スタッフ日記:美しい人

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ヨーガをしている人って美しい。と思うことがあります。着飾ったり、高価なものを持ったりしているわけではないのに、その存在だけで美しく見えます。内側から沸いてくる自然な美しさと、強いエネルギーに、吸い込まれそうになるくらい。

特に、聖地で会う人たちの多くはみんなそう。単なるエクササイズではない、生きる術としてのヨーガを実践している彼らは、嘘のない生き方を通して、自然な美しさを生み出している。そんな風に感じます。

もちろん、アーサナやプラーナヤーマの効果も計り知れません。きちんとしたプラーナヤーマによって肺の機能が向上し、新鮮な酸素が体全体に行き渡ることで、全ての細胞が活性化して、肌を美しく保ちます。免疫機能もアップして、さまざまな病気から体を守ることができる。アーサナを正しく行えば、体は強くしなやかに。

なんといっても、体の調子が良いと、心が軽く楽になります。緊張のほぐし方、ストレスのない生き方を知っている人たちは、いつだって強く美しい。そんな風になりたいと今日もヨーガな一日です。

55、第4Chakra:AnahataとRaga

illustration of human chakra, lotus flower

胸にあるとされる「第4のChakra:Anahata」の「Anahata」は、この連載の冒頭で述べました、「宇宙の波動:Anahata-Nada(アナーハタ・ナーダ)」と同義・同語です。

「Anahata-Nada」は、耳に聞こえない波動であり、修行を経た声楽家の声や、楽器が正しく受信すれば、耳に聞こえる「Ahata-Nada(アーハタ・ナーダ)」に変換されるという概念です。すなわち、「Nada」は、Yogaで言うところの「Prana(プラーナ)」とほぼ同義なのです。

おそらく、古くはYogaでも「Prana」ではなく、「Nada」と呼んでいたのであろうことは、その通り道を「Nadi(ナーディ)」と呼ぶことで推測できます。むしろ「Prana」は、関連語「Prayanama(プラーヤーナーマ/呼吸法)」で分かるように、「気」に近い意味合いで、「PranaとNadaのリンクや一体感、同源論」が主流になった以降の概念、もしくは、「Nadaが体内に入った後の意味合い」ではないか、とも推測します。

Anahata-Chakraは、胸、心臓、肺、循環器に関わり、喜怒哀楽の情感や、愛情、とりわけ慈愛、や希望、信頼といった情感を司るとされます。

これは、私たち常人にも分かりやすい概念で、外的要因の影響を受けて、喜怒哀楽が発生し、それに、伴って心拍数や呼吸数が変動するということは誰でも実感していることでしょう。

その他にも、「胸が締め付けられる」とか「胸がキュンとする」などのやや深めの現象もあれば、「心に伝わる」「心に染みる」とか、「腑に落ちる」「心の琴線に触れる」などという深い表現もあります。

関連が深いだろうと思われる古代中国医学でも、同じ様な概念を見ることが出来ますから、VedaやYogaの科学を知らなかった日本人でさえも、目や耳に伝わるもの以外の何らかの「波動」が、直接的に心に伝わる実感や観念を持っていたに違いありません。そして、その受信機は、意外にも「第1Chakra:Sahasrara」ではなく、この「第4Chakra:Anahata」であるということです。

しかし、「Anahata」は受信専門ですから、「Sahasrara」の「交信機能」があって、「大宇宙と小宇宙が一体化」するという仕組みなのでしょう。

つまり、「Anahata」で受け取り、Nadi、経絡、神経、血管を介して全身に行き渡らせた後、「Sahasrara」で宇宙に返答するという仕組みの方が全てを網羅していると考えられ、どこか一部が「受信・返信」をしているというより分かり易いのではないでしょうか。

もちろん呼吸に関しても「皮膚呼吸」が言われますように、あらゆる「気」や「Nada」は私たちの心と体の全てに届き、総てから受け取っているという要素も必ずあると思います。

また、「Anahata」の受信能力だけでは、一喜一憂が激し過ぎる場合が考えられ、その反動(自己防衛)、受信能力を無意識に低下させてしまうこともあり得ると思われます。それ故に、下焦部のChakraが底力で支え、「第4Chakra:Vishuddha」が上に上げるポンプとなり、Sahasraraが、全体のバランスを調整しつつ、発信して行くのではないでしょうか?

