ウガーディ(テルグ・ニューイヤー)2019

2019年4月6日はウガーディの吉日です。

ウガーディはテルグ語で新しい一年の始まりを意味し、チャイトラ月(3月~4月)の一日目に祝福されます。主に南インドのテルグ語圏とカンナダ語圏(アーンドラ・プラデーシュ州やカルナータカ州、マハーラーシュトラ州)におけるお正月にあたります。それはまた、春の始まりと幸福をもたらす時でもあります。

ウガーディの語源は、「ユガ+アーディ=新しい時代の始まり」にあると伝えられます。一説に、この日、創造の神であるブラフマー神が、世界の創造を始めたと信じられています。そして、時間を計算するために、この世界に昼、夜、日、週、月、季節、そして年を生み出したと伝えられます。

ラーマーヤナの時代において、新しい一年は、ウッタラーヤナ(太陽が北方に回帰する時)の始まりに祝福されていました。その後、天文学者であり占星術師でもあった聖者ヴァラーハミヒラ(6世紀)は、チャイトラ月の始まりに新年を祝う方法を生み出しました。月の軌道の変化に伴った、新しいヒンドゥー教の太陰暦の始まりを意味します。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Ugadi

スタッフ日記:第40回アンナダーナ終了しました!

第40回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。
第40回は、アンナダーナを一番初めに実施したニューデリーのヒンドゥー寺院(ラーマ寺院)にて、滞りなく終えることができました。

インドでは先週の満月に、カラフルなホーリー祭が祝福され、これから長く暑い夏が始まろうとしています。
ニューデリーあたりでは、今年は3月に入っても少し気温が低い日が続いていましたが、ホーリー祭を過ぎ、30度を超えるようになりました。
アンナダーナを実施した日も、30度を少し超えた気温となり、酷暑前の心地の良い時の中での実施となりました。

穏やかな気候の中で、準備は滞りなく終わり、配膳も混乱することなく、今回も準備をした1000食分以上を、無事に配り終えています。
今回は日曜日だったこともあり、子どもたちの姿が多くありました。
インドの学校年度は、日本と同じように4月1日から3月31日となり、子どもたちは新学年を迎えようとしています。
新しい季節を祝う人々も多くいる中、貧しい人々が多く訪れるこのアンナダーナを実施できましたこと、とても嬉しく思います。
ささやかな門出の喜びになった方も、多くいるのではないかと思います。

皆様の温かいご協力によって、このアンナダーナも第40回を迎えました。
バガヴァッド・ギーターには、以下のような一節があります。

供犠 布施 修行に関する行為は
止めてはいけない 進んで行え
まことに この三つの行為は
賢者をも益々浄化するからである
(バガヴァッド・ギーター 18章5節 神の詩 バガヴァッド・ギーター田中 嫺玉 (著, 翻訳))

アンナダーナを通じ、一人ひとりの清らかさが社会に広まり、平和な世界になることを願いながら、今後も継続していくことができるよう努めたいと感じます。
今後も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第4章第6節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


तत्र ध्यानजमनाशयम्॥६॥
Tatra dhyānajamanāśayam||6||
タトラ ディヤーナジャマナーシャヤム
そのうち、瞑想によるものは業遺存がない。

簡単な解説:前節において、転生によって心の働きは変わり、その発現の仕方はさまざまに違っているが、それらの多くの心は、一つの心によって使役されていると説かれました。本節では、第4章第1節で述べられた、誕生、薬草、真言、苦行、三昧の5つによって生じる霊能力のうち、瞑想(三昧)から生じたものだけは、行為の潜在的な印象である業遺存がないと説かれます。

星が力を失う時2

人間、ある程度歳を重ねると身体に様々な不調が出てきます。
肉体は古くなるのですから仕方のない部分はあるでしょう。それに日頃の生活習慣のまずさが追い打ちをかけたりもします。
しかし、気を付けて生活していても不調の出る人もいますし、不摂生をしていても不調の出ない人もいます。
また普段元気だったのに若くして突然、死に至るような病に侵される場合もあります。
このような現象は、もちろん持って生まれた星の力によって左右されます。
そう考えると、肉体の健康を保つ努力をするのはもちろん、「星の健康を保つ(星の力を保つ)」ような努力も本質的には不可欠であるといっても過言ではないでしょう。
それも、いわゆるカルマを来世以降に持ち越すのではなく、逆に徳や霊的な貯金を積みながら星の健康も保つ、という努力が必要になるかもしれません。

星と関係しそれを統べる神に祈る、という行為はこれらの条件をすべて満たします。
ご自分の星の弱い部分がわかっていれば、星そのものに祈るのもいいですが、ガネーシャギリのお勧めは、その星に関係する神に祈るやり方です。
例えばケートゥが悪ければ、それと関係するガネーシャ神に祈るというようなことです。そうすれば星の力を回復するだけでなく、ゆくゆくは未来世にも影響するであろう、その神格のご利益もいただけます。

ご自身の弱い星がわからない場合は、あらゆる惑星の力に作用するハヌマーン神の祈るでもいいでしょうし、多様に化身し守備範囲の広いドゥルガー女神に祈るのもいいでしょう。シヴァやヴィシュヌのような「大きな神」に祈るのもお勧めできます。

