神々の下に

ありとあらゆるものが混在するこのインドの地、しかし、そのあらゆるものが在るがままに存在するこの姿に、幾度となく惹かれてきました。美しいものも、そうでないものも、在るがままに存在することが、これほどまでに心安らかなものだとは、かつて感じたことはありません。
今日も、古くから人々の祈りと想いが捧げられてきたガンジス川が、その神聖さのままに変わらずに存在しています。このガンジス川の側にいる時、あるがままに存在することの意味をとりわけ強く実感します。
さまざまな物が増え、外界が絶え間なく変化を続ける中で、この川はいつの時も悠々と流れ続けています。人々がこの川の側に座り、安堵するのは、この川がどんな時も変わらずに、そして在るがままに存在しているからに違いありません。
真冬のエメラルドグリーン色から、モンスーン時のチャイのような色、言葉を失うような美しさから、身が震えるような恐ろしさまで、この川がさまざまに姿を変えるのも事実です。しかし、その存在が変わることは決してありません。変化をしながらも、決して変わらずにあるその中の永遠と不変性が、これほど多くの平安を生み出すとは知りませんでした。
こうした偉大な存在が側にあること、それだけで、自分とは何と小さなものなのだろうと、自身の自我が小さくなることを感じます。その中では、一瞬一瞬の小さな出来事にも、幸せを見出し、そして感謝をしながら過ごすことができるように思います。多くの人々がここに平安を感じるのは、この偉大な存在の下に、「私」という自我が中心となって生じる不安や恐れが静まるからに違いありません。
崇高な存在を常に抱きながら生きることの意味、そしてその美しさを、インドの地はいつの時も見せ続けています。そして、この川だけでなく、人々の祈りが際立たせる神々の存在の中で、小さくなった自我の下に、自分自身を在るがまま存在させてくれるように思います。一人一人の心に、そんな偉大な存在がどんな時もあるように、そしてその繋がりによってこの世界が一つにあることを願っています。
(文章:ひるま)