これらのことは、科学音楽において、この「第4のChakra:Anahata」と関わる「第4の音:Madhyam」の存在、性質と役割によって裏付けられます。

Madhyamは、その字義通り「真ん中」ですが、「主、中心」というニュアンスとは異なり、単に物理現象的に「個体の真ん中」の意味合いだと思われます。

しかし、循環系にとって、効率的に「気」や「Purana」などをくまなく巡らせるためには必然的な位置であり、役割、存在、そして性質であるわけです。

その意味では、人間は生まれながらにして「不利な構造」、もしくは「愚かな構造」をしているとも言えます。心臓、および「Anahata-Chakra」が体のほぼ中心にあることは四足(昆虫は六で、八の生き物も居る)歩行に於いて最も賢い構造であるとするならば、立ち上がってしまった人間は、上に上げる過度な負担を心臓に強いている訳です。ヨガに横たわるAsanaや倒立がある理由も良く分かるというものです。

また、第4音:Madhyamには、隠れた存在感と性質があります。若干ややっこしい話ですが、まず、物理的に得られる「自然倍音」は、「五度、三度、七度」などであり、圧倒的に「五度」が強力に響きます。ドレミでいうと、「ド(Sadaj)」から五番目に在る「ソ(Pancham)」の音がそれで、それ故「ソ」は「ドの基音」に対して「属音」と呼ばれます。

ところが、絶対音感でもない限り「ド(1音)レ(1音)ミ(半音)ファ」と「ファ(1音)ソ(1音)ラ(半音)シ」の違いは分からないはずです。どちらもその間隔(音程)が「(1音)(1音)(半音)」であるからです。そのため、随分前に述べました「基音と属音を同時に鳴らす伴奏音:基音持続法(英語でDrone)」の「ドとソ(の五度)」も「ファとド(五度)」と区別がつかないはずなのです。

このようにして、「ファ/Madhyam」は、「ド/Sadaj」の「影武者」である、という解釈がなりたつのです。

そして、実際のRagaでも、その伴奏音(基音持続法。インド音楽用語でShrti)」を「ドとソ」ではなく、「ドとファ」を鳴らすべきとされるRagaが幾つかあるのです。

Chakraにおける「原点、基本、底力」は、言う迄もなく「第1Chakra:Muladhara」ですが、これは言わば、「蓄えた体力、気力、神通力、胆力」といった性質のものであり、それに対して、言わば「影武者/代理」将棋の「飛車と角」のような関係にある「第4Chakra:Anahata」では、新鮮に常時摂り込まれる外からの「力/波動」を受け止め、心と体全体に行き渡らせていると考えることが出来るということでではないでしょうか。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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スタッフ日記:ラダック旅行(回想録)

3年前のちょうど今頃、山のことを考え始めたら止まらなくなってしまい、山に行ってきました。当時の日記を振り返っています。

訪れたのはジャンムー・カシミール州のラダック。大好きなインドの中でも特に好きなところ。

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願いはデリーから陸路でレーでした。あわよくば、シュリナガルまで飛び、そこから陸路でレー。けれどそんな時間はなく、思い切ってレー(標高3650m)まで飛び、目的地はヌブラ渓谷。

9月中に行くことは決めていたけれど、なかなか日程が決まらず、もう寒くなってしまう!と思い、勢いで決めてしまったこのラダック旅行。

ILP(パキスタンと中国の国境を彷徨うことになるので、外国人は入域許可書が必要。)も無事に取得。けれど、途中崖崩れに阻まれたり、あまりの絶景に何度も止まり口を開けていたらいつの間にか日が傾き始め、帰りの飛行機のことも考えたら、やっぱりヌブラは無理と判断。

