朝一番に唱える大地の女神に対するマントラ

サムドラヴァサネー・デーヴィではじまる、朝一番に唱える大地の女神に対するマントラを解説します。このマントラは、プリティヴィー・クシャマーパナム(पृथ्वीक्षमापनम् pṛthvīkṣamāpanam、大地に許しを得ること)、あるいは、プリティヴィー・クシャマプラールタナム(पृथ्वीक्षमप्रार्थनम् pṛthvīkṣamaprārthanam、大地へ許しを請うこと)、モーニング・マントラという名前でも知られているとおり、朝、寝起きにベッドから降りる前(足を床につける前)、足で大地を踏みしめることにたいして、女神に許しを請うために唱えます。

寝起きに一呼吸おくことで立ちくらみを防いだり、目覚めをすっきりさせる効果もあるといわれます。

 

プリティヴィー(पृथ्वी pṛthvī または पृथिवी pṛthivī)とは大地のこと、「広きもの」、大地の女神、地母神を指しています。別名ブーミ(भूमि bhūmi)。もっとも古い聖典であるリグ・ヴェーダの中では、天の神ディヤウス(द्यौस्、dyaus)の妻として登場します。リグ・ヴェーダの初期の段階では、天と地、ディヤウスとプリティヴィーを世界の両親とする世界観があり、両者を讃えた「ディヤーヴァー・プリティヴィー讃歌」もあります。

ディヤウスはディヤウシュ・ピター(द्यौष्पिता  dyauṣpitā)、父なる天とも呼ばれ、ギリシャ神話のデウスやローマ神話のユーピテル(ジュピター)と起源を同じくする神ですが、インドでは単独で崇拝されることはなく、ほとんど忘れられた神格となってしまいました。

 

一方のプリティヴィー(ブーミ)はプリティヴィー・マーター(पृथ्वीमाता

pṛthvīmātā)、母なる大地と呼ばれています。

 

プリティヴィー(ブーミ)は他にも

ダートリー(धात्री dhātrī)支えるもの

ダラー(धरा dharā)支えるもの

ラトナガルバ(रत्नगर्भ ratnagarbha)宝石を孕むもの

など、様々なあだ名がついており、後には豊穣の女神としてラクシュミーと同一視されています。このモーニング・マントラでも「ヴィシュヌ神の妻」として崇められています。

(ちなみに筆者の名前もプリティヴィー女神にちなんでいます)

 

【逐語訳】

समुद्रवसने देवि पर्वतस्तनमण्डले ।

samudra-vasane devi parvata-stana-maṇḍale |

海という衣をまとうものよ!女神よ!山という乳房を持つものよ!

(サムドラ・ヴァサネー デーヴィ パルヴァタ・スタナ・マンダレー)

*太字は有気音

 

विष्णुपत्नि नमस्तुभ्यं पादस्पर्शं क्षमस्वमे ॥

viṣṇu-patni namas_tubhyaṁ pāda-sparśaṁ kṣamasva me ||

ヴィシュヌの妻よ!あなたを敬います。足が触れることを私にお許しください。

(ヴィシュヌ・パトニ ナマス トゥビャン パーダスパルシャン クシャマスヴァ メー)

 

【単語の意味と文法の解説】

 

左から、デーヴァナガーリー表記、ローマ字表記、<名詞の語幹形、動詞の語根形 >、語意、(文法的説明)、「訳」、という順番で説明しています。

 

समुद्र <samudra-> 海(複合語、次のvasanaにかかる)

वसने vasane <vasanā-> 衣服(所有複合語、中性名詞vasana-の女性名詞化、呼格、単数)「海を衣服とするものよ」

देवि devi <devī-> 女神(女性名詞、)「女神よ」

पर्वत <parvata-> 山(複合語、次のstanamaṇḍalaにかかる)

स्तन <stana-> 乳

मण्डले maṇḍale <maṇḍalā-> 丸み(所有複合語、中性名詞maṇḍala-の女性名詞化、呼格、単数)「山を乳房とするものよ」

विष्णु <viṣṇu-> ヴィシュヌ(複合語、次のpatnīにかかる)

