男女の仲は・・

クリスマスが近づくこの時期は偶然か必然か、男女の相性に関する記事を書かせていただく年が多いように思います。
今回もそんなお話です。

インド占星術において男女の相性は、とても正確に出ます。
相性は、本当に重要で、相性がよければ快適な関係を容易に築けますし、相性が悪ければ、2人の関係は険悪なものになりがちです。

なお、数は少ないながら、近年は同性のカップルの方のご相談を受けることも出てきました。
この場合も相性は男女の相性に準ずると言ってもいいでしょう。

さて、男女の縁を結び付けるためのプージャーやアイテムも様々な種類のもがありますが大きく分けて2種類に分かれるのではないでしょうか?

それは、相性の良い相手と出会うためのプージャーと(相性に関係なく)意中の相手とご縁をつなぐプージャーやアイテムや、(相性に関係なく)たくさんの相手とご縁をつなぐプージャーやアイテムです。

どちらも神様から力をお貸しいただくものですがどちらがより自然かと言えば、やはり相性の良い相手と出会うためのプージャーでしょう。

霊的な道を歩まれる方の中には、クリスマスを神とまみえる神聖な日と捉え、あるいは、太陽の力を復活させるための冬至祭と捉え、神聖な祈りをささげられる方もおられると思います。

霊的な幸せと同時に世俗の幸せも手に入れたと願う方はクリスマスを前に、相性の良い相手と出会うために神様の力をお借りする検討をしてみるのものいいのかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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チャイルド・スポンサーシップのご報告(2019年11月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。
11月の配給は、現地を訪問し、子どもたちの様子を見学することができました。
以下にご報告をさせていただきます。

現在、チャイルド・スポンサーシップは隔月で施設に集まり、物資の配給とともに簡単な集会を行っています。
施設に集まらない月は、それぞれの家庭に、特定の店舗で物資を購入できるクーポンを配給しています。
10月は施設での物資の配給がない月となり、11月に配給を含めた集会が開かれました。
通常は学校が休校となる第2土曜日に行われますが、11月は私の訪問にあわせて、11月30日に子どもたちが集まってくれました。

現在は、41家族を支援しています。
ここで5人の子どもたちが支援を離れたため、新たに5人の子どもたちの受け入れを行いました。
支援が必要でなくなったり、家庭の事情で離れた地域に行かなければならないなど、支援を離れる理由はさまざまです。
支援を求める家族は現在も多くいますが、今回は中でも特に必要と感じられる子どもたちの5人となりました。

まずは、保護者のアーダール・カードを集め、家庭の状況や子どもたちの就学状況について簡単に聞き取りを行います。
アーダール・カードはマイナンバーのようなもので、インドでは広く身分証明書として用いられています。
どのような家族にどのような支援を行なっているのか、行政機関に書類を提出する必要があります。
家族と子どもたちへは、この支援がどれだけ貴重なものであるのかを、代表が丁寧に説明します。

面談を終えた後に、集まった子どもたちや母親たちへの挨拶と、代表からの講和を行いました。
11月にもなればモンスーンは終わり、雨は降らない時期となりますが、この日はサイクロンが近づいており、豪雨が突然やってくる空模様でした。
集会中も雨音に恐怖を感じるほどの強い雨が降り続き、時折、講和を止める必要がありました。

配給は、講和を終えた後に開始します。
今回も、支援を受ける子どもたちが率先してリストの名前を読み上げ、物資を手渡ししていました。
たくましく成長している姿を見ると、大きな喜びを感じます。

豪雨災害に続き、この時期にこのような雨が降ることはなく、気候変動を感じることが多くなったと皆が口にしていました。
今回の配給も、大雨の中、大きな荷物を抱えて村まで帰るのはとても大変なことであると感じます。
女児を取り巻く状況も改善されず、施設に集まることに対し、危険や生活に支障が出ている状況もあります。
今後も、隔月か、大きな行事や祝祭においてのみ集会を開き、物資の配給をすることを計画しています。

昨年と今年に続いた豪雨災害後、初めて子どもたちのもとを訪れましたが、皆が元気に過ごしている姿を目にすることができました。
まだ、元の生活に戻ることができていない家庭もありますが、それぞれがより良い生活のために、懸命に努力をしています。