崖崩れ処理中。

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最初のチェックポイントであるサウス・プリュまでは綺麗な道路ですが、その後は未舗装路。それでも、この峠は主要な交易路で、歴史的にも重要な峠。インド軍により整備されています。

標高5000mを自転車で登るスーパーマン。こんな風になりたい。

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世界一標高が高い(?)車両が通行可能な峠、カルドゥン・ラ(標高5359m)で引き返し、その後は別ルートでマグネティック・ヒル(磁石の丘)へ向かうも見つけられずこれも断念。ニモまで行ってしまい、計画が足りなさすぎの旅程でした。

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カルドゥン・ラには5602m(18380フィート)という標高が表記されていますが、間違いのようで、他にもっと高いところがあるそう。

他にも、ラダックで最も有名な僧院と言われるヘミス僧院やティクセやシェイの僧院を周り、チベット文化をどっぷり堪能。ご飯も全部チベット料理。

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一日中走り回り、それほどではなかったけれど、体に受ける風はやっぱり冷たく、全身覆っているのに埃で体中真っ黒、でも4日間お風呂に入らず。顔にはSPF50の日焼け止めをたっぷり塗りサングラスをしていたにも関わらず強すぎる日差しで1日目にすでに顔は真っ赤で、目も開かず、30分おきにリップクリームを塗っていたのに極度の乾燥で唇はずる剥け、2日目からは仕方なく顔中にワセリン+日焼け止め。それでも走りながら太陽を浴び続けた顔の半分だけがさらに焼け、とてもおかしなことになってしまいました。

(スタッフ:ひるま)

サンスクリット語豆知識 サンスクリット語を表わす様々な文字

Close-up of the open Bible

マントラや聖典を今に伝える言語、サンスクリット語。

その文字といえば、すぐに思い浮かぶのが

デーヴァナーガリー文字。

 

たとえばビージャマントラ、

あるいはヴィージャ・アクシャラとして知られる

「オーン・ナマ(ハ)・シヴァーヤ」は

ॐ नमः शिवाय ॥

と表記されます。

 

現代では、デーヴァナーガリー文字で

表わされることが多いサンスクリット語ですが、

もともと固有の文字はなかったので(*1)

南インドではサンスクリット語を

現地の文字を使って書き表すこともあります。

 

たとえばカンナダ文字だと

ಓಂ ನಮಃ ಶಿವಾಯ

マラヤラム文字だと

ഓം നമഃ ശിവായ

タミル文字だと

ஓம் நம சிவாய(またはஓம் நமஃ சிவாய)

 

このように、南インドに行くと

全く別の文字で表わす人々もいます。

 

南インド系の文字は丸っこい字形で

似た印象を持ちますが

デーヴァナーガリー文字も含めて、

これら全ての文字が

同じ古代のブラーフミー文字から

分かれてできた姉妹関係の文字です。

 

最後は、発音記号付きローマ字で表わす方法(IAST方式)

oṃ namaḥ śivāya

 

ローマ字もブラーフミー文字と同じ起源で、

両者とも遡るとフェニキア文字に辿りつく

親戚関係の文字です。

 

 

私はサンスクリット語が好きなので

ヒンドゥー教はサンスクリット語とともに

発達してきたと考えてしまいがちでしたが、

南インドのタミル語も紀元前にまで遡る

古い歴史を持っており、

近年、タミル語の聖典や文献にも脚光が

当たってきており、研究する人が増えています。

 

インドについて知れば知るほど、

インドの文化は広く奥の深い世界だと痛感します。

私たちが知っているインドは

まだまだごく一部なのかもしれません。

 

(*1)「サンスクリット語を書き表すデーヴァナーガリー文字」

サンスクリット語を書き表すデーヴァナーガリー文字

 

(文章:pRthivii)

ヨーガ・スートラ第1章第32節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तत्प्रतिषेधार्थमेकतत्त्वाभ्यासः॥३२॥
Tatpratiṣedhārthamekatattvābhyāsaḥ||32||
タットプラティシェーダールタメーカタットヴァービヤーサハ
それを防ぐのは、一つの原理への修習である。

