ヨーガ・スートラ第4章第19節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


न तत्स्वाभासं दृश्यत्वात्॥१९॥
Na tatsvābhāsaṁ dṛśyatvāt||19||
ナ タトスヴァーバーサン ドリシュヤトヴァート
それは、自らを照らすものではない。見られるものであるから。

簡単な解説:前節において、心の働きは常に知られていると説かれ、それは、心の主人であるプルシャが決して転変しないからであると説かれました。本節では、心は自分自身を照らし出すことはできないと説かれ、それは、心がプルシャに見られるものであるからだと説かれます。

やさしいダブルトランジットのお話

前回のコラムで、ダブルトランジットについて少しだけ触れさせていただいたところ、それに関してのご質問をいただいたので、占星術の知識のない方にもご理解いただけるようにやさしく解説をさせていただきたいと思います。
なお、実は厳密には正確でない表現もあるのですが、占星術の知識をお持ちでない方にわかりやすく説明するために、煩雑な表現を割愛していることをご理解ください。

木星と土星という大きな影響を持つ、2つの星の力が特定の星座に影響を及ぼすことをダブルトランジットと言います。
それぞれの星は、運行のスピードや影響を与える場所が違いますので、ダブルトランジットが成立する時期や、場所はその時により変わります。
これが影響する星座が個々人にとってどのような意味を持つかによって異なりますが、それぞれの方の運命に大きな影響を与える可能性があるのです(良い運命の場合もありますし、そうでない場合もあり得ます)。

もちろん、個々人にとって、トランジットよりも優先する運命もありますし、もともとその星座や星にどのくらいの力が秘められているかによって、結果は変わってきます。
さらにはごく稀ですが、自然災害のように、個人の星回りを捻じ曲げるような力が作用することも全くないわけではありません。
しかしながら、すべてが良い方向に揃った場合には、素晴らしい出来事が起こる可能性があります。
今年末から来年初頭の、射手座と双子座のダブルトランジットが皆さまに大きな幸福を運んできますよう、お祈りしております。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャギリ同行「星の力に守護された西インド・南インド至福の旅」

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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聖仙ナーラダのグル

無知という暗闇を取り払い、知識という光をもたらすグルは、インドでは神の化身として崇められる存在です。
その存在のもとで歩みを続ける多くの人がいる一方で、グルを探し求めて歩み続ける人も多くいます。
数々の聖典をこの世に伝える、重要な聖仙であるナーラダも、その一人でした。

ある時、ナーラダ仙は神々の集いに赴きます。
その集いにおいて、ナーラダ仙が座る場所は、誰よりも低い位置にありました。
その理由をナーラダ仙が問うと、ナーラダ仙にはグルがいないからだといわれます。
ナーラダ仙は、いつも神の名を口にしていましたが、グルから与えられたマントラを持っていないことに気がつきました。
すると、ナーラダ仙は、夜が明け最初に出会った方をグルとしますと告げ、その集いを去って行きます。

次の日の朝、最初に出会ったのは、老いた漁師でした。
ナラーダ仙は漁師に、あなたは私のグルであり、マントラを授けて欲しいと頼みます。
漁師は、私はあなたのグルにはふさわしくないと断るも、ナーラダ仙は懇願します。
漁師が頭の中にあった神の名を口にすると、ナーラダ仙はその神の名をマントラとして受け取りました。
そして、再び集いへ赴き、グルを得たことを報告すると、神々にそのグルを連れてくるよう求められます。

ナーラダ仙は再び漁師のもとへ向かい、集いに出向いてくれるよう頼むも、漁師は足が不自由でうまく歩けません。
ナーラダ仙は腰をかがめて漁師を背負い、集いに赴きました。
そして、その御足に触れました。
すると、漁師はシヴァ神に姿を変えたといわれます。

このナーラダ仙の神話を通じては、自分自身を育む世界のすべてに、敬意を持って生きることの意味を教えられたように思います。
聖仙であるナーラダが老いた漁師を背負ったように、私たちのエゴを取り除くその存在は、どのような姿であろうと、私たちのグルとなるに違いありません。
そのグルは、日々の歩みの中で、エゴが生み出す暗闇を取り除き、真実という光に私たちを導いてくれるはずです。

