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108の御名

シヴァ神を讃える108の御名

宇宙の広がりの中で、創造と破壊のサイクルが繰り返されています。108という数字はそうした宇宙の神秘とつながっており、シヴァ神の御名(みな)の文脈で特に重要な意味を持ちます。シヴァ神の御名とは単なる呼び名ではなく、私たちを至高の真理へと導く光であり、心の奥底に霊的な智慧を灯してくれます。

108の御名(アシュトーッタラ・シャタナーマーヴァリ)は宇宙の法則とすべての人の霊的探求と深く結びついています。シヴァ神の108の御名はまるで連なった真珠のように、破壊者としての側面から思いやりの神としての側面まで、シヴァ神の無限のあり方を映し出しています。この御名を唱えることは、世界各地へ巡礼するのではなく、自身の心の内面へと旅することです。唱えるたびに、私たちの内なる神聖な存在に近づいていくでしょう。

108という数字自体が、さまざまなレベルで神秘的な意味を持っています。天文学では、地球と太陽の距離は太陽の直径の約108倍です。また同じく、地球と月の距離は月の直径の108倍となります。こうした宇宙の調和が、シヴァ神の108の御名にも反映されており、個人の魂と宇宙の魂との一体化を象徴しています。

ヨーガや瞑想においても、108という数字の重要性は単なる数の枠を超え、物質世界と精神世界の橋渡しとなります。人間の体には「マルマ」と呼ばれる108のエネルギーポイントがあり、意識の流れにとって重要だと考えられています。シヴァ神の108の御名を唱えるのは「ナーマ・ジャパ」と呼ばれる瞑想の実践の一つで、このエネルギーの通り道であるマルマを浄化し、神聖なパワーの流れを促進させてくれるのです。

シヴァ神の御名の一つ一つが「マントラ」、神聖な響きです。マントラは宇宙の波動と呼応しています。マントラは変容をもたらす手段となり、私たちが自我の限界を超え、無限の意識と溶け合うことを助けてくれます。マントラを唱え続けることで、唱える自分と唱えられる御名との境界が次第に溶け合い、シヴァ神との一体感へとつながります。

御名を唱えていくプロセスは、自分の内面を浄化し真実に気づく作業でもあります。多岐にわたるシヴァ神の特質を見つめ、それらの神聖な特質が自分の人生にも現れるよう心を開く行為です。御名への帰依と思索によって、シヴァ神の持つ無執着、謙虚さ、勇気、慈悲といった徳目を自分のものとして育むことができるでしょう。

一人一人が魂の自由を求めるこの壮大な宇宙の中で、シヴァ神の108の御名は地図であり羅針盤です。ただの呼び名ではなく、究極の現実への案内板と言えます。移ろいゆくものよりも不変の存在を見つめるよう私たちを促してくれます。この神聖な旅路において、御名の一つ一つは神からのささやきです。時の流れを超え、私たちがシヴァ神とは別のものではなく、本質的にはシヴァなのだということを思い出させてくれるものです。

このように、108の御名を通してシヴァ神を崇める行為は深遠な霊性修行であり、啓蒙への道でもあります。そこには帰依、叡智の探求、自己実現といった要素が複雑に織り合わさっています。あらゆる存在の心臓部ではシヴァ神が創造と維持と破壊の踊りを踊っていること、私たちもその宇宙的なリズムに参加し、自分の中に宿る神聖さに気づくよう誘われているのだ、ということをシヴァ神の108の御名は思い出させてくれます。

番号 御名 御名 (IAST) マントラ マントラ (IAST) 解説
1 शिव śiva ॐ शिवाय नमः oṃ śivāya namaḥ 「śiva」はサンスクリット語で、「吉祥」や「幸運」を意味します。ヒンドゥー教の主要な神の一人であるシヴァ神の名前でもあり、彼は破壊と再生の神として知られています。シヴァ神は、宇宙の破壊と再生のサイクルを司り、変化と変革の象徴とされています。また、シヴァ神はヨーガの神ともされ、瞑想と内省の象徴ともされています。
2 महेश्वर maheśvara ॐ महेश्वराय नमः oṃ maheśvarāya namaḥ 「maheśvara」はサンスクリット語で、「偉大なる主」または「最高の主」を意味します。これは、ヒンドゥー教の主要な神であるシヴァ神を指す敬称の一つで、彼の至高性と至高の力を象徴しています。シヴァ神は宇宙の破壊と再生を司る神とされ、その力は絶大であるとされています。そのため、「maheśvara」はシヴァ神のそのような側面を強調した呼び名となっています。
3 शम्भु śambhu ॐ शम्भवे नमः oṃ śambhave namaḥ 「śambhu」はサンスクリット語で、「幸福をもたらす者」または「繁栄をもたらす者」を意味します。これはしばしば、ヒンドゥー教の主要な神であるシヴァ神の別名として用いられます。シヴァ神は破壊と再生の神として知られ、全宇宙のバランスを保つ役割を果たしています。そのため、「śambhu」はシヴァ神のこの側面を強調する名前とも言えます。
4 पिनाकिन् pinākin ॐ पिनाकिने नमः oṃ pinākine namaḥ 「pinākin」はサンスクリット語で、直訳すると「弓を持つ人」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神シヴァの別名の一つで、彼が弓「ピナカ」を持つことからこの名前がつけられました。シヴァは破壊と再生の神として知られ、弓はその力を象徴しています。
5 शशिशेखर śaśiśekhara ॐ शशिशेखराय नमः oṁ śaśiśekharāya namaḥ 「śaśiśekhara」はサンスクリット語で、「śaśi」は「月」を、「śekhara」は「頂上」または「頭」を意味します。したがって、「śaśiśekhara」は「頭に月を戴く者」または「頭上の月」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神々の一人であるシヴァ神を指す表現としてよく用いられます。シヴァ神はしばしば頭に月を戴いて描かれるため、この名前がつけられています。
6 वामदेवाय vāmadevāya ॐ वामदेवाय नमः oṃ vāmadevāya namaḥ 「vāmadevāya」はサンスクリット語で、ヒンドゥー教の神々の一つであるシヴァ神を指す敬称の一つです。この言葉は直訳すると「美しい神」または「善良な神」を意味します。しかし、宗教的な文脈では、シヴァ神の美しさや善良さだけでなく、その破壊と再生の力、宇宙のサイクルにおける役割を象徴しています。
7 विरूपाक्ष virūpākṣa ॐ विरूपाक्षाय नमः oṃ virūpākṣāya namaḥ 「virūpākṣa」はサンスクリット語で、直訳すると、「異なる眼を持つ者」または「斜視の者」となります。シヴァ神はしばしば三つ目を持つと描かれ、その第三の目は普通の物理的な視覚を超えた、霊的な洞察力や知識を象徴しています。
8 कपर्दी kapardī ॐ कपर्दिने नमः oṃ kapardine namaḥ 「kapardī」はサンスクリット語で、直訳すると「髪を巻きつけた人」または「髪を結んだ人」を意味します。これは、特に苦行者や聖者が行う、髪を巻きつけて結ぶという行為を指します。ヒンドゥー教の神々、特にシヴァ神がこのスタイルを持つことで知られています。したがって、「kapardī」はしばしばシヴァ神を指すメタファーとして使用されます。