子どもたちや家族からは、皆様への心からの感謝をお預かりしています。
厳しい生活環境の中で、勉学に集中できるのも、皆様の温かいご支援のおかげです。
まだ、支援を望む子どもも多くいます。
これからも温かいご支援のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

(スタッフ:ひるま)

平和で幸福に満ちた人生を送るための20の人間的価値

バガヴァッド・ギーターの13章において、クリシュナ神はアルジュナに、智慧の本質について説きます。それは、人間として生きる上で育むべき20の特質であり、規範として伝えられます。

これらは、平和で幸福に満ちた人生を送るためにも重要視される事柄です。現代社会において、これらのいくつかを誠実に実践するだけでも、心豊かな日々を過ごすことができるでしょう。

謙遜 虚栄を捨てること
非暴力 寛容 正直
正師を求めて師事すること
清潔 堅忍不抜の精神 自制

欲望の対象から心を離すこと
我執を無くすこと
生老病死を苦とみなし
その本質を究めること

あらゆる事物に執着しないこと
妻子や家庭に対する愛着を捨てること
愉快なこと 不愉快なことにあたって
冷静であること―

至上者に対する不動の信仰
世俗を離れ 静かな処に独居する希望
一般大衆 俗世間の人々と
無益な交際をしないこと

自己の本性を知ることの重要さを認識すること
絶対真理への探究心―
以上のことは智慧の本質であり
これに反することは無知無明である
(バガヴァッド・ギーター 第13章第8-12節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

参照:Human Values from Bhagwad Gita

不屈の精神

絶え間なく動き続ける私たちの心は、日々の小さな出来事に動揺することが少なくありません。
一瞬のうちに決意が揺らぎ、目標を見失うことも往々にあります。
心が常に目標に定まった、不屈の精神を得るためには、何が必要なのでしょうか。

クリシュナ神は、バガヴァッド・ギーターにおいて、3種の決意について説いています。

プリターの息子よ
ヨーガの修行によって確固不動となり
心と生命力と諸感覚を自ら支配する
その決意はサットワである

しかし アルジュナよ
宗教においても経済活動においても
名誉と利益を得ようとして奮闘努力し
感覚的満足を追求する決意はラジャスである

夢うつつ 恐怖 愚痴
意気消沈 そして妄想にふける
このような状態から抜け出られぬ
愚昧な決意はタマスである
(バガヴァッド・ギーター 第18章第33-35節 神の詩―バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

ここで説かれる決意はドリティといわれ、知性を意味するブッディとともに重要な意味を持つとされます。
ドリティは、固持、静止、堅固、着実、恒心、堅忍不抜、満足、満足を知ること、果断などという意味があり、ダルマの妻として人格化された満足、または決心を意味するともいわれます。

肉体を持つ私たちは、絶え間なく沸き起こる感覚の欲求に心が休まることはなく、時にダルマに沿った道から外れることも少なくありません。
クリシュナ神は、瞑想や呼吸法といったヨーガの修行によって、肉体や感覚を支配する能力を発達させることができると説きました。
その修行によって心は鍛えられ、困難や障壁にも惑わされずに、正しく生きる不屈の精神を得ることが可能になるのだといいます。

結果を期待せず、怠惰に陥らず、固い決意によって自己の心を制御するには、正しい知性も必要です。
バガヴァッド・ギーターで綴られるクリシュナ神の言葉は、何よりもまず、私たちにその知性をもたらします。
成功や失敗にも心が迷うことがないように、この神の詩とともにヨーガの修行に励み、目標に向かって不断の努力を続けたいと感じます。
その過程で鍛えられる不屈の精神は、私たちを究極の目標へと導いてくれるに違いありません。

(文章:ひるま)

アンナプールナー・ジャヤンティ2019

マールガシールシャ月(11月から12月)の満月は、あらゆる霊的性質を備えた神の化身として崇められる、ダッタートレーヤ神の降誕祭が祝福される一方で、シヴァ神の妃であるパールヴァティー女神の化身、アンナプールナー女神の降誕祭が祝福される慣習もあります。2019年は、12月12日に迎えます。