पत्नि patni <patnī-> 妻(複合語、女性名詞、呼格、単数)「ヴィシュヌの妻よ」

नमस् <namas> ナマス、礼拝、敬礼(不変化)「敬礼を」

तुभ्यम् tubhyam <tvat-> あなた(2人称代名詞、為格、単数)「あなたに」

पाद <pāda-> 足(複合語、次のsparśaにかかる)

स्पर्शं sparśaṁ < sparśa-> 接触(複合語、男性名詞、対格、単数)「足の接触を」

क्षमस्व kṣamasva <√kṣam-> 許す(現在、反射態、命令法、2人称、単数)「許せ」

मे me <mat-> 私(1人称代名詞、為格または属格、単数)「私に」

 

 

(pRthivii)

103、インド科学音楽の即興演奏(大樹か?あみだか?しりとりか?)

筆者は、保護猫の看病が忙しくなる迄、東京に月二回通い音大付属研究所の社会人講座の他に、音楽療法士を育て、資格も与えていた音楽院で「即興演奏」の講師をしていました。

基本には、中学二年の頃からの50年近いインド音楽修行があり、とりわけ北インド古典音楽が即興演奏が主体であったことが大きく寄与してくれています。更に、「コラボ」などという流行語が出来る遥か以前の1970年代から様々なジャンルの演奏家や音楽以外との共演が、延べで数百回ありますので、音楽人生の大半は「即興」だったとさえ言えるかも知れません。

(とりわけ、精神科医や脳科学者のプロデュースによる、発達障害児童や、統合失調症の大人数人との数回のコラボは、自分のセラピー&カウンセリングの大いなる学びでした。)

むしろ、20代後半になって「はたっ!」と考えれば、「自分は譜面通りの音楽を殆どやって来ていない」とか「自分は同じ旋律を二回以上弾いたことが無いのでは?」と気付き。「果たして、これを音楽家と言って良いのだろうか?」と自壊したのが、インド古典音楽から、インド民謡、叙情歌、宗教歌、更にはインドからパキスタン、アフガニスタン、ウズベク~西アジア~東欧~南欧~アフリカ~カリブ・中南米~太平洋という民族音楽修行に取り組んだきっかけのひとつでした。

逆に、音楽療法学院では、殆どの生徒さんが幼少からピアノなどを習って来ていたり、中学からブラスバンドだったりで、「楽譜があって、楽譜通りに演奏するのが音楽」という常識から、「如何に解き放たれた即興を繰り広げるか?」にかなり苦労しているのを目の当たりにして、自分が極めて珍しい「音楽の道」を歩いて来たことを改めて痛感したのでした。

勿論、音楽療法学院で教える十五年前から、私自身が主宰する民族音楽教室で、インド古典音楽、アラブ・トルコ古典音楽を教えて来ました。しかし、実際延べで数百人に教えて来ましたが、殆どの人がまず楽器の魅力から入り、楽器が弾けるようになった頃には満足してしまい、自在に即興を繰り広げられるところに至る迄レッスンを続けた人は、一人二人居るか居ないか。

途中で、「日本人よりインド人の方が本物だろう」と、インドに行ってしまい、運良く「インド人の生徒より日本人の生徒の方が嬉しい(が本音の)」類いの先生に出逢って、表面的な技術やギミックを学んでセミプロの資格を得たと考えるようになる人がもの凄く増え始めた頃には、アフリカ太鼓やラテン・パーカッションなども教えるようになったので「そんな人にインド音楽を学びたくない」と生徒さんが激減して行ったという侘しいいきさつがあります。

ところが、この私自身、インド音楽修行歴50年弱の30年目あたりから、随分考え方も理解も変わって来ました。上記のように、20代後半で「再現音楽(即興の反対語で、楽譜があり得る音楽)」にも取り組み、世界中の音楽をむさぼるように学んだ後も、相変わらずインド古典音楽では「同じフレイズを殆ど二度以上弾かなかった」のです。