9 नीललोहित nīlalohita ॐ नीललोहिताय नमः oṃ nīlalohitāya namaḥ 「nīlalohita」はサンスクリット語で、「青と赤」または「青と赤色のもの」を意味します。これはしばしばシヴァ神を指す色彩的な形容詞として用いられます。シヴァ神は、しばしば青い肌と赤い衣装で描かれ、この二つの色は彼の二面性を象徴しています。青色は無限の空や海を象徴し、神聖さや平和を表します。一方、赤色は力、情熱、欲望を象徴し、生命のエネルギーと活動を表します。したがって、「nīlalohita」はシヴァ神のこの二面性、つまり静寂と活動、神聖と物質的な欲望の両方を象徴しています。
10 शङ्कर śaṅkara ॐ शङ्कराय नमः oṃ śaṅkarāya namaḥ 「śaṅkara」はサンスクリット語で、「もたらす者」や「幸運をもたらす者」を意味します。これはしばしば神聖な力や神々、特にシヴァ神に関連付けられます。シヴァ神は破壊と再生の神であり、変化と進化をもたらす力を象徴しています。したがって、「śaṅkara」は、幸運や繁栄、または肯定的な変化をもたらす力を指すことができます。
11 शूलपाणी śūlapāṇi ॐ शूलपाणिने नमः oṁ śūlapāṇine namaḥ 「śūlapāṇi」はサンスクリット語で、「śūla」は「三叉槍(トライデント)」を、「pāṇi」は「手」を意味します。したがって、「śūlapāṇi」は「三叉槍を持つ者」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神シヴァを指す表現としてよく用いられます。シヴァはしばしば三叉槍を手に描かれ、それは彼の力と破壊の象徴とされています。
12 खटवांगी khaṭvāṅgī ॐ खट्वाङ्गिने नमः oṃ khaṭvāṅgine namaḥ 「khaṭvāṅgī」はサンスクリット語で、「khaṭvāṅgaを持つ者」または「khaṭvāṅgaを携える者」という意味を持つ単語です。khaṭvāṅgaは、一種の長柄武器であり、しばしば髑髏や骨の装飾が施されていることが特徴です。この武器は、ヒンドゥー教や仏教の伝統の中で、特に瞑想や宇宙の真理を象徴する道具として使用されます。また、この武器を持つことで知られる神や聖者は、その力や知恵、解脱を求める旅の象徴として、khaṭvāṅgīと称されることがあります。この用語は、力と悟りを象徴するアイテムを携える者の聖性や高貴さを強調するために用いられます。
13 विष्णुवल्लभ viṣṇuvallabha ॐ विष्णुवल्लभाय नमः oṁ viṣṇuvallabhāya namaḥ 「viṣṇuvallabha」はサンスクリット語で、「ヴィシュヌの愛する者」または「ヴィシュヌの愛される者」を意味します。ここで、「viṣṇu」はヒンドゥー教の主要な神である保護神ヴィシュヌを指し、「vallabha」は「愛する者」または「愛される者」を意味します。したがって、この語はヴィシュヌ神が特に愛する、またはヴィシュヌ神に愛されるという意味合いを持つと解釈できます。
14 शिपिविष्ट śipiviṣṭa ॐ शिपिविष्टाय नमः oṁ śipiviṣṭāya namaḥ 「śipiviṣṭa」はサンスクリット語で「すべてに浸透している者」や「すべてに入り込んでいる者」という意味を持ちます。この場合、「śipiviṣṭa」という言葉はシヴァ神の側面の一つを指し、彼が全存在に内在し、すべての生きとし生けるものにその影響力を及ぼしているという考えを表しています。これは、シヴァ神が単なる一神ではなく、宇宙の根源的な原理やエネルギーとしての彼の側面を強調するものです。
15 अम्बिकानाथ ambikānātha ॐ अम्बिकाानाथाय नमः oṃ ambikānāthāya namaḥ 「ambikānātha」はサンスクリット語で、「アンビカ(ambika)の主(nātha)」を意味します。アンビカはヒンドゥー教の女神パールヴァティー(Parvati)の別名で、彼女は宇宙の母ともされています。したがって、「ambikānātha」は「アンビカ(パールヴァティー)の主」、つまり「パールヴァティーの夫」を指します。これはシヴァ神を指す表現となります。
16 श्रीकण्ठ śrīkaṇṭha ॐ श्रीकण्ठाय नमः oṁ śrīkaṇṭhāya namaḥ 「śrīkaṇṭha」はサンスクリット語で、「śrī」は「美、光栄、富」などの意味を持ち、「kaṇṭha」は「喉」を意味します。したがって、直訳すると「美しい喉」または「光栄な喉」を意味します。しかし、この言葉はしばしば神聖な意味合いで用いられ、特にヒンドゥー教の神々に対する称賛や敬意を表す際に使われます。
具体的には、「śrīkaṇṭha」はシヴァ神を指すことが多いです。シヴァ神はヒンドゥー教の主要な神々の一つで、破壊と再生を司る神とされています。「śrīkaṇṭha」という名前は、シヴァ神が毒を飲んで世界を救った伝説に由来しています。その際、彼の喉が青くなったため、「青い喉」を意味する「nīlakaṇṭha」とも呼ばれます。しかし、「śrīkaṇṭha」という名前は、その行為が非常に美しく、光栄なものであったという意味を込めています。
したがって、「śrīkaṇṭha」は「美しい喉」または「光栄な喉」を直訳的に意味する一方で、より深い意味では「自己犠牲と救済の象徴であるシヴァ神」を指す言葉とも言えます。
17 भक्तवत्सल bhaktavatsala ॐ भक्तवत्सलाय नमः oṃ bhaktavatsalāya namaḥ 「bhaktavatsala」はサンスクリット語で、「bhakta」は「信者」または「信仰心のある人」を、「vatsala」は「愛情深い」または「慈悲深い」を意味します。したがって、「bhaktavatsala」は「信者に対して愛情深く、慈悲深い」という意味になります。これは主に神々がその信者に対して示す愛情や慈悲を表現するために使われます。
18 भव bhava ॐ भवाय नमः oṃ bhavāya namaḥ 「bhava」はサンスクリット語で、直訳すると「存在」や「状態」を意味します。しかし、ヒンドゥー教の哲学的な文脈では、より深い意味を持ちます。それは「感情」、「感覚」、「精神的な状態」または「心の持つ感じ」を指すことが多いです。また、それは個々の存在の本質や、人間の生命体験の特定の側面を指すこともあります。したがって、「bhava」は、物質的な存在だけでなく、精神的、感情的な存在や状態をも含む、広範で深い概念を表現するために使用されます。
19 शर्व śarva ॐ शर्वाय नमः oṃ śarvāya namaḥ 「śarva」はサンスクリット語で、「破壊者」または「すべてを破壊する者」という意味を持つ単語です。この言葉は、しばしばヒンドゥー教の神、シヴァを指すために用いられます。シヴァは破壊と再生の神であり、宇宙のバランスを維持する重要な役割を果たします。破壊はネガティブな意味合いを持つように思えますが、ヒンドゥー教においては、これは必要不可欠な過程であり、古いものを取り除き新しい創造のための場を整えるという肯定的な役割を持っています。「すべての苦しみや罪を破壊する者」という表現は、シヴァが持つこの破壊と再生のサイクルを通じて、究極的にはすべての障害を取り除き、純粋な存在へと導く力を象徴しています。
20 त्रिलोकेश trilokeśa ॐ त्रिलोकेशाय नमः oṃ trilokeśāya namaḥ 「trilokeśa」はサンスクリット語で、「三つの世界の主」を意味します。ここでの「三つの世界」とは、ヒンドゥー教の宇宙観における三つの領域、つまり「天界」、「地上」、「地下界」を指します。そして、'īśa'は「主」または「支配者」を意味します。したがって、trilokeśaは「天界、地上、地下界の主または支配者」を意味すると解釈できます。