簡単な解説:前節までに、病気や無気力、苦悩や憂鬱など、心の散動状態について説かれました。そして本節では、それら心の散動を防ぐための方法として、ある一つの対象に対し、繰り返し集中を行うことがよいと説かれます。

スタッフ日記:先祖供養とカラス

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インドの一部地域や慣習では先祖供養の期間が続いています。この間は遠出を避けたり、賑やかなことは控えたりと、なんだか静まり返ったような雰囲気になることも。大きな祝祭の合間にあるので、余計にそう感じるのかもしれません。

この先祖供養の期間、よく見られることがあります。それは、カラスにご飯をあげること。小さいころから「カラス鳴きが悪いと…」と耳にしてきましたが、日本でもカラスは喪に関連するイメージがあると思います。一方インドでは、先祖供養の間にカラスにご飯をあげると先祖が喜ぶといわれます。

カラスは死の神ヤマの使いであるとか、さまざまに伝えられますが、よく言われるのは、ラーマ神とジャヤンタの神話。ジャヤンタはインドラ神の息子で、さまざまな戦いに加わっていました。

ある時、ラーマ神は、妻のシーター女神を突く一匹のカラスに気づきます。草を矢としカラスめがけて放つと、矢はカラスの片目に突き刺さり、カラスはその目を失いました。このカラスがインドラ神の息子ジャヤンタでした。カラスはラーマ神に許しを請い、ラーマ神はカラスを許し、カラスに捧げられた食事は先祖のもとに行くという恩恵を与えたといわれます。

食事を施すこと、特に先祖のお腹を満たすことは、私たち自身が幸せになるための大切な行いの一つとされているので、カラスのジャヤンタに与えられた恩恵は大きなものなのだと思います。

古くから伝えられてきた言い伝えを耳にすると、なんだか大きな世界をより身近に感じることができるように思います。外界はめまぐるしく変化しますが、こうした言い伝えを大切に守っていくことで、確かな喜びを見出せるように感じます。

(スタッフ:ひるま)

ガルダのアーサナ

Yoga Garudasana eagle pose by young woman with long hair in red cloth on the beach at ocean background

日本ではお彼岸、そしてインドでは先祖供養の時が続いています。この先祖供養の間には、ヴィシュヌ神とガルダの対話が含まれ、死後の世界について記されたガルダ・プラーナを読むことが勧められています。それは私たちと先祖の望みを満たし、天と地の両方において幸福を授けると信じられます。

ガルダはヴィシュヌ神の乗り物であり、鷲のような聖鳥として知られます。生まれてすぐに炎のように熱く光り輝き、非常に大きな体を持つ鳥でした。それは大きすぎるほどで、神々はガルダを礼拝しながら小さくなるよう頼み、ガルダの体は小さくなったといわれます。そして、呪いをかけられた母親を救うため、ガルダは天からアムリタを持ち帰りました。

そんなガルダの姿を真似たヨーガのアーサナがあります。「ガルダーサナ」として知られるこのアーサナは、ヨーガの修練において広く実践され、重要視される存在です。このアーサナの実践の間、私たちは自分自身の内に眠るガルダのエネルギーを呼び覚まします。

ガルダーサナでは、片足で立ちバランスを取りながら腰を落とし、手足を複雑に絡めます。膝や腰、肘や肩、そして手首など、さまざまな関節が伸びながらぐっと引き締まり、体は収縮します。そして体をもとに戻すと、収縮した体から血液が一気に流れ始め、関節などにたまる毒素がどっと押し流されるような感覚を得ます。

私たちは、肉体という物質的なエネルギーによって、時に、精神的なエネルギーが制限されてしまうことがあるといわれます。大きすぎたガルダが小さくなり、やがて天界からアムリタをもたらしたように、私たちは肉体をうまく制御することで、より深く精神的なエネルギーに繋がり、アムリタのような至福を得ることができるに違いありません。