より正確に言うと、同じ時期に平行してインドで師匠と出逢い、実の父親以上の付き合いをさせて頂くようになったのですが。師匠のレッスンでは、「同じフレイズを何度も何度もくり返し弾き、憶えるだけではなく、師匠のニュアンスにどれほど近づけるか?」という修行をしていました。それ迄の独学シタールとは全く逆にです。

しかし、例えば「と或るラーガ」を師匠から学び、日本のライブやコンサートで弾くとなった時、「師匠から学んだ部分(師匠と同じに弾けるように、師匠がそこに居らず聴いていないとしても変化させない)」と「自分勝手な即興の部分(同じフレイズなど二度と出て来ない)」のパッチワークのような音楽を演っていた訳です。これには、後々「我ながら酷いもんだった」と呆れました。

尤も、その当時の録音を今聴いても、むしろ「同じフレイズが二度と出て来ない、その場限り、その時々のあらゆる状況・条件が『弾かせたような』即興演奏」は、(我ながら)実にスリリングであり、研ぎすまされた部分もあります。その片鱗はYouTubeに上げた「インド国営放送出演時の演奏」でも確かめられます。

勿論「全くの出鱈目」ではなく、知識・情報として得られる「ラーガの規則」は、しっかり遵守していました。その意味では日本人のレベル以上であることは勿論、現地の並みのレベルには到達していた筈です。

しかし、私の師匠が継承したレベルの「インド古典音楽の即興」としては、決して充分ではなかったのです。

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そもそも「即興演奏・音楽」とは?
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そもそも「即興演奏」や「即興音楽」というものについて、世界的にも「基本的・不偏的な概念」は存在しません。

大まかに大別すると、「何らかの法則(音階やリズムやその他の)を守った上での即興」と「全くのゼロから、何の制約も決めない即興」があり、前者は、ジャズやブルースでお馴染みで、カリブ音楽でも重要視されています。後者は、特に「Free-Music」とか「Free-Improvisation」とも呼ばれます。「Free-Jazz」もこの範疇です。

後者の極端な例では、主に複数の演奏者で共演しますが、誰かが「同じパターン(やフレイズ)をくり返した」とか「在り物のパターン(やフレイズ)を弾いた」とか、「リズム・パターンが生じた」や「スケール感や和声が生じた」途端に、他の演奏者がそれを「壊す」というストイックなものもありました。

これはこれで価値の高いもので、私たちが如何に「習慣的=惰性的=慣れや惚けで音を出している」ということを思い知る意味合いがあります。別な意味では「音楽は楽しむためだけではない」ことを教えてくれる好例でもあります。

また、「即興演奏(音楽)」は、「Adrib」と「Improvisation」の二つで言われますが、単にラテン語系/英語系の違いもありますが、(世界中の音楽を俯瞰した)総論的に言えば、「Improvisation」には「音楽的意識・姿勢・哲学・信念」が基本にあり、しばしば「一曲の冒頭から最後迄」貫かれます。対する「Adrib」は、そのような精神性は求められず、「曲の部分」であることが多く、一曲を通してのアドリブ、ということはあまり言われません。
(勿論英語圏では、全てをImproと呼ぶ人も多いです。上記のように『普遍的な概念』は存在しないので)

また、Jazzやカリブ音楽やインド古典音楽のように「テーマとインプロ」のメリハリで曲が構成されている場合もあります。

更に、トルコ、アラブ音楽や、東南アジアの音楽のように、「作曲されたものの再現演奏」なのですが、各楽器が、それぞれの楽器特性(アーティキュレイション)で「装飾を過分に加える」ことをした結果、「各自が勝手に演っているかのようだ」や「どれが本当の旋律なのだ?」と驚かされるものもあります。しばしば太鼓さえも基本パターンを逸脱する場合があります。この場合、その「装飾」は、極めて「即興的」に着けられますが、全体は、「作曲の再現」であり、故に「各自の勝手」が可能な訳ですから、「即興的な装飾法」ではあっても「即興音楽」とは言い難いところです。
この感覚を言うのであるならば、恐らくショパンやモーツァルトも、生演奏では、しばしば「アドリブ的」なことをしていたのだろう、と思われます。「作曲と再現音楽」が確定したのは、西洋の印刷技術の進歩と「出版産業」の台頭が寄与したところも大きいのです。