21 शितिकण्ठ śitikaṇṭha ॐ शितिकण्ठाय नमः oṁ śitikaṇṭhāya namaḥ 「śitikaṇṭha」はサンスクリット語で、「śiti」は「冷たい」を、「kaṇṭha」は「喉」を意味します。したがって、「śitikaṇṭha」は「冷たい喉を持つ者」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神であるシヴァ神を指す表現の一つで、彼が毒を飲んだことで喉が青くなったという神話に由来します。
22 शिवाप्रिय śivāpriya ॐ शिवाप्रियाय नमः oṁ śivāpriyāya namaḥ 「śivāpriya」というサンスクリット語は、「シヴァが愛する」または「シヴァに愛される」という意味を持つ。ここでの「シヴァ」は、ヒンドゥー教の主要な神であり、破壊と再生を司る神である。「priya」は「愛する」または「愛される」という意味を持つ。したがって、このフレーズは特にシヴァ神が愛するパールヴァティー(またはパールヴァティーがシヴァに愛される)という意味になる。パールヴァティーはシヴァの妻であり、愛と育児の女神である。
23 उग्र ugra ॐ उग्राय नमः om ugrāya namaḥ 「ugra」はサンスクリット語で、「強力な」、「激しい」、「厳しい」などの意味を持つ形容詞です。これは、力強さや厳格さを表現するために使われます。また、神々や神聖な存在が持つ強大な力や威厳を表すためにも使われることがあります。
24 कपाली kapālī ॐ कपालिने नमः oṃ kapāline namaḥ 「kapālī」はサンスクリット語で、「頭蓋骨を持つ者」または「頭蓋骨のネックレスを身につける者」を意味します。これは、しばしばシヴァ神が頭蓋骨のネックレスを身につけて描かれることから来ています。したがって、この言葉は通常、シヴァ神またはその他の破壊と再生を象徴する神々を指すために使用されます。
25 कामारी kāmārī ॐ कामारये नमः oṃ kāmāraye namaḥ 「kāmārī」はサンスクリット語で、「カーマ(愛と欲望の神)を破壊する者」を意味します。これは主にシヴァ神を指す表現として使われます。シヴァ神は、カーマデーヴァ(愛と欲望の神)の矢を焼き尽くし、彼を灰にしたという伝説から、この名前がつけられました。したがって、「kāmārī」は「カーマを破壊するシヴァ」を指す言葉として理解することができます。
26 अंधकासुरसूदन andhakāsurasūdana ॐ अन्धकासुरसूदनाय नमः oṃ andhakāsurasūdanāya namaḥ 「andhakāsurasūdana」はサンスクリット語で、直訳すると「andhaka(アンダカ)という名の魔神(アスラ)を滅ぼす者」を意味します。これはヒンドゥー教の神話に登場する神々の称号の一つで、特にシヴァ神がアンダカという魔神を倒したことからこの名前がつけられました。したがって、日本語では「アンダカという魔神を倒した者」または「アンダカ魔神の滅ぼし手」と訳すことができます。
27 गङ्गाधर gaṅgādhara ॐ गङ्गाधराय नमः oṃ gaṅgādharāya namaḥ 「gaṅgādhara」はサンスクリット語で、「ガンガー(ガンジス川)を持つ者」または「ガンガーを支える者」を意味します。これは主に、ヒンドゥー教の神シヴァを指す表現として使われます。伝説によれば、シヴァは彼の髪の束(ジャタ)にガンジス川(ガンガー)を収め、地上に降り注ぐその勢いを和らげたとされています。そのため、シヴァは「ガンガーを持つ者」または「ガンガーを支える者」、すなわち「gaṅgādhara」と呼ばれることがあります。
28 ललाटाक्ष lalāṭākṣa ॐ ललाटाक्षाय नमः oṁ lalāṭākṣāya namaḥ 「lalāṭākṣa」はサンスクリット語で、「lalāṭa」は「額」を、「akṣa」は「目」を意味します。したがって、「lalāṭākṣa」は直訳すると「額の目」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神々の中でも特にシヴァ神が持つ特徴である「第三の目」を指しています。シヴァ神の第三の目は、普通の二つの目では見えない真実を見抜く象徴とされています。
29 कालकाल kālakāla ॐ कालकालाय नमः oṃ kālakālāya namaḥ 「kālakāla」はサンスクリット語で、「時間の時間」または「時間の中の時間」という意味を持つ表現です。これは、時間の流れの中でさらに細分化された時間、つまり「瞬間」や「刹那」を指すこともあります。また、哲学的な観点からは、永遠性や無限性を示す表現とも解釈できます。つまり、時間の概念を超越した、絶対的な存在や真理を指すこともあります。ヒンドゥー教の思想では、時間は循環的であり、終わりと始まりが繰り返されるとされています。この「kālakāla」は、そのような時間の流れを象徴する表現とも言えるでしょう。
30 कृपानिधि kṛpānidhi ॐ कृपानिधये नमः oṃ kṛpānidhaye namaḥ 「kṛpānidhi」はサンスクリット語で、「慈悲の海」または「恵みの源」を意味します。これは、無尽蔵の慈悲や恵みを持つ存在、つまり神や聖者を指す表現として使われます。ヒンドゥー教の神々は、その慈悲深さと恵みによって信者たちを保護し、導くとされています。
31 भीम bhīma ॐ भीमाय नमः oṃ bhīmāya namaḥ 「bhīma」はサンスクリット語で、「恐ろしい」、「強大な」、「巨大な」などの意味を持つ形容詞です。これは、物理的な大きさや力だけでなく、精神的な強さや影響力をも指すことがあります。また、ヒンドゥー教の叙事詩「マハーバーラタ」に登場する英雄、ビーマの名前としても知られています。彼はその巨大な体格と力で知られ、その名前は彼の特徴を象徴しています。
32 परशुहस्त parśuhasta ॐ परशुहस्ताय नमः oṃ paraśuhastāya namaḥ 「parśuhasta」はサンスクリット語で、「パルシュ」は「斧」を、「ハスタ」は「手」を意味します。したがって、「parśuhasta」は「斧を持つ人」または「斧を手に持つ人」を意味します。これは、しばしば神々や英雄が武器を持つ姿を描写する際に用いられる表現です。
33 मृगपाणी mṛgapāṇi ॐ मृगपाणये नमः oṃ mṛgapāṇaye namaḥ 「mṛgapāṇi」はサンスクリット語で、「mṛga」は「鹿」を、「pāṇi」は「手」を意味します。したがって、「mṛgapāṇi」は「手に鹿を持つ者」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神々の一人であるシヴァ神が鹿を手に持つ姿を指すことが多いです。
34 जटाधर jaṭādhara ॐ जटाधराय नमः oṃ jaṭādharāya namaḥ 「jaṭādhara」はサンスクリット語で、「ジャター(髪の房)を持つ者」を意味します。これは主にシヴァ神を指す表現として使われます。シヴァ神はしばしば厳粛な苦行者の姿で描かれ、頭には長い髪の房(ジャター)を巻きつけています。したがって、「jaṭādhara」は「ジャターを巻きつけた者」、つまり「シヴァ神」を指すメタファーとして理解できます。