これからの超高齢化社会には、肉体の健康と星の健康、両方に留意しようではありませんか。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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あらゆる悪から帰依者を守るハヌマーン神の千の御名

神は、人々の真摯な祈りに必ず応えます。神は彼らの帰依心に応える「義務」があるため、心からの祈りに対して限りない恩寵を降りそそぎます。この点からみると、ハヌマーンへの礼拝は効率的です。それは彼が、神の性質、卓越した人格、奉仕の精神、謙虚さ、自己犠牲、帰依心、決断力、神への献身の持ち主だからです。ハヌマーンは、模範的な帰依心、神への献身を通じて、人々の心の中に住み給います。身体的には、彼は超人的な能力を持ちあわせています。ラーマに対するハヌマーンの帰依心を見て、シーターはラーマへの帰依者たちを救うため、ハヌマーンが不死(チランジーヴィ)となるための祝福をしました。

人々は、彼が地上に今なお生き続けていると信じ、勇気と自信、悲しみからの脱却、悪霊や不幸からの保護を求めて祈りを捧げます。ハヌマーンは、悪の勢力にとっては、この上ない恐怖です。シヴァ神が、強大な神の力を与えるための祝福をしたからです。ナンディ(シヴァ神の乗りものである聖牛)は、全てのヴェーダと、聖典の知識をハヌマーンに授けました。

ハヌマーンは、武器として職杖を持ち、色々な姿で礼拝されます。いっぽうの手に山を持ち、もういっぽうの手には職杖を持ち、スーパーマンのように空を飛ぶ姿で描かれることもあります。ハヌマーンはプラサンナンジャネーヤ、ヴィーランジャネーヤ、ディヤーナンジャネーヤ、バクタンジャネーヤなどの多数の名前を持ち、それぞれの名前は彼の御力をあらわしています。ハヌマーンは、誰かに進言されない限り、真の力を忘れてしまうと言われています。したがって、ハヌマーンの千の御名を唱え、ハヌマーンに千の御力を思い出させ、彼の恩恵と祝福を祈願しましょう。

第43回グループ・ホーマ(ホーリー・フェスティバル)無事終了のお知らせ

第43回グループ・ホーマ(ホーリー・フェスティバル)にお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

ヴィシュヌ神を礼拝する第43回グループ・ホーマは、3月20日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

第43回グループ・ホーマの実施内容はこちらよりご覧いただけます。

シーターとラーマの結婚

sitarama6

移り変わろうとしている季節の中、インドでは女神を讃えるナヴァラートリー祭が祝福されます。
その9日間の夜は、変わることのない自分自身の本質と向き合う、この上ない時間を与えてくれるものです。
そんなナヴァラートリー祭は、ラーマ・ナヴァミーの祝福をもって終わりを迎えます。
今年のラーマ・ナヴァミーは、4月14日です。

ラーマ・ナヴァミーは、正義の化身であるラーマ神が降誕した日として祝福されます。
美徳に秀でた最高の人物として崇められるラーマ神は、完璧な人格者でもありました。
そんなラーマ神の行状記が書かれたラーマーヤナは、さまざまに読み解かれ、私たちに霊性を育む多くの教えを示します。
その一つに、ラーマ神とシーター女神の結婚の神話があります。

シーター女神の父であるジャナカ王が、婿を選ぶ儀式であるスヴァヤンヴァラを開いたときのことです。
シヴァ神のピナーカと呼ばれる神聖な弓を手にしていたジャナカ王は、この弓に弦を張ることに成功した者が、シーター女神の夫となることができると決めていました。
しかし、弓はとても重く、弦を張るどころか、その弓を持ち上げることができる者すらあらわれません。

ラーマ神にこのスヴァヤンヴァラへ行くよう勧めたのが、師である聖仙ヴィシュヴァーミトラでした。
スヴァヤンヴァラにあらわれたラーマ神は、弓に弦を張るだけでなく、2つに折ってしまうほどの力を見せます。
そうしてシーター女神と結ばれたラーマ神は、美しい愛を通じて、数々の苦難を乗り越えていきます。

ラーマ神とシーター女神を結びつけたこのピナーカは、かつてシヴァ神とヴィシュヌ神との間に、戦いを引き起こしそうになったことがあります。
そこには、シヴァ神とヴィシュヌ神のどちらが強いかという無益な議論がありました。
その戦いは直前で阻止されると、ピナーカはシヴァ神の手から離れ、この地に落ちたといわれます。

そんなピナーカを折ってしまったラーマ神は、正義のあらわれとして崇められます。
ピナーカを折る行為は、まるでエゴを破壊することを象徴しているかのようです。
そこには、純粋の象徴であるシーター女神への愛がありました。
そしてそれを導いたのは、聖仙ヴィシュヴァーミトラという偉大な師の指示でした。

こうして結ばれたラーマ神とシーター女神は、究極の美しさを見せます。
私たちは、この神話のように、常に純粋さを求め、師の導きの下、エゴを破壊しなければなりません。
そうして結ばれる日々は、正義のもとで、究極的に美しい人生を築くはずです。

