に南太平洋物産の輸入行者と取引をして「生の椰子の実」をインド式にストローを差してお客さんに出していました。

開店当時は、まだ中央線沿線に「ルーを使わないカレーを出す店」が他に二件位しかなかった時代です。

或る時、その南太平洋物産会社から黒檀(正確には南洋の堅木)の見事な彫りのスプーンと、或る樹木の根から得る「Kava」の粉末を勧められました。

「カヴァ」は、後に言うところの「合法ドラッグ」でした。
お客さんに提供することは勿論、自分もクセになったら「歯が溶けるらしい」と聞いていたので、お断りしました。が、スプーンは一瞬「サラダに使ったら面白そう」と思いましたが、本来の用途を聞いて止めました。

それは、戦争で倒した隣の部族の勇者の「脳味噌の刺し身」を食べるための特別なものだったからです。

「勇者であること」と「死の直前に体中を回る或る種のホルモン」を摂り込むことで、食したものも勇者になれると考えられていたのですが、かなり真実だと思います。古代後期からインドの僧侶が菜食になった理由もそこにもあります。

戦争で死を恐れず、日常では耐えられない様な傷の痛みにも負けずに闘い続ける為に、そのような成分を食べ、ドラッグを用い、そして「軍楽」を奏で、舞って船上に駆り出して行ったのです。その意味では「軍楽」も、或る種の「音楽療法」だったと言えます。
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このように「音楽」は、目的によってその質を替えながらも、いずれも「薬」として用いられていたのです。(前述の「森の人の音楽」は別として)

しかし、その時代、一般庶民の回りには、日常音楽は殆ど存在しません。

勿論、「鼻歌」を歌うことはあったかも知れませんし、「労働歌」もあったかも知れませんが、禁じた社会もあれば、音楽に対して「畏怖の念」を抱いた地域や民族もあれば、「卑しい」と考えた場合もあり、いずれにしても近現代のような「楽しみ目的」「誰もが事由に」ではなかったことは世界中で普遍的なようです。

逆に言えば、そのような時代だからこそ「音楽が薬になり得る」ということでもあり、現代では、「音楽を薬にする為には、かなりの理論と被施術者の受け入れ態勢が求められる」ということでもあります。

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是非ご参考にして下さいませ。

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アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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2018年のチャトゥルマース

2018年は7月23日のエーカーダシーより、聖なる4ヶ月間といわれるチャトゥルマースが始まります。この4ヶ月間は、断食や瞑想といった霊性修行を実践するのに適した時となり、神々を讃える大祭が続きます。

チャトゥルマースの4ヶ月間は、インドでは雨季であるモンスーンにあたります。その最初の1ヶ月間であるシュラヴァナ月は、シヴァ神に捧げるとりわけ神聖な月とされ、多くの人々が霊性修行に努めます。モンスーンは、さまざまな病が媒介する季節です。この間、神々への瞑想や断食を実践することで、病から遠ざかり、心を穏やかに、健やかな日々を過ごすことができると伝えられます。

チャトゥルマースは、太陽が北より南へ動く(夏至より冬至に向かう時)ダクシナーヤナにあたり、夜が長くなり、人々の心に大きく作用する冷たい月の影響が出てくる時でもあります。この間は神々の夜ともいわれるように、モンスーンの恵みの雨が降り注ぐ一方で、さまざまなネガティブなエネルギーが満ちる時と信じられてきました。この間に続く大祭は、私たちを神々へ近づけ、その中で実践される善行が、ネガティブなエネルギーを払拭し、ポジティブなエネルギーを生み出すといわれます。

この間には、次のような大祭が続きます。

7月23日:エーカーダシー(チャトゥルマースの始まり)
7月27日:グル・プールニマー
8月26日:ラクシャ・バンダン
9月2、3日:クリシュナ・ジャヤンティ(降誕祭)
9月13日:ガネーシャ・チャトゥルティー(降誕祭)
10月10~18日:秋のナヴァラートリー祭
10月19日:ダシャラー祭
11月5日:ダンテーラス
11月7日:ディーワーリー祭
11月19日:エーカーダシー(チャトゥルマースの終わり)

※上記は2018年の日程です。インドの祝祭の多くは月齢に従うため、毎年日時に差異が生じます。
※チャトゥルマースの始まりは、グル・プールニマーの満月とする慣習もあります。

この間にヴラタ(戒行)を怠ると、私たちはタマスやラジャスのエネルギーに飲み込まれ、さまざまな悪行を生み出すともいわれます。神々を礼拝する行いは、サットヴァなエネルギーを生み出す、何よりも優れた行いです。その実践は、自分自身を神聖に保つとともに、幸せと健康を授けてくれるものとなるに違いありません。

参照:2018 Hindu Festivals

スタッフ日記:第28回アンナダーナ終了しました!

第28回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は寺院にて、無事に終えることができました。

いよいよ北インドでもモンスーンが始まりました。モンスーンが始まると、1日に何度か激しい雨が降ります。酷暑期のように40度を超えることはなくなりますが、晴れ間が出ることもあり、35度を超える高温多湿の体に負担がかかる時が続きます。

アンナダーナを実施した日は、モンスーンが始まったとはいえ、雨が降らず、40度を超える日となりました。湿気が多く、とても体に堪える状況でしたが、今回は落ち着いた環境の中で、水も十分に手に入り、準備や配給は滞りなく進めることができました。

寺院の近くでは、別のアンナダーナが行われていたため、いつものように大行列になることはなく、集まる人はまばらです。しかし、家庭や必要とする人々へ持ち帰る人も多くいました。いつもより時間はかかりましたが、16時頃には準備した1000食分以上の食事を配り終えることができました。

モンスーンを迎えると、長い夏休みが終わり、学校が始まります。土曜日は学校がある子どもたちも多く、今回のアンナダーナは日曜日を予定していました。子どもたちの姿も多く、普段は食べることのできない食事に大喜びだったようです。その他にも、ご近所の方、出稼ぎの労働者の方、貧しいコミュニティから来た方など、さまざまなバックグラウンドを持つ方に食事を配ることができました。

今回のアンナダーナはとても落ち着いて進めることができました。何事もない日の一瞬に感謝をしながら、その喜びを共有でき、とても嬉しく思います。世界には、今この瞬間にも、平和な日常を奪われ、絶望の中にいる人々がいます。世界に平安と喜びが広がるよう、こうした行為の実践を今後も継続していきたいと思います。

次回は病院での実施を予定しております。これからも温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第3章第25節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


प्रवृत्त्यालोकन्यासात् सूक्ष्मव्यवहितविप्रकृष्टज्ञानम्॥२५॥
Pravṛttyālokanyāsāt sūkṣmavyavahitaviprakṛṣṭajñānam||25||
プラヴリッテャーローカニャーサート スークシュマヴャヴァヒタヴィプラクリシュタジュニャーム
高度な知覚の光をあてることにより、精妙なもの、隠されたもの、遠くにあるものの知識を獲得する。

簡単な解説:前節において、象やその他の力への綜制により、それらに等しい力を獲得できると説かれました。本節では、綜制によって、高度な知覚の光をあてることにより、精妙なもの、隠されたもの、遠くにあるものの知識を獲得できると説かれます。