グルの姿は、必ずしも見えるものではありません。
人生という学びの機会の中で、一つ一つの経験をグルとして崇められるように、謙虚に信愛を持って生きることを努めたいと感じます。
師への満月祭を迎える時、皆様にも大きな光が満ちるよう心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

グル・プールニマー2019

インドでは、グル(師)に対しては、とても大きな尊敬が払われます。家庭にあっては親、学校にあっては先生、会社にあっては上司など、グルの指導のもと、人は大きく成長していくことができます。インドでは、グルは神と同一のものと見なしなさいといわれています。それは、太陽の光が反射して月が輝いて見えるように、グルの英知に照らされて、人々が輝きだすといわれるからです。

2019年7月16日は、グルに感謝の意を捧げるグル・プールニマー(師への満月祭)です(日本時間では、17日となります)。
グル・プールニマーの起源は、聖仙ヴィヤーサの誕生日にあたります。
聖仙ヴィヤーサは、ヴェーダ・ヴィヤーサ(ヴィヤーサは編者の意味)とも呼ばれ、ヴェーダ聖典を編纂したことで知られています。彼は、後の時代に、人々の心が醜くなり、すべてのヴェーダを学ぶ能力がなくなることを見通して、莫大なヴェーダを現在の4部(リグ、ヤジュル、サーマ、アタルヴァ)に編纂したといわれています。
さらに、彼はプラーナを記述し、物語や寓話を通じてヴェーダと同様の霊的英知をやさしく説き、それによって多くの人々がヴェーダの英知に触れることができるようになりました。また彼は、ヴェーダンタの本質をなすブラフマー・スートラの作者としても知られています。このような偉業を残したグル・ヴィヤーサを祝福するため、彼の誕生日がグル・プールニマーとして祝われることになりました。

グル・プールニマーの日には、新しい誓いを立て、それを実行することが慣例的に行われています。
例えば、霊的な師がいれば、師からマントラを授かり、それを毎日唱える誓願を立てます。
あるいは毎日瞑想をする、肉食をしないなど、その他の霊的な誓願を立て、実行するのもよいでしょう。

グルの役割について、スワミ・シヴァーナンダは次のように語っています[1]
「人が成長するために、あなたはグルの重要さと神聖な意義について理解していますか。インドがいままでグルを大切にし、グルの意識の光の中で生き続けているのには理由があります。理由もなく、毎年この古くからの伝統を祝い、度々グルへ敬意を払い、信義と忠誠を再確認しているのではありません。グルは、悲しみと死の束縛から脱却させ、真理を体験させる、人々にとっての唯一の保証人なのです。」

またスワミ・シヴァーナンダは、グル・プールニマーの日に行うべきことについて次のように語っています。
「このもっとも神聖な日は、ブラフマームフルタ(午前4時)に起床しなさい。そして、グルの蓮華の御足を瞑想するのです。心の中で、彼の恩寵を祈りなさい。こうしてはじめて、あなたは成就に至ることができます。早朝には、熱心にジャパや瞑想を行いなさい。」
「沐浴したあと、グルの蓮華の御足を礼拝しなさい。また彼の絵や写真に、花やフルーツを供え、お香や樟脳を焚くのもよいでしょう。この日は、断食をするか、食べても牛乳やフルーツだけにするべきです。午後は、あなたのグルの信奉者たちと一緒になり、彼の栄光や教えについて話し合うとよいでしょう。」
「夜は、信奉者たちが集まり、神の御名やグルの栄光を歌いなさい。グルを礼拝するもっともよい方法は、彼の教えに従うことです。彼の教えの顕現としてあなた自身が輝き、彼の栄光とメッセージを伝えなさい。」