35 कैलासवासी kailāsavāsī ॐ कैलासवासिने नमः oṃ kailāsavāsine namaḥ 「kailāsavāsī」はサンスクリット語で、「カイラーサ(kailasa)に住む人」を意味します。カイラーサはヒンドゥー教の神々が住むとされる神聖な山で、特にシヴァ神が住む場所として知られています。したがって、「kailāsavāsī」は「カイラーサ山に住む者」、つまり「シヴァ神のような存在」を指すことができます。
36 कवची kavacī ॐ कवचिने नमः oṃ kavacine namaḥ 「kavacī」はサンスクリット語で、「鎧を身につけた者」を意味します。これは、戦闘や戦争の状況で身を守るために鎧を身につける人々を指す言葉です。ヒンドゥー教の神々の中にも、この「kavacī」という属性を持つ神々が存在します。それらの神々は、その強さと保護の象徴として、多種多様な武器を持ち、鎧を身にまとって描かれることが多いです。
37 कठोर kaṭhora ॐ कठोराय नमः oṃ kaṭhorāya namaḥ 「kaṭhora」はサンスクリット語で、「非常に硬い」または「強固な」を意味します。これは物理的な硬さだけでなく、精神的な強さや決意を指すこともあります。したがって、この単語は「非常に強い」または「非常に頑丈な」などの意味で使用されることがあります。
38 त्रिपुरान्तक tripurāntaka ॐ त्रिपुरान्तकाय नमः oṃ tripurāntakāya namaḥ 「tripurāntaka」はサンスクリット語で、「トリプラ(三つの都市)を終わらせる者」を意味します。これはヒンドゥー教の神話に登場する神、シヴァ神の一つの形態を指します。シヴァ神は「トリプラースラ」または「三つの都市の悪魔」を破壊したことから、この名前がつけられました。したがって、日本語では「三都市破壊者」または「トリプラを滅ぼす者」と訳すことができます。
39 वृषाङ्क vṛṣāṅka ॐ वृषाङ्काय नमः oṁ vṛṣāṅkāya namaḥ 「vṛṣāṅka」というサンスクリット語は、二つの単語「vṛṣ」(雄牛)と「aṅka」(マークまたは記号)から成り立っています。したがって、「vṛṣāṅka」は「雄牛のマーク」または「雄牛の記号」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神々の一部がその象徴として雄牛を使用することを指しています。特に、シヴァ神の乗り物である「ナンディ」は雄牛であり、その存在はシヴァ神の力とエネルギーを象徴しています。したがって、このフレーズは「雄牛(ナンディ)のマークが描かれた旗を持つ者」を指す可能性があります。
40 वृषभारूढ़ vṛṣārūḍha ॐ वृषभारूढाय नमः oṁ vṛṣabhārūḍhāya namaḥ 「vṛṣārūḍha」はサンスクリット語で、「vṛṣa」は「雄牛」を、「ārūḍha」は「乗る」を意味します。したがって、「vṛṣārūḍha」は「雄牛に乗る」という意味になります。これはヒンドゥー教の神、シヴァ神が雄牛ナンディに乗る姿を指しています。
41 भस्मोद्धूलितविग्रह bhasmoddhūlitavigraha ॐ भस्मोद्धूलितविग्रहाय नमः oṃ bhasmoddhūlitavigrahāya namaḥ 「bhasmoddhūlitavigraha」はサンスクリット語で、「全身に灰を塗った姿」を意味します。これは、ヒンドゥー教の修行者や聖者が身を清め、世俗からの解放を象徴するために全身に聖なる灰を塗る習慣を指しています。
42 सामप्रिय sāmapriya ॐ सामप्रियाय नमः oṃ sāmapriyāya namaḥ 「sāmapriya」はサンスクリット語で、「歌や聖典を愛する」という意味になります。ここで「sāma」は「歌」や「ヒンドゥー教の聖典」を、「priya」は「愛する」をそれぞれ表しています。
43 स्वरमयी svaramayī ॐ स्वरमयाय नमः oṃ svaramayāya namaḥ 「svaramayī」はサンスクリット語で、「音楽的」または「音楽に満ちた」という意味を持つ言葉です。これは音楽(svaram)と、それが存在する、またはそれに満ちていることを示す接尾辞(mayī)から成り立っています。したがって、この言葉は音楽的な要素や特性を持つ何か、または音楽によって特徴付けられる何かを指すのに使われます。
44 त्रयीमूर्ति trayīmūrti ॐ त्रयीमूर्तये नमः oṃ trayīmūrtaye namaḥ 「trayīmūrti」はサンスクリット語で、「三つの形象」または「三つの神格」を意味します。これはヒンドゥー教の三大神、すなわち創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、そして破壊神シヴァ(またはマヘーシュ)を指します。これら三神はそれぞれ宇宙の創造、維持、そして破壊の役割を担っており、ヒンドゥー教の宇宙観を象徴しています。また、この名称は、リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダという三つのヴェーダ(最古の聖典)の形象としても解釈されます。これらのヴェーダはヒンドゥー教の教義や儀式を記したもので、ヒンドゥー教の信仰と実践の基盤となっています。
45 अनीश्वर anīśvara ॐ अनीश्वराय नमः oṃ anīśvarāya namaḥ 「anīśvara」はサンスクリット語で、「主なき者」または「主がいない」という意味を持つ言葉です。これは、主(īśvara)が存在しない、つまり、支配者や主権者、神などの上位の存在や権威がいない状態を指します。ヒンドゥー教の観点から見ると、この言葉は神や絶対的な存在がいない、あるいはそのような存在に従属しないという意味合いを持つこともあります。
46 सर्वज्ञ sarvajña ॐ सर्वज्ञाय नमः oṃ sarvajñāya namaḥ 「sarvajña」はサンスクリット語で、「sarva」は「全て」を、「jña」は「知る」を意味します。したがって、「sarvajña」は「全てを知る者」または「全知全能」を意味する言葉となります。これは神や賢者など、全ての知識を持つ存在を指す表現として使われます。
47 परमात्मा paramātmā ॐ परमात्मने नमः oṃ paramātmane namaḥ 「paramātmā」はサンスクリット語で、「最高の魂」または「至高の魂」を意味します。これは、ヒンドゥー教の哲学において、宇宙の創造主であり、全ての生命体の内部に存在し、全てを超越した絶対的な存在、つまり神を指す言葉です。この概念は、個々の魂(ジーヴァ)と対比され、全ての存在の根源であるとされます。
48 सोमसूर्याग्निलोचन somasūryāgnilocana ॐ सोमसूर्याग्निलोचनाय नमः oṃ somasūryāgnilocanāya namaḥ 「somasūryāgnilocana」はサンスクリット語で、「ソーマ(月)、スーリヤ(太陽)、アグニ(火)を自身の三つの目として持つ者」という意味です。これは、ヒンドゥー教の神々の中でも特にシヴァ神を指す表現としてよく用いられます。シヴァ神は三つの目を持つとされ、それぞれ月、太陽、火を象徴しています。月は知識と学問の象徴、太陽は生命力とエネルギーの象徴、火は破壊と再生の象徴とされています。
49 हवि havi ॐ हविषे नमः oṃ haviṣe namaḥ 「havi」はサンスクリット語で、ヒンドゥー教の儀式であるハヴァン(祭りや祈りの儀式)で供えられるさまざまな物質や供物を指します。これらの供物は、神々への奉納や敬意の表現として火に投げ入れられます。具体的には、ギー(クラリファイドバター)、米、果物、花などがhaviとして用いられます。