お彼岸を迎え、昼夜のバランスが取られる時。そして、先祖供養において重要視されるガルダの存在。この時、心身を浄化し、バランスをとるこのアーサナを実践し、ガルダの存在を自分自身の心身で感じてみるのもよいかもしれません。

(文章:ひるま)

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Garuda

54、第3Chakra:Manipura/NabiとRaga

illustration of human chakra, OM symbol,amulet from Nepal

臍にあるとされる「第3のChakra:Manipura/Nabi」は、胃・肝臓・胆嚢・膵臓・脾臓・消化器と関わりがあり、自信、不安、エゴ、個性、理性を司るとされます。 「司る」という限りには、これも「恒常性のバランス感覚」に照らせば、過少は高められ、過度・過多は抑えられるということに他なりません。

西洋医学でも、かなり以前から研究、臨床が進みながら、私たちの日常生活の中では、あまり深くも正しくも理解されていないのが「自律神経(学)」ではないでしょうか? と言うより、はっきり言って「自律神経の大切さ」を分かっていたら絶対にあり得ない行為がまかり通っています。その挙げ句の「生活習慣病」とは、「良く言った(言えた?)ものだ」と思わざるを得ません。

「エアコンの多用」、熱いからと「冷たい飲み物やデザート」「薄着」、寒いからと言って「厚着」「熱い飲み物」を、何の疑いもなく取り込む現代人の多くが、実は既に「自覚の無い自律神経失調症」ではないかと危惧します。言い換えれば、自覚症状が出た頃には、最早修復に大変な作業を要し、後遺症や副作用を懸念すべき化学療法に頼らねばならないかも知れないからです。

この「自律神経」こそ、「恒常性のバランス」を具体的に実行する先鋭であり、「交感神経」と「副交感神経」は、端的に言えば、相反する作用の象徴的な存在です。語呂合わせのようですが、「自律神経の失調」は、「精神的な自律の失調」と相互関係にあり、ひいては「化学製剤に依存」という姿に至り、「自然治癒力と恒常性を失う」という姿に陥り、その意味での「自立の失調」を招くわけで、現代人の様々な体や心の問題のほとんどがこれに起因していると言っても過言ではないと思います。

奇しくも、7音におけるMahnipura/Nabi-Chakraに相当する音、「ミ/Gandhara」は、基音である「Sadaj(サラジュ/ド)」との関係が非常に密接な音です。科学音楽では、学派によって「初老」とも「少年」とも言いますが、私は母「Sadaj」と深い絆で結ばれた少年のように思えます。「ソ/Pancham」を夫とするならば、Gandharaは、立派な成人青年ですが、Panchamを長兄とするならば、Gandharaは、やんちゃな少年のようです。

いずれにしても「レ、ファ、ラ」の女性音の柔らかさ、優しさに対して、「ミ、ソ、シ」の男性音には、聡明さ、りりしさが共通して存在します。そして、この二種の音たち、つまり「Sadaj/Pancham:基音と属音」以外の音にはいずれも、「低い音と高い音」の二種があります。

「レ、ミ、ラ、シ」は、それぞれ「ナチュラル:♮」と「フラット:♭」があり、「ファ/Madhiyam」には、「♮」と「シャープ:#」があります。これは、不変音:Panchamに「♭」を付けるべきではないためです。

即ち、少年のような「ミ/Gandhara」には、より優しく、ある意味、哀しげで頼りない「Komal-Gandhara(コーマル・ガンダーラ/ミ♭)」と、明るく、自立した「Shuddha-Gandhara(シュッダ・ガンダーラ/ミ♮)」がある訳です。

そして、「第3のChakra:Manipura/Nabi」との関係は、左のManipura/Nabi-Chakraには、Komal-Gandhara、右と中央のManipura/Nabi-Chakraには、Shuddha-Gandharaが適応されると説きます。中国の陰陽説で言うならば、「♭=陰/♮もしくは#=陽」「左=陰/右=陽」でありますから、見事に符合(合理)します。