グル・プールニマーの日からは、チャトルマースとよばれる神聖な時期が4ヶ月間続き、インドではこの期間に多くのお祭りが行われます。特に2019年7月17日から2019年8月15日までの期間は、シュラヴァナと呼ばれ、チャトルマースの中でも特に神聖な期間とされています(地域によって異なります)。
この時期は、シュラヴァナ(聞くこと)と呼ばれるように、聴聞等による学習に適した期間です。師の教えを聞き、それを実行に移せるよう努力すれば、きっと大きな実りがあることでしょう。

[1]Subhamoy Das, “The Guru Purnima”, http://hinduism.about.com/od/festivalsholidays/a/gurupurnima.htm

チャイルド・スポンサーシップのご報告(2019年6月)とケーララ豪雨災害の支援状況について

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)、また、ケーララ豪雨災害支援にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
子どもたちの暮らす南インドのケーララ州では、今年は6月8日にモンスーンが始まりました。
モンスーンの始まりとともに、長い夏休みが終わり、子どもたちの学校が始まっています。

この学校の始まりにあわせ、通常のチャイルド・スポンサーシップで支援をする子どもたちと、昨年の豪雨災害で被害を受けた子どもたちに、特別な支援を行いました。
支援は、6月の第2週目の学校の始まりの前に行われ、実施日は6月8日となり、モンスーンの始まりに重なる喜ばしい時となりました。

今回は、合計で75人の子どもたちに支援を行うことができました。
現在、毎月の教育支援を行なっている子どもたちは40人前後となり、豪雨災害で被害を受けた子どもたちが35人前後となります。
支援は、以下の食材と生活必需品を中心に行いました。
以下は1人当たり、850ルピー(約1300円)となります。

– お米5キロ
– 小麦粉2キロ
– 砂糖1キロ
– Thuvara Parippu(豆)1キロ
– 豆類1キロ
– ココナッツオイル1キロ
– ビスケット
– パーパド(豆のおせんべいのようなもの)
– じゃがいも1キロ
– 玉ねぎ1キロ
– いも1キロ
– コーヒー
– 紅茶
– はちみつ100gms
– 赤唐辛子250gms
– 塩
– 石鹸
– 入浴用石鹸

加えて、学校生活に必要な以下の物資を配りました。

– ノートブック
– 製図用具
– ペン
– 鉛筆
– 傘
– 服

さらに、それぞれの通う学校で必要となる制服を、それぞれが購入できるように、サポートをしています。
傘は、雨の日だけでなく、日傘としても使用するため、毎日のように使用する重要なものです。
価格が上昇しており、丈夫なものを選ぶと、1本500ルピー(約800円)となりました。
今回は、通学用のバッグも検討していましたが、傘の購入に予想以上の費用がかかり、支援をすることができませんでした。
バッグは、1つ700ルピーから1000ルピー(約1100円から1600円)かかる見込みです。
9月のオーナム祭(ケーララ州で一番大きなお祭り)の際に、支援できるように計画をしています。

今回、この配給を進めたのは、毎月の教育支援を行う子どもたちです。
それぞれが責任を持って、滞りなく、配給を最後までやり終えることができました。
昨年の豪雨災害で被害を受けた家庭の子どもたちも、皆様のご支援のおかげで、少しずつ日常を取り戻しつつあります。
モンスーンが始まり、これからは学校で勉学に励む時となります。
今年は穏やかな気候の中で、勉強に集中できることを心から願っています。

※チャイルド・スポンサーシップにつきましては、6月の支援において、7月の支援分となるクーポンをそれぞれの家庭に配布しました。
モンスーンの雨が激しくなる時となり、移動が困難となる可能性があります。
クーポンは、施設まで集まる必要がないよう、それぞれが特定の店舗で物資を購入できるものです。
7月は支援のための集会を見送るため、写真を含めた報告がない見込みとなりますが、何卒ご了承のほどお願い申し上げます。

いつも温かいご支援をいただき、心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

182、アーユルヴェーダ音楽療法入門44(用語辞典:カ-2-)