50 यज्ञमय yajñamaya ॐ यज्ञमयाय नमः oṃ yajñamayāya namaḥ 「yajñamaya」はサンスクリット語で、「祭りや儀式(yajña)の本質または形態を持つ」という意味を持つ言葉です。ヒンドゥー教における「yajña」は、神々への奉納や感謝の意を表す祭りや儀式を指します。したがって、「yajñamaya」は「祭りや儀式の本質を持つ」または「祭りや儀式の形態をとる」という意味になります。
51 सोम soma ॐ सोमाय नमः oṃ somāya namaḥ 「soma」は、サンスクリット語で「月」を意味します。特に、ヒンドゥー教の神話においては、somaは神々が飲むとされる不死の霊酒の名前でもあり、その酒を神々に捧げる儀式もsomaと呼ばれます。また、somaは月神の名前でもあり、月と関連付けられることが多いです。月はその冷ややかさと純粋さから、清浄さや神聖さの象徴ともされます。
52 पञ्चवक्त्र pañcavaktra ॐ पञ्चवक्त्राय नमः oṃ pañcavaktrāya namaḥ 「pañcavaktra」はサンスクリット語で、「五つの顔を持つ者」を意味します。ヒンドゥー教の神々の中には、多面体として表現されるものがいくつか存在し、その一つが「五つの顔を持つ者」、つまり「pañcavaktra」です。これは主にヒンドゥー教の神々、特にシヴァ神を指す表現として使われます。シヴァ神は宇宙の創造、維持、破壊を司る神とされ、その五つの顔はこれらの力を象徴しています。
53 सदाशिव sadaśiva ॐ सदाशिवाय नमः oṃ sadāśivāya namaḥ 「sadaśiva」はサンスクリット語で、「常に吉祥なる者」または「常に繁栄する者」を意味します。これはヒンドゥー教の神、シヴァ神を指す敬称の一つでもあります。シヴァ神は破壊と再生を司る神とされ、常に変化と再生をもたらす存在として崇められています。そのため、「sadaśiva」は「常に新たなる繁栄をもたらすシヴァ神」という意味合いも含んでいます。
54 विश्वेश्वर viśveśvara ॐ विश्वेश्वराय नमः oṁ viśveśvarāya namaḥ 「viśveśvara」はサンスクリット語で、「viśva」は「全て」または「宇宙」を、「īśvara」は「主」または「神」を意味します。したがって、「viśveśvara」は「全ての主」または「宇宙の神」を意味し、ヒンドゥー教の神々の中でも最高位の存在を指すことが多いです。
55 वीरभद्र vīrabhadra ॐ वीरभद्राय नमः oṃ vīrabhadrāya namaḥ 「vīrabhadra」はサンスクリット語で、「英雄的な戦士」または「勇敢な戦士」を意味します。これはヒンドゥー教の神話に登場する神、ヴィーラバドラの名前でもあります。ヴィーラバドラはシヴァ神の怒りから生まれ、その強大な力と勇敢さで知られています。しかし、彼はまた平和と静寂をもたらす存在でもあります。
56 गणनाथ gaṇanātha ॐ गणनाथाय नमः oṃ gaṇanāthāya namaḥ 「gaṇanātha」はサンスクリット語で、「gaṇa」は「群」や「集団」を、「nātha」は「主」や「保護者」を意味します。したがって、「gaṇanātha」は「集団の主」または「集団の保護者」を意味します。これは、神々の集団、人間の集団、そして魔物の集団の主を指すことができます。ヒンドゥー教の神々の中には、これらの集団の主や保護者とされるものもいます。
57 प्रजापति prajāpati ॐ प्रजापतये नमः oṃ prajāpataye namaḥ 「prajāpati」はサンスクリット語で、「人々の主」または「創造主」を意味します。これは、全ての生命の創造者であり、保護者であるというヒンドゥー教の神を指す言葉です。
58 हिरण्यरेता hiraṇyaretā ॐ हिरण्यरेतसे नमः oṃ hiraṇyaretase namaḥ 「hiraṇyaretā」はサンスクリット語で、「黄金の精液を持つ者」や「千の太陽のように輝く者」を意味します。これは、神聖な力や創造的な力を象徴しています。ヒンドゥー教の神話では、この表現はしばしば神々の力と光輝を表現するために用いられます。
59 दुर्धर्ष durdharṣa ॐ दुर्धर्षाय नमः oṁ durdharṣāya namaḥ 「durdharṣa」はサンスクリット語で、「打ち負かすことができない」または「克服することが難しい」という意味を持つ言葉です。これは、ある人や物事が非常に強力であるか、または困難な状況や挑戦に対して耐え抜く能力があることを示しています。
60 गिरीश girīśa ॐ गिरीशाय नमः oṃ giriśāya namaḥ 「girīśa」はサンスクリット語で、「giri」は「山」を、「īśa」は「主」または「支配者」を意味します。したがって、「girīśa」は「山の主」または「山の支配者」を意味します。これはしばしばシヴァ神を指すために使われます。シヴァ神はヒンドゥー教の主要な神であり、しばしば山の頂上に住んでいるとされています。
61 गिरिश giriśa ॐ गिरिशाय नमः oṃ giriśāya namaḥ 「giriśa」はサンスクリット語で、「山の主」または「山の王」を意味します。これは、ヒンドゥー教の主要な神であるシヴァ神が、聖なる山であるカイラーシャ山に住んでいるとされていることから来ています。したがって、「giriśa」はしばしばシヴァ神を指す別名として使われます。
62 अनघ anagha ॐ अनघाय नमः oṃ anaghāya namaḥ 「anagha」はサンスクリット語で、「罪や欠点のない」または「純粋な」という意味を持つ形容詞です。これは、ヒンドゥー教の神々、特にヴィシュヌ神やガネーシャ神に対して使われる敬称の一つでもあります。これらの神々は完全で純粋であるとされ、そのために「anagha」(罪や欠点のない)と呼ばれます。
63 भुजङ्गभूषण bhujaṅgabhūṣaṇa ॐ भुजङ्गभूषणाय नमः oṃ bhujaṅgabhūṣaṇāya namaḥ 「bhujaṅgabhūṣaṇa」はサンスクリット語で、「蛇を装飾として身につける者」を意味します。ここで「bhujaṅga」は「蛇」を、「bhūṣaṇa」は「装飾」をそれぞれ指します。したがって、この語は文字通りには「蛇を装飾として身につける者」を指しますが、より広い意味では、蛇を神聖視し、敬う文化や信仰を持つ人々を指すこともあります。
64 भर्ग bharga ॐ भर्गाय नमः oṃ bhargāya namaḥ 「bharga」はサンスクリット語で、「輝き」や「光」を意味します。これは神聖な光や神聖な力を象徴し、特に太陽神サヴィトリの一部として描かれます。この「bharga」の力によって、すべての罪や悪が破壊され、浄化されるとされています。
65 गिरिधन्वा giridhanvā ॐ गिरिधन्विने नमः oṃ giridhanvine namaḥ 「giridhanvā」はサンスクリット語で、「山(giri)を弓(dhanvā)として持つ者」という意味になります。これは、山を弓のように持つ者、つまり山を持ち上げる者という意味になります。つまり強大な力を持つシヴァ神を指す表現と解釈できます。