「食物に満たされた者」の意味を持つアンナプールナー女神は、食物や豊穣の女神として崇められます。その存在は、シヴァとシャクティ、プルシャとプラクリティ、精神と物質、男性と女性、それらが本来一つであり、創造と完成には、女神(シャクティ)の存在が欠かせないことを伝えています。

ある日、シヴァ神は妻であるパールヴァティー女神に言います。「物質世界は全て幻影である。食べ物も幻影の一部にすぎない。」食べ物を含め、世界のあらゆるものの現れであるパールヴァティー女神はその言葉に怒り、シャクティ(エネルギー)の重要性を示すために姿を消します。

パールヴァティー女神のいなくなった世界からは食べ物が消え、荒廃し、生き物たちは飢え始めました。その状況を憐れんだパールヴァティー女神は世界に戻り、食事を与えるためにカーシーに台所を整えます。シヴァ神はお椀をもってパールヴァティー女神のもとを訪れ、「物質世界を幻影としてあしらってはいけないことに気がついた」と述べます。

パールヴァティー女神は怒りを収め、シヴァ神に食事を与え、アンナプールナー(食物に満たされた者)として崇められるようになったと信じられています。

参照:2019 Annapurna Jayanti

ダッタートレーヤ・ジャヤンティ2019

Dattatraya

インドでは2019年12月11日にダッタートレーヤ・ジャヤンティが祝福されます。ダッタートレーヤ・ジャヤンティは、ダッタートレーヤの降誕日として崇められ、マールガシールシャ月(11月から12月)の満月に祝福されます(暦の関係上、満月の前日に祝福される場合があります)。

ダッタートレーヤは、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神の3大神が一体となった崇高な存在です。ダッタートレーヤは、あらゆる霊的性質を備えています。ダッタートレーヤは神の化身として、普遍的な真の宗教を広めるため、聖者アトリとその妻アナスーヤーの子として生まれました。

アナスーヤーは非常に謙虚で忠実な妻でした。それは、天上のサラスワティー女神、ラクシュミー女神、パールヴァティー女神を悩ませるほどで、彼女たちはアナスーヤーの評判を落そうと、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神を地上に送ります。

ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神は、アトリが留守の時にアナスーヤーの下を訪れます。アナスーヤーは食事を準備すると、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神は、裸になって食事を振舞うようアナスーヤーに要求します。

アナスーヤーはショックを受けましたが、心の力でブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神を小さな赤ん坊の姿にしました。アナスーヤーは、赤ん坊たちを揺りかごに入れ、大きな愛をもって食事を振舞いました。

ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神が赤ん坊になってしまったため、誰がこの宇宙を司るのか、サラスワティー女神、ラクシュミー女神、パールヴァティー女神は心配を始めます。

ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神は、アナスーヤーに許しを請い、その存在の基がある天上へと戻ります。アナスーヤーは3人の赤ん坊を、ソーマ、ダッタ、ドゥルヴァーサーと名付けました。そして、ソーマは月で、ドゥルヴァーサーは森で苦行を続けるようになります。ソーマとドゥルヴァーサーは離れる時、ダッタにその存在を残していたため、ダッタはブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神を兼ね備えた存在となったといわれます。

参照:2019 Dattatreya Jayanti

スタッフ日記:第52回アンナダーナ終了しました!

第52回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。
今回はデリーのラーマ寺院にて、滞りなく終えることができました。

12月に入り、首都のデリーの最低気温は一桁台にまで下がるようになりました。
これから少しの間は、夏には45度を超えるデリーの気温も、最低気温が一桁台となる寒い冬が続きます。

この冬の間は、デリーでは一年の中で大気汚染がもっとも深刻となる時期です。
これまでにも、公立学校は休校、建設作業は原則禁止の措置が取られるなどしています。
首都のデリーには、インドの各地からこうした建設現場で働くために出稼ぎに来る人々が多くいます。
デリーの寒い冬の間には、焚火をして暖を取ることも多く、この焚き火が大気汚染を深刻化させるともいわれます。