カルマ:
ブラフマン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教に於ける「業」とその概念。
カルマ/業には、「A:現世に現れている前世の行為とその因果」「B:現世に(まだ)現れていない前世の行為の蓄積とその因果(そのうち徐々に現れる)」「C:死後と来世の為の現世の行為」の三大分類が説かれている。上記いずれの宗教でも、「C」が蓄積されて「B」になり、生まれるとともに、日々「A」として現れ、現世の姿に強力な影響を与える。その為に信仰・信心(及び修行、または祈祷)を持ち、しかるべき「C」を研鑽すると説く。しかし、いずれも「業(ごう/Karma)」と呼ばれることで、様々な混乱も生じる。

また、宗派や、団体によって「A」を「変えられない」「変えられないが、対処法がある」「一部変えられる」と説明が異なり、後者に偏って「期待感」を煽り、教団やグループに勧誘する「ご利益宗教」も少なくない。

その一方で、比較的多くの宗派~グループが「Bはまだ変えられる可能性がある」と説く。「解脱・梵我一如」に偏る宗派では、「C」に極端に偏り、「現実社会・個々の人間性」を(否定しないが)割愛する方向にあるが、自意識過剰(の過負荷の自作自演で閉塞感を抱く)・比較意識過剰・被害者意識によって厭世観を募らせた人々には歓迎される傾向が強い。

「業」の観念は、後期ブラフマン教で「輪廻転生思想」が定着(確立したことを証明する記述が見当たらない)した後に、大きく変化した。それまでは、死後は現世に於ける「業」によって「霊魂が宇宙に帰る」か「地獄界」に至る、言わば「天国と地獄論」であったと考えられている。後者に関しては明確な記述は未発見とも言われる。(多くの研究者や後世の文献が輪廻転生思想以降を説くことや仏教との混同で解説を混乱させていることも原因)。

「輪廻転生思想」の確立以降は、死後の霊魂は、「宇宙に帰る」と「輪廻転生し再び生まれる」の二つの方向が裁定された。この時点でも「地獄行き」は不明確で、ある意味「解脱」を由とすれば「輪廻転生」は不幸な道(悲しい審判)とも言える。しかし、ブラフマン教に於ける観念は、その後の仏教とジャイナ教に分かれてかなりの要素が継承されたとも考えられる。(ヒンドゥー教については後述するが、かなり混乱していてややっこしい)つまり、好意的に解釈すれば、ブラフマン教の観念を仏教とジャイナ教が分担して継承したということで、ヒンドゥー諸派の解釈も、仏教、ジャイナ教のいずれかの側面に倣っている。

仏教では、「地獄に落ちる」という観念を強力に説いた。厳密には、輪廻転生の先が「六道」に別れ、更に「三善道」と「三悪道」に分かれる、人間に生まれ変わるのは三善道の上から二番目で、三番目に「修羅道」がある。余談だが、ブラフマン教後期に分裂した「阿修羅神群」が、仏教ではここまで下位(善道の内だが人間以下扱いだ)に落とされたことを知る。

一方、ジャイナ教では、仏教で言うところの「人間道」に輪廻転生した場合の膨大な因果を細かく説いた。つまり、仏教が「来世」に着眼しているのに対し、ジャイナ教は「現世」に着眼しているとも言える。

上記AとBの「積み上げられた前世の行為」の結果は、「有益と有害の2種のカルマ」に分類され、それぞれが4種のサブ・カルマ(8本質(Prakriti)カルマ)に分類されるが、8種はものによって2~93のカルマに分類され、総数148カルマに至る。これらは、来世の「身体的本質」「精神的本質」「寿命」「知覚」「知識」「行い」「幸不幸」にどのように応報するかを細かく説き、全てに名称がある。

仏教はそこまで分類・細分化・概念化をしていない。基本は、「C:来世・六道審判の為の現世の行い」に着目して、善悪各十道、計20種である。基本的に「現世はさておき(最早諦めなさい的?)来世のことを考えましょう」的とも言える。この因果応報思想の為、この段階では「業」は、結果に至る「道」と解釈される。