また、同じインド古典音楽でも南インド古典音楽は、19世紀イギリスの巧みな分割(植民)統治の技に後押しされた「反イスラム宮廷文化・ヒンドゥー主義文化運動」よって、作曲が主体でインプロは、定められた楽章でのみ演奏されるようになりました。対する北インド古典音楽は、古代科学音楽のまま「即興」が主体で、節目節目に「作曲された主題群」を挟むと言う手法です。

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インド音楽修行50年の後半の大きな変化
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私のインド音楽は、師匠から学ぶようになってもしばらくは、「師匠の教えの部分」と「旧来の好き勝手な部分」が混在していました。
しかし、或る頃から、それらは大きく変化したのです。

昔から、演奏会のMCや教室で「インド音楽の即興演奏は日本の落語にそっくりだ」と言って来ました。

つまり、「大筋のストーリーと、重要な言葉とオチはいじってはならない厳格なもの」であるけれど、「教わった通りを丸暗記して再現」しても、聴衆の感動やウケ(笑い)は得られないという点で全く一致するのです。

この連載の前半でお話ししました、「インド音楽の即興性についての小咄」でも、この点に触れています。

師匠立ち会いの演奏会で免許皆伝の試験でもある演奏をした。ところが演奏後師匠は凄い剣幕で「あれは何だ!、好き勝手な出鱈目を演りやがって!あんなことは教えてない筈だ!」と完全否定。頼み込んでもう一回チャンスを貰い、猛練習で「習ったことのおさらい」をした。「今度こそはOKだろう」と思いきや、演奏後「あれは何だ!教わったことばかりを丸暗記したような音楽で全く駄目だ」となった。という話しです。

この場合のテーマは「何が不変の大事な部分」で「何がその場で(即興で)臨機応変に変化すべき部分」であるかを「分かっていなければインド古典音楽演奏家ではない」というものでした。

つまり、師匠に師事した後の私の演奏は、上記小咄の二種の演奏が、「毎曲毎回入れ替わり立ち替わりちりばめられて組み合わせたようなものだったことに気付いた」、という話しです。故に、「不変であるべき部分」も「即興であるべき部分」も無作為に並んでいたのです。

その結果、古典落語同様に存在すべき「ラーガの物語」の存在も希薄だった訳です。

これに気付いてからは、「ラーガの物語」「ストーリーの全体像」を俯瞰しながらの即興演奏に大きく変化したのです。

「大きく変化した」と自覚出来る根拠は、「かつての自分の有り様がよく見える・分かる」ということに尽きます。以前の即興は「行き当たりばったり」の「あみだクジ」のようなものだったのです。

より具体的にインド音楽ソルフェージュで表すならば、「NRG—-」と弾いた後、「MDP」なのか?「NRS」なのか?を瞬時に選択するような「高速あみだクジ即興演奏」です。「あみだクジ」の、既に線が引かれており、常に択一しか許されていないところが「ラーガの理論を守っている」部分です。例えば「NRG—-」と弾いた後には「NSRG」の選択肢は無いのです。何故ならば、この二つを並べてしまうと、いずれの価値・存在理由が相殺されてしまうからです。

このスタイルは、「しりとり型即興演奏」ということも出来ます。繋がり合うフレイズには何らかの必然性があるからです。しかし、ひとつ隔てたフレイズ同士には脈絡が無くなることが大いにあり得るのです。「思い付き即興」と揶揄することも出来ます。

これに対し「気付いて大改革」をした後の「インド古典音楽即興演奏」は、「あみだクジ」が、「迷路のような細かな路」に変化しました。遠くには「目的地」の「丘の上のお寺」が見えているのです。なので、「ここで右に曲がって、その先の何処かで左に曲がれば」のような「先行き」もイメージ出来、右に曲がった後、しばらく左へ曲がる路が無かろうと、困惑することもないのです。