今回のアンナダーナは、ヴィヴァーハ・パンチャミーというラーマ神とシーター女神が結婚をした祝日となり、大きな祝祭ではありませんが、寺院では特別プージャーも執り行われ、喜びに満ちたアンナダーナとなりました。
常に食事を必要としている人々が多くいる病院での実施に比べ、寺院の実施ではゆっくりと配膳が始まります。
お昼時間帯が一番混雑しますが、今回も、準備をした1000食分以上を無事に配り終えることができました。
出稼ぎの労働者の方々や地域住民の方々をはじめ、日曜日の実施となったため、子どもたちの姿も多く見られました。
慣れない土地で厳しい労働を行う人々にとって、温かい食事は大変ありがたい恵みとなるはずです。

精神的に豊かな文化が受け継がれるインドの地において、アンナダーナはとりわけ価値ある行為のひとつです。
しかし、首都デリーでは、環境対策の一環として、大量のプラスチックゴミが出るアンナダーナの実施が禁止となる方向に動いています。
広大な土地に多様な文化や思想、言葉、慣習が生きるインドでは、誰もが平等に受けられる細やかな社会福祉制度の実施が容易ではなく、こうして自発的な温かい気持ちによって動く社会には、見習うべくこともとても多くあります。
環境問題とも真摯に向き合い、必要とする人々へ皆様の温かいお気持ちが繋がるように、今後も取り組んでいきたいと思います。

次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

美しさを得るためのマントラ・サーダナ

美しさを得るためのマントラ・サーダナをご紹介いたします。

インドでは、美しさや輝きを得るために、月を礼拝することが伝統的に行われています。
このマントラ・サーダナを通じては、月を瞑想しながら、以下のマントラを108回唱えます。
特に、満月の日に実践することが勧められます。
または、月を礼拝する吉日である月曜日に行うことも良いでしょう。


・ॐ चन्द्राय नमः
・om candrāya namaḥ

・オーム・チャンドラーヤ・ナマハ
・意味:チャンドラ神(月)に帰依いたします。

夜空に輝く月は、うっとりするほど美しく見える時があります。
満ちる時、欠ける時、さまざまに変化をするその姿に、心惹かれることも少なくありません。

インドでは、月が満ち欠けをするようになった理由の一つに、ガネーシャ神との深い繋がりが伝えられます。
ガネーシャ神は、誕生日に好物の甘いお菓子をたらふく食べた後、大きなお腹でバランスを崩し転んでしまいます。
空の月は、ガネーシャ神のこの失態を見て大笑いをしました。
ガネーシャ神はひどく怒り、月に呪いをかけると、月の美しさは満ち欠けをするようなったと言われます。

しかし、過ちに気づいた月はガネーシャ神に許しを乞いました。
そして、その美しさが変化を見せるようになるも、夜空で輝き続けるようになったと言われます。
私たち自身も、内面の美しさは、外面の美しさよりもはるかに強力であるということを常に意識しておくことが大切となるでしょう。

参照:Mantra for Beauty

サバリマラ巡礼2019

南インド・ケーララ州では、年間1億人もの巡礼者が訪れるといわれるサバリマラの主要な巡礼が始まりました。
限られた期間のみに開かれるサバリマラ寺院の主要な巡礼は、2019年11月16日から2020年1月20日(期間中に一時期閉鎖)のおよそ2ヶ月となり、この間にはとりわけ重要視されるマカラ・サンクラーンティ(1月15日)が祝福されます。

世界的にも有名な祝祭となったサバリマラ巡礼では、ヴィシュヌ神とシヴァ神の息子と信じられるアイヤッパ神が礼拝されます。
サバリマラは、アイヤッパ神が悪魔を倒した後、瞑想についた場所として崇められます。
アイヤッパ神の生まれはさまざまに異なる伝承がありますが、一説に、乳海攪拌において生まれたと伝えられています。

乳海攪拌で悪神たちに盗まれたアムリタ(不死の甘露)を取り返そうと、ヴィシュヌ神はモーヒニーという美女になりすましました。
モーヒニーは悪神たちを誘惑し、その間に神々はアムリタを取り戻します。
この時、シヴァ神も美しいモーヒニーに一目惚れをし、アイヤッパ神が生まれたといわれます。