数が少ない代わり、仏教では、この20種を異なる次元の6解釈で分類し名称を持たせた。この縦横の関係をごっちゃにして解説する例も少なくなく、混乱と難解さを招いている。ブラフマン教は、おそらくこのジャイナ教の「細分化・概念化」と、仏教の「整理と複数の見方」の双方を持っていたと考えられ、これは科学音楽の分類と見事に一致する。

ヒンドゥー教諸派は、大雑把に言えば「仏教とジャイナ教の中間のやや仏教より?」の解釈が多い印象がある。仏教よりは細分化されるが、ジャイナ教と比べれば遥かに少ない種類が、上記の「A」「B」「C」のそれぞれに3種ほど説かれ、その3種は、「純粋カルマ」「攻撃的なカルマ」「悪のカルマ」に分けられる。この二番目が仏教・ジャイナ教とは大きく異なるヒンドゥー(言うまでもなくブラフマン教から継承したものだが)ならではの感覚である。

二番目の「攻撃的(Rajasika)なカルマ(Sakam-Karma)」は、現代人のほとんどの人間のほとんどの行為であろう。「好意の行為:良かれと思って行う」「悪気の無い(絶対そうは思わない~気づかない)悪行」「皆がやっているからやるという行為」などは全て「Rajasika」であり、或る意味「愛する」も「攻撃」の類と解釈する。「助ける」「世話する」に関しては、「利己の有無」を論理的に厳しく検証すれば「純粋(Sattva)カルマ(Nishkam-Karma)」に昇華し得る。

いずれにしても、「現世の行い」の是非・善悪を説いたテーマであるが、例えば輪廻転生を否定するアブラハム三教では「天国行か?地獄行か?」で、「善行を由とする理念(ほどなく道徳も加えられた)」を説いた(導いた)が、仏教は、輪廻転生の先に六道(六段階)を説き、言わば「現世のカルマ」によって、死後の六道を選択させる手法を取った。ジャイナ教は、現世のスタートの時点で前世の因果を148種も説いた。無論、ジャイナ教も現世の精神性と行為によって「宿命的業」を克服出来ると説く。これと比較すると近代ヒンドゥー教諸派では、ジャイナ教が引いたブラフマン教の「宿命的業」を強調したきらいがあり、ある種の「念仏宗教/ご利益宗教」に偏った例が多く見られる。現に、ヴィシュヌ・プラーナなどでは、善悪は、30の善神と15の悪神に象徴されるが、このヒンドゥー独特の「比喩」が理解されない場合、個々の人間の「業」と切り離され「善神に依存する」という傾向に陥りやすい。これらの原因のひとつにはニャーヤー学派などの論理が理解されなくなったこともあるに違いない。

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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
本連載は、インドスピリチュアル・グッズweb-Shopのシーターラーマさんのご好意で長年連載を続けさせていただいております。皆様の応援も大きな支えです。少しでもお役に立てる内容がございましたら、ぜひ「いいね」の応援を下さいますよう。よろしくお願い致します。

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若林は現在、福岡及び近郊の方の「通いレッスン」の他に、全国の民族音楽・民族楽器ファンの方々にSkypeでのレッスンを実施しています。体験の為に、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」も行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui(毎月の実施日時も掲載しています)」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

また、本連載コラムのテーマでも重要な、「現代人に大きく欠落している論理性」につきましては、論理力育成Mail-Lessonをご教授しています。
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更に、貴方の論理力を簡単にチェックする「論理力・無料Mail診断」を受け付けています。
お気軽にメールか、Facebookメッセージでお尋ね下さい。
chametabla@yahoo.co.jp 若林

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また、Hindu Chant講座Vol.1 https://youtu.be/_UPLRjMFFpo 「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」https://youtu.be/wWmYiPbgCzg をはじめとした多くの「紹介動画」をYou-Tubeにアップしております。是非ご参考にして下さいませ。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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アムブバーチー・メーラー

