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雑記帳

9日間の夜に

3女神に3日間ずつ捧げられる神聖な期間として訪れるナヴァラートリは、新月の次の日より始まります。陽が短くなり、月さえも失った夜が支配を始める頃、私たちは改めて、この俗世の中で迷い見失いつつある神の存在、その光がしっかりと自身の内に灯っていることに気づかねばなりません。この季節の移り変わりの中で、ナヴァラートリは自分自身を深く見つめ直す探求、ヴィチャーラへと人々の心を向かわせます。
自己の探求と呼ばれるこのアートマ・ヴィチャーラはインドの精神世界において何よりも大切なものとして位置付けられています。インドで数ある祝祭の中でも、このナヴァラートリの期間にとりわけ惹かれるのは、自分自身を最も大切なもののもとへと引き戻す貴重な時のように感じていたからだと思い返します。
ナヴァラートリに際し、この世界の中で自身の存在と共に生きる在り方を、バガヴァッド・ギーターの美しい詩句に重ねています。
知識によって 肉体をまとった魂が 
あらゆる行いから無執着であれば
それは九門の町に 幸せに安住する
行いをすることも させることもなく
(バガヴァッド・ギーター5章13節)
九門の町とは、肉体を意味します。あらゆる敵は、この九門から私たちの身体へと入り込み、人の意識を支配するのだといいます。九門とは2つの目、2つの耳、2つの鼻の穴、口、肛門と生殖孔、この9つの入り口、つまり感覚です。
3女神に捧げられるこの9日間は、断食や祈りなどが欠かすことができません。感覚を統制し、3女神の持つ象徴を見つめるこの時こそが、精神的な歩みを取り直す大切な時であったように思います。
クリシュナ神は述べます。
好きなものにみる喜びの後には 必ず苦しみが生ずる
始まりがあり 終わりのあるこの感覚的な快楽に
賢者は決して近づかず その快楽を喜ばない
(バガヴァッド・ギーター5章22節)
感覚ではない自身の存在の喜びと共にある時、人はその決して変わることのない至福を永遠に味わうことができるのだと、幸せに安住することの意味を気づかされます。私たちが常に気づいているべくその真実を、移り変わる季節が女神たちを通じ教えてくれているように思います。
このナヴァラートリが皆さまにとっても良き日となりますよう心からお祈りしております。
(文章:ひるま)

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