深い教えが秘められたラーマーヤナを読む時、人生で向き合う物事の意味を、より明確に理解することができるに違いありません。
その人生においては、美しい真理を実現することができるはずです。

(文章:ひるま)

シータラー・アシュタミー2019

インドでは2019年3月28日に、シータラー女神を礼拝するシータラー・アシュタミーを迎えます。

シータラー女神は天然痘の女神として崇められています。シータラーは「冷やす者」を意味し、シータラー女神を崇拝することで、天然痘を始めとするあらゆる恐ろしい病から守られると信じられています。

このシータラー・アシュタミーはホーリー祭の後の8日目(アシュタミー)にあたり、主に北インドで祝福が行われます。この日、家庭では火を使った調理は行わず、前日までに調理を済ませ、冷たい(冷めた)食事をシータラー女神に捧げます。前日にあたるサプタミー(ホーリー祭の後の7日目)にプージャーを行う慣習もあります。

シータラー女神は、南インドではマーリアンマン女神として崇められるなど、さまざまな名前を持ちインド各地で崇拝されています。病原菌を払うためのほうき、そして、熱を冷ますための冷たい水の入った壺を手にしていると伝えられます。パールヴァティー女神とも同一視され、シヴァ神の妃としても崇められています。

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Shitala

ヨーガ・スートラ第4章第5節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


प्रवृत्तिभेदे प्रयोजकं चित्तमेकमनेकेषाम्॥५॥
Pravṛttibhede prayojakaṁ cittamekamanekeṣām||5||
プラヴリッティベーデー プラヨージャカン チッタメーカマネーケーシャーム
心の発現の仕方は違うが、その多くは一つの心に使役されている。

簡単な解説:前節において、多くの転生において創造される心は、すべて、「自分」の思いである我想からのみ生まれると説かれました。本節では、転生によって心の働きは変わり、その発現の仕方はさまざまに違っているが、それらの多くの心は、一つの心によって使役されていると説かれます。

経済的な問題を克服するラクシュミー女神の18人の息子の名前

ヴィシュヌ神との間に幸せな家庭を築いたラクシュミー女神。そんなふたりは、18人の息子に恵まれたと伝えられます。この18人の息子の名前を真摯に唱える時、あらゆる経済的な問題を克服することができると信じられます。

ラクシュミー女神の子どもは、聖典によって異なる神話が伝えられますが、これは主に北インドに伝わる言い伝えです。金銭的な問題に直面している人々は、金曜日にこの18人の息子たちの名前を唱えると、救いを得られると信じられています。また、毎日唱えることでラクシュミー女神が喜び、限りのない成功と、降って湧いたような富の増加に恵まれると信じられます。

ラクシュミー女神の18人の息子を礼拝するマントラ
 デーヴァナーガリー  IAST  カタカナ
 ॐ देवसखाय नमः  oṃ devasakhāya namaḥ  オーム デーヴァサカーヤ ナマハ
 ॐ चिक्लीताय नमः  oṃ ciklītāya namaḥ  オーム チクリーターヤ ナマハ
 ॐ आनन्दाय नमः  oṃ ānandāya namaḥ  オーム アーナンダーヤ ナマハ
 ॐ कर्दमाय नमः  oṃ kardamāya namaḥ  オーム カルダマーヤ ナマハ
 ॐ श्रीप्रदाय नमः  oṃ śrīpradāya namaḥ  オーム シュリープラダーヤ ナマハ
 ॐ जातवेदाय नमः  oṃ jātavedāya namaḥ  オーム ジャータヴェーダーヤ ナマハ
 ॐ अनुरागाय नमः  oṃ anurāgāya namaḥ  オーム アヌラーガーヤ ナマハ
 ॐ संवादाय नमः  oṃ saṃvādāya namaḥ  オーム サンヴァーダーヤ ナマハ
 ॐ विजयाय नमः  oṃ vijayāya namaḥ  オーム ヴィジャヤーヤ ナマハ
 ॐ वल्लभाय नमः  oṃ vallabhāya namaḥ  オーム ヴァッラバーヤ ナマハ
 ॐ मदाय नमः  oṃ madāya namaḥ  オーム マダーヤ ナマハ
 ॐ हर्षाय नमः  oṃ harṣāya namaḥ  オーム ハルシャーヤ ナマハ
 ॐ बलाय नमः  oṃ balāya namaḥ  オーム バラーヤ ナマハ
 ॐ तेजसे नमः  oṃ tejase namaḥ  オーム テージャセー ナマハ
 ॐ दमकाय नमः  oṃ damakāya namaḥ  オーム ダマカーヤ ナマハ
 ॐ सलिलाय नमः  oṃ salilāya namaḥ  オーム サリラーヤ ナマハ
 ॐ गुग्गुलाय नमः  oṃ guggulāya namaḥ  オーム グッグラーヤ ナマハ
 ॐ कुरुण्टकाय नमः  oṃ kuruṇṭakāya namaḥ  オーム クルンタカーヤ ナマハ

参照:Children of Goddess Lakshmi and Lord Vishnu