2019年6月22日から26日にかけ、インド東部アッサム州では、カーマーキャー女神の寺院にてアムブバーチー・メーラーと呼ばれる盛大な祭典が執り行われます。

カーマーキャー女神はシヴァ神の最初の妻であったサティに近い存在であると言われ、また、カーリー女神とも捉えられます。

カーマーキャー女神の寺院は51のシャクティ・ピータ(シヴァ神の最初の妻サティの身体の一部一部がある場所)の一つに数えられ、女神崇拝に熱心な人々にとっては欠かすことの出来ない聖地です。

この祭典は、年に一度訪れるカーマーキャー女神の月経にあたると言われ、毎年5月から6月に行われます。大地を潤すモンスーンに重なり、「創造」と「育み」の象徴である母なる大地の月経にあたると信じられています。

月経の間は不浄のエネルギーが排出されるということから、祭典中、その期間にあたる3日間は寺院の扉が閉ざされ、帰依者も自身を清める行いを努めます。3日後に再び扉が開かれ、清められた心身で、女神の祝福を受けると言われています。

参照:Ambubachi Mela 2019

スタッフ日記:第44回アンナダーナ終了しました!

第44回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。
今回の実施は、聖地として知られるリシケーシュのサイガートにて、滞りなく終えることができました。
リシケーシュでは、第5回目の実施です。

南インドではモンスーン到来のニュースが伝えられましたが、リシケーシュのある北インドは、まだまだ暑い時が続いています。
6月に入ってから高温の状態が続き、山が近いリシケーシュでも、連日45度に近い気温が続いていました。
そしてアンナダーナを実施した昨日、ようやく気温が下がり、およそ3週間ぶりに40度を下回りました。
大気の状態が不安定になるという予報が伝えられていたため、当日の実施が不安でしたが、アンナダーナは無事に終えることができています。

暑い夏を迎えているインドでは、特に冬の間に閉ざされていた山々の聖地を廻る巡礼など、各地で巡礼が盛んになる時を迎えています。
リシケーシュは、ケーダールナートやバドリーナートなど、ヒマーラヤ巡礼の起点となる場所でもあります。
特にこの時期は夏休みに重なり、インドの各地から多くの巡礼者が訪れ、大変に混雑する時です。

サイババ寺院のあるガートは、リシケーシュの人々が心を寄せる場所の一つです。
市の中心部からは離れているため、人々が短時間に集中することなく、配膳は落ち着いてゆっくりと進めることができました。
地域住民や子どもたちを中心に、巡礼者や修行僧の姿も見られました。
時間はかかりましたが、今回もおよそ1300食分を、滞りなく配り終えています。

人々は、さまざまな思いを抱えて巡礼に赴きます。
こうした巡礼者に食事を施すことは、功徳のある行いとして古くから伝えられてきました。
太古の昔から、人々のさまざまな思いを静かに受け入れてきた聖地は、誰しもが抱える心の重荷をすべて受け取り、浄化していきます。
私たちをあらゆる苦から解放された場所へと導く聖地は、現代社会にとって、とても大きな意味のある場所であるはずです。
いつまでも聖地が大切に受け継がれ、人々や社会に大きな平和がありますように、心よりお祈りしております。

次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第4章第18節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सदा ज्ञाताश्चित्तवृत्तयस्तत्प्रभोः पुरुषस्यापरिणामित्वात्॥१८॥
Sadā jñātāścittavṛttayastatprabhoḥ puruṣasyāpariṇāmitvāt||18||
サダー ジュニャーターシュチッタヴリッタヤスタトプラボーホ プルシャスヤーパリナーミトヴァート
心の働きは常に知られている。プルシャは転変しないからである。

簡単な解説:前節において、対象物は磁石のように心を引き寄せ自分の色で染めると説かれ、そうして心が関係を持つ対象物は知られ、持たない対象物は知られないと説かれました。本節では、その心の働きは常に知られていると説かれ、それは、心の主人であるプルシャが決して転変しないからであると説かれます。

第49回グループ・ホーマ(ニルジャラ・エーカーダシー)無事終了のお知らせ

第49回グループ・ホーマ(ニルジャラ・エーカーダシー)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

ヴィシュヌ神を礼拝する、第49回グループ・ホーマは、6月13日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第49回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。