66 गिरिप्रिय giripriya ॐ गिरिप्रियाय नमः oṃ giripriyāya namaḥ 「giripriya」はサンスクリット語で、「giri」は「山」を、「priya」は「愛する」を意味します。したがって、「giripriya」は「山を愛する人」または「山が大好きな人」を意味します。この言葉は、特に山や自然を愛する人々、または山岳地域に住む人々を指すのに使われます。また、ヒンドゥー教の神々の中には山を象徴とするものもいるため、その神々を愛する人々を指すのにも使われます。
67 कृत्तिवासा kṛttivāsā ॐ कृत्तिवाससे नमः oṃ kṛttivāsase namaḥ 「kṛttivāsā」はサンスクリット語で、「虎の皮を身につける者」を意味します。これらは、しばしばシヴァ神を指す表現として用いられます。シヴァ神は、ヒンドゥー教の主要な神々の一人で、破壊と再生を司り、しばしば虎の皮を身にまとって描かれます。
68 पुराराति purārāti ॐ पुरारातये नमः oṃ purārātaye namaḥ 「purārāti」はサンスクリット語で、「都市の敵」または「城塞の敵」という意味を持つ単語です。この言葉は、特にヒンドゥー教の神話において、三つの都市(tripura)とそれらを支配する魔王(asura)であるトリプラスラの破壊者を指すために使われます。これらの都市は物質的、精神的、神秘的な次元を象徴しており、それらを破壊することで宇宙の秩序を回復させる役割を持つ神、特にシヴァ神が「purārāti」と呼ばれます。この表現は、シヴァが宇宙の破壊と再生のサイクルを通じて邪悪を滅ぼし、正義を回復させる力を持つことを象徴しています。
69 भगवान् bhagavān ॐ भगवते नमः oṃ bhagavate namaḥ 「bhagavān」はサンスクリット語で、ヒンドゥー教における神聖な存在や神々を指す一般的な用語です。直訳すると、「尊敬すべき存在」や「神聖な存在」といった意味になります。ヒンドゥー教の神々、特にヴィシュヌ神やシヴァ神などの主要な神々を指すのによく使われます。また、敬意を表す言葉として、聖人や賢者を指すのにも使われます。
70 प्रमथाधिप pramathādhipa ॐ प्रमथाधिपाय नमः om pramathādhipāya namaḥ 「pramathādhipa」はサンスクリット語で、「pramatha」は「シヴァの従者」を、「adhipati」は「主」または「支配者」を意味します。したがって、「pramathādhipa」は「シヴァの従者たちの主」または「シヴァの従者たちの支配者」を意味し、これはシヴァ神を指す敬称として使われます。
71 मृत्युञ्जय mṛtyuñjaya ॐ मृत्युञ्जयाय नमः oṃ mṛtyuñjayāya namaḥ 「mṛtyuñjaya」はサンスクリット語で、「mṛtyu」は「死」を、「jaya」は「勝利」を意味します。したがって、「mṛtyuñjaya」は「死に勝つ者」または「死を克服する者」を意味します。これは、死や死の恐怖を乗り越え、永遠の生命を得るというヒンドゥー教の概念を表しています。
72 सूक्ष्मतनु sūkṣmatanu ॐ सूक्ष्मतनवे नमः oṃ sūkṣmatanave namaḥ 「sūkṣmatanu」はサンスクリット語で、「微細な体」または「細かい体」を意味します。これは、物質的な肉体を超えた、より微細な精神的、霊的な存在を指すことが多いです。ヒンドゥー教では、人間の存在は肉体だけでなく、より微細な精神的な部分も含まれるとされています。
73 जगद्व्यापी jagadvyāpī ॐ जगद्व्यापिने नमः oṃ jagadvyāpine namaḥ 「jagadvyāpī」はサンスクリット語で、「全世界に広がっている」または「宇宙全体に存在する」という意味を持つ言葉です。これは、物理的な空間だけでなく、精神的、霊的な次元にも適用されます。ヒンドゥー教の哲学では、神聖なる存在や絶対的な真理が全宇宙に浸透し、全ての存在と連続しているという考え方を示すのに使われます。
74 जगद्गुरू jagadguru ॐ जगद्गुरुवे नमः oṃ jagadgurave namaḥ 「jagadguru」はサンスクリット語で、「jagat」は「世界」を、「guru」は「教師」または「導師」を意味します。したがって、「jagadguru」は「世界の教師」または「全世界の導師」を意味する言葉です。これは、その人がその知識と智慧で全世界を導くことができるほどの高い教育と理解を持っていることを示しています。ヒンドゥー教では、この称号は非常に尊敬され、特に精神的なリーダーや高度な教育を受けた人々に与えられます。
75 व्योमकेश vyomakeśa ॐ व्योमकेशाय नमः oṃ vyomakeśāya namaḥ 「vyomakeśa」はサンスクリット語で、「vyoma」は「空間」または「空」を、「keśa」は「髪」を意味します。したがって、「vyomakeśa」は直訳すると「空の髪」または「空間を覆う髪」を意味します。これは比喩的な表現であり、神々や霊的な存在が全宇宙を覆い尽くす、または全宇宙に存在するという概念を表現しています。
76 महासेनजनक mahāsenajanaka ॐ महासेनजनकाय नमः oṃ mahāsenajanakāya namaḥ 「mahāsenajanaka」はサンスクリット語で、「大いなる軍団の父」という意味になります。これはヒンドゥー教の神、カーティケヤ(またはスカンダ、ムルガンとも呼ばれる)の父であるシヴァ神を指しています。カーティケヤは神々の軍団を率いる神とされており、その父であるシヴァ神を「大いなる軍団の父」と表現しています。
77 चारुविक्रम cāruvikrama ॐ चारुविक्रमाय नमः oṃ cāruvikramāya namaḥ 「cāruvikrama」はサンスクリット語で、「美しい歩み」または「美しい行動」を意味します。ここで「cāru」は「美しい」を、「vikrama」は「歩み」または「行動」をそれぞれ指します。
78 रुद्र rudra ॐ रुद्राय नमः oṃ rudrāya namaḥ 「rudra」はサンスクリット語で、「泣く人」または「嵐」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神であるシヴァ神の別名でもあります。シヴァ神は破壊と再生を司る神として知られ、その怒りや悲しみが嵐を引き起こすとされています。したがって、「rudra」はしばしば強力で恐ろしい力を象徴する言葉として使われます。
79 भूतपति bhūtapati ॐ भूतपतये नमः oṃ bhūtapataye namaḥ 「bhūtapati」はサンスクリット語で、「bhūta」は「存在するもの」または「生き物」、「pati」は「主」または「所有者」を意味します。したがって、「bhūtapati」は直訳すると「存在するものの主」または「生き物の主」を意味します。しかし、この語はしばしば神々を指すために使われ、特に自然の力や元素(火、風、水、地、空)を支配する神々を指すことが多いです。また、この語は「霊の主」を意味することもあり、霊や亡霊を支配する神々を指すこともあります。
80 स्थाणु sthāṇu ॐ स्थाणवे नमः oṁ sthāṇave namaḥ 「sthāṇu」はサンスクリット語で、「動かない、不動の、安定した」という意味を持つ言葉です。これは物理的な動きだけでなく、変化や変動から自由であるという抽象的な概念も含んでいます。ヒンドゥー教の神々の中には、この「sthāṇu」の特性を持つものもいます。例えば、シヴァ神はしばしば「sthāṇu」、つまり「不動の者」として描かれます。これは彼が宇宙の変化や破壊から自由であり、永遠に安定しているという性質を象徴しています。