興味深いのは、この「第3のChakra:Manipura/Nabi」と関連があるRagaは、「Vadi (ヴァーディー/主音)」がGandharaであるばかりでなく、五音音階の性格が強いということです。上下行音列ともに五音の「Audava-Jati(アウダヴァ・ジャーティー)」の例もありますが、多くは、上行のみ五音で、下行は7音の、「Audava-Sanpurna-Jati(サンプールナ・ジャーティー)」です。

これらには、全体を男性音で占めたり、そうでない場合も、音数を減らすことで、Gnadharaの存在感が増すという結果が見られますが、それを意図したかどうか?までは分かりません。人間が意図して定めた、というより、神々の啓示を受けた叡智が生み出したものなのではないでしょうか。

このように、科学音楽の第3音「Gandhara」から学ぶ、「第3のChakra:Manipura/Nabi」とそれに関わるRagaの性質は、男性的であり、少年的であるとともに、第1音「Sadaj」と「第1Chakra:Muladhara」第5音「Pancham」と「第5Chakra:Vishuddha」および、五度上の関係の第7音「Nishad」と「第7Chakra:Sahasrara」と「倍音(物理的に生じる自然の摂理ともいうべき音関係)」の関係にあり、当然関わりが深いということが分かります。

また、「自信、不安(の解消)、エゴ、個性、理性を司る」ということも、誠に少年的でアクティヴです。

自信は不安を解消するとともに、依存からの脱却を果たします。自立と「表裏一体」であるエゴもしかりです。エゴや個性の暴走は、理性によって制御されます。

つまり、少年が成長する方向性には、バランスの取れた「自立」、すなわち「自律を伴う自立」があり、それは、自在に操れる車(自動車)のごとくに、偏り無く整備されていなくてはならないということです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ドゥルガー女神の10の化身と惑星の関係

MUMBAI, INDIA - October 20, 2015: An idol of revered goddess Durga standing in the temporary temple in the city of Mumbai during Durga Puja festival celebration.

ドゥルガー女神の10の化身である女神たち、ダス・マハーヴィディヤー。10人の女神たちは、ぞっとするほどの恐ろしさからうっとりするほどの美しさを持つものまで、女性の神性さの全てを包み込んでいます。

それぞれの女神たちは惑星に関連していると伝えられます。それぞれの女神に関連する惑星と、礼拝に適した日についてご紹介いたします。

ダス・マハーヴィディヤーと惑星の関係
女神  惑星  曜日
 マータンギー  太陽  日曜日
 ブヴァネーシュワリー  月  月曜日
 バガラームキー  火星  火曜日
 トリプラ・スンダリー  水星  水曜日
 ターラー  木星  木曜日
 カマラ  金星  金曜日
 カーリー  土星  土曜日
 チンナマスター  ラーフ  火曜日
 ドゥマーヴァティー  ケートゥ  水曜日
 バイラヴィー  時間/ラグナ  いつでも

参照:http://www.astrogle.com/forums/index.php?topic=1780.0

ヨーガ・スートラ第1章第31節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दुःखदौर्मनस्याङ्गमेजयत्वश्वासप्रश्वासा विक्षेपसहभुवः॥३१॥
Duḥkhadaurmanasyāṅgamejayatvaśvāsapraśvāsā vikṣepasahabhuvaḥ||31||
ドゥフカダウルマナスヤーンガメージャヤトヴァシュヴァーサプラシュヴァーサー ヴィクシェーパサハブヴァハ
苦悩、憂鬱、手足の震え、吸息と呼息が、心の散動に伴って生じる。

簡単な解説:前節において、病気、無気力、疑い、散漫、怠惰、不節制、妄見、三昧の境地に入り得ない状態、三昧の境地に留まることができない状態、この9つが心の散動であり、修行の障害であると説かれました。本節では、その心の散動に伴って、苦悩、憂鬱、手足の震え、不規則な吸息と呼息が生じると説かれます。