アイヤッパ神は、両膝にヨーガパッタ(紐)を固定し中腰で座る独特な姿勢が、他の神々とは異なり目を引く存在です。
ヒンドゥー教の多くの神々は、男神と女神が対になり夫婦として描かれ、足を組んで座る男神の膝の上には、妃である女神やその子どもが座ることもあります。
ヨーガパッタで両膝を固定し座るアイヤッパ神は、その膝に座る者はいないことを意味し、禁欲者であることを示しているのだといわれます。

不安定な中腰で座る姿は、アイヤッパ神が動きの中で瞑想状態にあることを意味しているともいわれます。
瞑想は、ただじっと座って目を閉じるものではありません。
日々の一瞬一瞬の動きの中で、どれだけ大きな気づきを持ち、意識的であれるかが問われるものでもあります。
膝に固定されたヨーガパッタは、動の中にある静を象徴しています。

サバリマラ巡礼においては、女性の立ち入りは禁止され(現在は立ち入りを認める動きもあります)、菜食を努め、髪や爪を切ってはならず、ベッドで寝ることや社交の場に出ることも禁じられるなど、数多くのとても厳しい戒行を努めなければなりません。
それでも、巡礼者の数は増え続けているといわれます。

私たちは、日々の中でさまざまに揺れ動く心に悩まされることが多くあります。
ヴィシュヌ神とシヴァ神の情事によって生まれながら、禁欲を貫くアイヤッパ神のエネルギーは意味深いものです。
そんなアイヤッパ神への巡礼という動きの中で努める戒行によって、心が定まり究極的に目覚める意識を、人々は求めているのかもしれません。

(文章:ひるま)

参照:Opening and closing of Sabarimala Sree Dharmasastha Temple for the year 2019 – 2020

橋のアーサナ

ラーマ神の行状記が綴られた壮大な叙事詩であるラーマーヤナには、霊性を育むための教えが随所に溢れています。
そのラーマーヤナにおいて、魔王のラーヴァナにランカ島へと誘拐されてしまったのがシーター女神です。
夫であるラーマ神は、ハヌマーン神とともに橋を建設し、ランカ島に渡ってシーター女神を救い出します。

ラーマ・セートゥ(ラーマの橋)と呼ばれるこの橋について、ヨーガのアーサナを通じて学んだことがありました。
この橋は、ハヌマーン神に率いられた猿軍らが石を積み上げ築こうとした橋です。
しかし、石はその重みで次から次へと海に沈んでいきます。
項垂れるハヌマーン神は、愛するラーマ神の御名を石に記しました。
すると、石は海に浮かび、橋となったといわれます。

ヨーガには、セートゥ・バンダ・アーサナ(セツバンダアーサナ)と呼ばれる橋のポーズがあります。
仰向けで行うこのポーズでは、膝を曲げ、お尻を引き締めながら腰を浮かせます。
両腕は背中の下に伸ばし、大きく胸を開きながら、アーチを作ります。
それは、まるで橋のようです。

一説に、魔王ラーヴァナは欲望を示し、その欲望に誘拐されたシーター女神は心であるといわれます。
心を救い出すためには、ハヌマーン神という肉体の助けが必要でした。
ラーマ神(主)に忠誠を誓うハヌマーン神(肉体)は、シーター女神(心)を救い出し、
再び二人を結びつけると、ラーヴァナ(欲望)は倒されたといわれます。

欲望によって心が奪われる時、私たちは主と分離し、さまざまな困難に巻き込まれています。
こうした肉体を用いたヨーガの実践は、それらを結び付けるための橋を建設する大切な取り組みとなります。

大きく胸を開くセートゥ・バンダ・アーサナを通じては、胸のあたりにあるとされるアナーハタ・チャクラが活性化するといわれます。
アナーハタ・チャクラは、「心の座」ともいわれるように、愛情や感情が満ちる場所です。
ハヌマーン神は、自らの胸を引き裂いて、その内にいるラーマ神とシーター女神を見せたことがありました。

ラーマ神への深い愛から、海に沈んでいく石を浮かせ、困難を払拭したハヌマーン神。
私たちが人生という荒波の中で困難にぶつかる時、主への愛を育むことで、その困難から浮き上がることが可能となるはずです。
このポーズの実践は、自分自身の心を主と繋ぐための橋を架ける助けとなるに違いありません。

(文章:ひるま)

※セートゥ・バンダ・アーサナは、手と足の位置にさまざまなバリエーションがあります。