81 अहिर्बुध्न्य ahirbudhnya ॐ अहिर्बुध्न्याय नमः oṃ ahirbudhnyāya namaḥ 「ahirbudhnya」はサンスクリット語で、しばしば宇宙や創造の原初的な水の底に住む蛇またはドラゴンを指す名前です。この語は、「水の底にあるもの」や「深淵に棲む蛇」という意味を持ち、宇宙の創造と維持における基盤的な力や存在を象徴しています。サンスクリットの神話や宗教的文脈において、ahirbudhnyaは宇宙の支持者または宇宙を支える力として言及されることがあり、すべての創造物の根底にある基礎的な存在や原理を示しています。この概念は、宇宙の秩序や生命の維持に不可欠な根源的な力を表わしており、宇宙の構造や生命の起源に関する深遠な理解を示唆しています。
82 दिगम्बर digambara ॐ दिगम्बराय नमः oṃ digambarāya namaḥ 「digambara」はサンスクリット語で、「空を衣とする者」または「方向を衣とする者」という意味を持つ単語です。この用語は、宇宙や空間そのものを衣服のように身にまとうことを象徴し、物質的な装飾や衣服を超越した精神的な純粋さや解脱を表します。特にジャイナ教においては、最も高い精神性を象徴するために使われ、修行者があらゆる物質的な束縛から解放され、魂の純粋な状態を達成したことを示すために用いられます。ジャイナ教のディガンバラ派の修行者は、物質的な装飾や衣服を捨て、全くの裸体で生活します。これは物質的な束縛から解放され、魂の純粋な状態を達成したことを示すためです。この概念は、自然の一部としての存在と、内なる自己と宇宙との一体感を強調します。
83 अष्टमूर्ति aṣṭamūrti ॐ अष्टमूर्तये नमः oṃ aṣṭamūrtaye namaḥ 「aṣṭamūrti」はサンスクリット語で、「aṣṭa」は「八つ」を、「mūrti」は「形」または「像」を意味します。したがって、直訳すると「八つの形」または「八つの像」となります。
ヒンドゥー教において、「aṣṭamūrti」は主にシヴァ神の八つの形態を指します。これらの形態は、自然の八つの要素、すなわち地、水、火、風、空、太陽、月、そして司祭または自己と関連しています。これらはシヴァ神の普遍的な存在を象徴し、彼が宇宙の全ての側面を含むという考えを表現しています。
84 अनेकात्मा anekātmā ॐ अनेकात्मने नमः oṃ anekātmane namaḥ 「anekātmā」はサンスクリット語で、「多くの魂」または「多くの自己」を意味します。これは、一つの存在が多くの異なる形や状態を持つ、あるいは一つの存在が多くの異なる個体や生命体として現れるというヒンドゥー教の概念を表しています。
85 सात्त्विक sāttvika ॐ सात्त्विकाय नमः oṃ sāttvikāya namaḥ 「sāttvika」はサンスクリット語で、主に「純粋さ」や「善良さ」、「誠実さ」を意味します。これはヒンドゥー教の三つのグナ(性質または属性)の一つで、他の二つは「rajas」(活動性や情熱)と「tamas」(無知や混乱)です。sāttvikaは、清潔さ、平和、知識、智慧、真実、誠実さなどの特性を持つとされています。これらの特性は、個人が高次の意識状態に達するために必要とされています。
86 शुद्धविग्रह śuddhavigraha ॐ शुद्धविग्रहाय नमः oṁ śuddhavigrahāya namaḥ 「śuddhavigraha」はサンスクリット語で、「純粋な形」または「純粋な姿」を意味します。「śuddha」は「純粋な」または「清潔な」を意味し、「vigraha」は「形」または「姿」を意味します。したがって、この語は「純粋な形」または「純粋な姿」を指すと解釈できます。これは、物事の本質的な、または最も純粋な状態を指す可能性があります。
87 शाश्वत śāśvata ॐ शाश्वताय नमः oṃ śāśvatāya namaḥ 「śāśvata」というサンスクリット語は、永遠性や不変性を表す言葉です。これは、時間の経過による変化や終焉を超越した、永遠に続くという意味を持つ概念を指します。したがって、日本語では「永遠の」、「不変の」、「絶えず変わらない」などと訳すことができます。
88 खण्डपरशु khaṇḍaparaśu ॐ खण्डपरशवे नमः oṃ khaṇḍaparaśave namaḥ 「khaṇḍaparaśu」はサンスクリット語で、「khaṇḍa」は「断片」や「部分」、「paraśu」は「斧」を意味します。したがって、この語は「断片の斧」または「分割された斧」を意味すると解釈できます。これは、斧が何らかの理由で分割または破壊された状態を指すか、あるいは特定の部分または断片だけが使用される斧を指す可能性があります。
89 अज aja ॐ अजाय नमः oṃ ajāya namaḥ 「aja」はサンスクリット語で、「生まれない」または「不生」を意味します。これは、何かが生まれず、したがって永遠に存在し、変化や衰退の影響を受けないという概念を表しています。ヒンドゥー教の哲学では、この語はしばしば最高の神聖な存在や絶対的な真理を指すために使用されます。
90 पाशविमोचन pāśavimocana ॐ पाशविमोचकाय नमः oṃ pāśavimocakāya namaḥ 「pāśavimocana」はサンスクリット語で、「pāśa」は「束縛」や「鎖」を、「vimocana」は「解放」を意味します。したがって、この語は「束縛からの解放」または「鎖からの解放」と訳すことができます。これは、ヒンドゥー教の教義において、物質的な欲望や無知からの解放、つまり「ムクティ」や「モクシャ」(解脱)を求める精神的な旅を象徴しています。
91 मृड mṛḍ ॐ मृडाय नमः oṃ mṛḍāya namaḥ 「mṛḍ」はサンスクリット語で、「優しさ」や「柔らかさ」、「寛大さ」を意味します。これは、物事を優しく、柔らかく、寛大に扱うという意味合いを持つ言葉です。ヒンドゥー教の神々の中には、この「mṛḍ」の特性を持つ神々も存在します。それらの神々は、信者に対して優しさや寛大さを示し、その結果として信者に幸福や繁栄をもたらすとされています。
92 पशुपति paśupati ॐ पशुपतये नमः oṃ paśupataye namaḥ 「paśupati」はサンスクリット語で、「すべての動物や生命体の主」を意味します。これは、ヒンドゥー教の神であるシヴァ神の一つの称号でもあります。シヴァ神は宇宙の破壊と再生を司る神であり、すべての生命体を超越した存在とされています。したがって、「paśupati」は「全ての生命の主、つまりシヴァ神」を指す言葉とも解釈できます。
93 देव deva ॐ देवाय नमः oṃ devāya namaḥ 「deva」はサンスクリット語で、「神」または「神聖な存在」を意味します。ヒンドゥー教においては、デーヴァは宇宙の秩序を維持する神々を指す一般的な用語であり、しばしば特定の神々、例えばインドラやアグニなどを指すこともあります。また、デーヴァは光や天空を象徴し、善良さや神聖さを表現するためにも使われます。
94 महादेव mahādeva ॐ महादेवाय नमः oṃ mahādevāya namaḥ 「mahādeva」はサンスクリット語で、「mahā」は「大いなる」または「偉大な」という意味で、「deva」は「神」を意味します。したがって、「mahādeva」は「偉大な神」または「最高の神」を意味します。ヒンドゥー教において、この語はしばしばシヴァ神を指すために使われます。
95 अव्यय avyaya ॐ अव्ययाय नमः om avyayāya namaḥ 「avyaya」はサンスクリット語で、「不変の」または「不変性を持つもの」を意味します。これは主に文法的な文脈で使用され、形や時間、性別、数などによってその形が変化しない単語を指します。例えば、前置詞、接続詞、副詞などがこれに該当します。これらの単語は文中の他の要素に影響を受けず、その形が変わることはありません。したがって、「avyaya」は「不変の」または「変化しない」という意味で理解することができます。
96 हरि hari ॐ हरये नमः oṃ haraye namaḥ 「hari」はサンスクリット語で、「すべての罪を取り除く者」を意味します。これは主にヴィシュヌ神を指す言葉として使われます。ヴィシュヌ神はヒンドゥー教の主要な神であり、宇宙の維持と秩序を保つ役割を果たしています。そのため、「hari」は罪や悪を取り除き、世界の調和とバランスを保つ存在を象徴しています。
97 भगनेत्रभिद् bhagānetrabhid ॐ भगनेत्रभिदे नमः oṃ bhaganetrabhide namaḥ 「bhagānetrabhid」はサンスクリット語で、「bhaga」は「神聖な光」または「神聖な力」、「netra」は「目」、「bhid」は「傷つける」または「破壊する」を意味します。したがって、「bhagānetrabhid」は「神聖な力の目を傷つける者」または「神聖な光の目を破壊する者」を意味します。これは、神聖なものを冒涜する行為や、神聖な視覚を損なう行為を指す可能性があります。
98 अव्यक्त avyakta ॐ अव्यक्ताय नमः oṃ avyaktāya namaḥ 「avyakta」はサンスクリット語で、「明らかにされていない」、「見えない」、「非表示」、「不可視」などの意味を持つ言葉です。これは、物質的な感覚では捉えられない、超越的な存在や真理を指すことが多いです。ヒンドゥー教の哲学では、神聖なる宇宙の原理や、全ての存在の根源である絶対的な真理(ブラフマン)など、人間の五感を超えたレベルで存在するものを「avyakta」と表現することがあります。
99 दक्षाध्वरहर dakṣādhvarahara ॐ दक्षाध्वरहराय नमः oṃ dakṣādhvaraharāya namaḥ 「dakṣādhvarahara」はサンスクリット語で、「ダクシャの儀式(yajna)を破壊する者」を意味します。これはヒンドゥー教の神話におけるエピソードを指しています。ダクシャはプラジャーパティ(創造神)の一人で、彼が主催した儀式がシヴァ神によって破壊されたという話があります。したがって、「dakṣādhvarahara」は具体的には「シヴァ、ダクシャの儀式を破壊する者」を指す表現となります。
100 हर hara ॐ हराय नमः oṃ harāya namaḥ 「hara」はサンスクリット語で、「取り除く」、「破壊する」、「消す」などの意味を持つ動詞です。この文脈では、「すべての罪や束縛を取り除く」または「破壊する」者という意味になります。
101 पूषदन्तभित् pūṣadantabhīt ॐ पूषदन्तभिदे नमः oṃ pūṣadantabhide namaḥ 「pūṣadantabhīt」はサンスクリット語で、「pūṣan」はヒンドゥー教の太陽神の一つで、旅人や牧羊人の守護神とされています。「danta」は「歯」を、「bhīt」は「壊す、破壊する」を意味します。したがって、「pūṣadantabhīt」は「pūṣanの歯を壊す者」を意味し、これは神話においてpūṣanの歯を壊した存在を指すと解釈できます。
102 अव्यग्र avyagra ॐ अव्यग्राय नमः om avyagrāya namaḥ 「avyagra」はサンスクリット語で、「落ち着いた」、「混乱していない」、「集中した」などの意味を持つ言葉です。これは、心が安定し、混乱や散漫な思考から解放され、一点に集中できる状態を指します。ヒンドゥー教の瞑想やヨガの実践において、この「avyagra」の状態を達成することは非常に重要とされています。
103 सहस्राक्ष sahasrākṣa ॐ सहस्राक्षाय नमः oṁ sahasrākṣāya namaḥ 「sahasrākṣa」はサンスクリット語で、「sahasra」は「千」を、「akṣa」は「目」を意味します。したがって、「sahasrākṣa」は「千の目を持つ者」という意味になります。これは通常、全知全能の神や、全てを見通す能力を持つ存在を指す表現として使われます。ヒンドゥー教の神々の中でも、特にインドラ神が「sahasrākṣa」、つまり「千の目を持つ者」として描かれることがあります。
104 सहस्रपाद sahasrapāda ॐ सहस्रपदे नमः oṁ sahasrapade namaḥ 「sahasrapāda」はサンスクリット語で、「sahasra」は「千」を、「pāda」は「足」を意味します。したがって、「sahasrapāda」は直訳すると「千の足を持つもの」となります。これは比喩的な表現で、全知全能、あるいは至る所に存在するという意味を含んでいます。ヒンドゥー教の神々はしばしばこのような形容詞で表現され、その omnipresence(遍在性)と omnipotence(全能性)を象徴しています。
105 अपवर्गप्रद apavargaprada ॐ अपवर्गप्रदाय नमः oṃ apavargapradāya namaḥ 「apavargaprada」はサンスクリット語で、「解放を与える者」または「救済をもたらす者」を意味します。これは、苦しみや束縛からの解放、つまり「モークシャ」を与える存在を指す言葉です。ヒンドゥー教において、この言葉はしばしば神々や高次の霊的存在に対して用いられます。
106 अनन्त ananta ॐ अनन्ताय नमः oṃ anantāya namaḥ 「ananta」はサンスクリット語で、「無限」や「終わりのない」を意味します。これは時間や空間、あるいは抽象的な概念に対する無限を指すことができます。ヒンドゥー教では、神々の一部はこの「ananta」の性質を持つとされており、その存在や力が無限であるとされています。
107 तारक tāraka ॐ तारकाय नमः oṃ tārakāya namaḥ 「tāraka」はサンスクリット語で、「解放者」または「救済者」を意味します。これは、シヴァ神が生命を解放し、魂を物質的な束縛から解き放つという彼の能力を表しています。シヴァ神は、再生と破壊の神として知られ、個々の魂がサンサーラ(生死の輪廻)から解放され、最終的な解脱(モークシャ)を達成するのを助けるとされています。したがって、「tāraka」はシヴァ神のこの重要な側面を強調しています。
108 परमेश्वर parameśvara ॐ परमेश्वराय नमः oṃ parameśvarāya namaḥ 「parameśvara」はサンスクリット語で、ヒンドゥー教の神々の中でも最高位に位置する神を指す言葉です。これは「最高の主」または「最高の神」を意味します。この言葉は、全宇宙の創造と破壊を司る存在、つまり宇宙の創造主であるとされる神を指すために使われます。ヒンドゥー教では、この神は全ての存在の源であり、全ての生命の創造者であるとされています。

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