この頃には、最早「落語に似ている」とはあまり言わなくなりました。強いて言ったならば「碁に似ている」だったかも知れません。

ところが、それから程なくして、別な動機から、「より古い音楽」を探求するようになり、遂に「ヴェーダ時代の科学音楽」の存在を、膨大な文献の懸命な解読の後に辿り着くと。「ラーガは精霊である」という或る種の「擬人化」が理解出来るようになったのです。

そうなってくると、「丘の上のお寺の目印があるから迷わない迷路」でもなくなってしまったのです。15年ほど前の或る時期に突然のことでした。

以後は、お客さんを前にした舞台での演奏であろうと、まずは「ラーガとの対面」が始まり、「ラーガに対してのインタビュー」に発展します。より熟知したラーガの場合、「(気分良くなった)ラーガが勝手に語り始める」という域にも到達しました。

「お寺を目指す迷路の道行き」の段階で既に、「同じフレイズは二度と出て来ない」は180度逆転し、「まずは何時ものフレイズから始まり、既に何度も弾いて来た様々なフレイズの選択」に進化していましたが、その後は、それさえも「随分無駄な道行きだ」「散歩なだまだしも、目的があるなら、一直線に行けば良いじゃないか!」と自壊したものです。

「ラーガに語らせる」という域に至ると、自分自身は、「より良い訊き手」や「司会者」のような存在でラーガと共に舞台に上がり、「それではラーガ○○さんの生い立ちとご家族についてお話下さい」と始まり、「では次に思春期に抱いた夢と挫折について」などに発展して行くのです。

こうなってくると、並のタブラ(インド太鼓)奏者では「むしろ居ない方がありがたい」ということになってしまいます。実際この十年でも、インドからの来日タブラ奏者と演奏することが何回かありましたが、「かつての自分がよく見える」と同じに、彼らが「ああ、あみだクジ的な反応演奏(行き当たりばったり)だ」な様が良く見え、「同じお寺の目標」さえ共有出来ないのです。当然、「ラーガさんに訊く」ようなことは全く望めません。

勿論、タブラ伴奏者は、旋律奏者や声楽を追従する立場ですから、「先導するこちらがしっかりしていれば良い」という考え方もあります。或る意味「漫才」に似ていて、タブラは「つっこみ役」です。 しかし、あまりに意識が異なるのは辛いものですし、こちらの旋律には、前述したような「重要な部分と繋ぎの部分」が或る訳ですが、「意識も目的地も共有出来ないタブラ奏者」の場合、何に対しても「つっこみ」が来たり、逆に何に対しても同じ「つっこみ」だったり、突っ込んで欲しい時に流されたりすれば、「ほんとにこちらの音楽が分かっているのか?そもそも聴いているのか?何を聴いているんだ?」となってしまうのです。

言い換えれば、十代の頃の「ほとばしる即興演奏時代」や、二十代の「パッチワーク時代」は勿論、その後の「目的地がある道行き即興(あみだクジ・しりとり型)」でさえも「何が言いたいのか分からない(物語が見えない)」と振り返るに至ったのです。
ところが、近年のインドに於けるプロの演奏でさえも、今やその感じなのです。

今回の図版のカラー写真は、「バテカンデ国立音楽院器楽科主任教授」だった当時の師匠: Ustad Ilyas Khansaheb。右隣で伴奏弦楽器:Tampuriを弾くのは、今日の家元(Karifa)のUstad Irfan Khansaheb。

グラフの様な図版は、前々回にLPジャケットをご紹介した、Raga-Darbariの「作曲された主題群と即興演奏の入れ替わり立代りの様子」を現したものです。
インドEMI現地盤を直輸入販売していた頃に(未だに在庫がありますが)1989年に作成した特製解説書の一部を今回データに変換したもので。
まずアムジャッド氏の演奏を「完コピ」した後、縦軸が音の高さ、横軸が拍節法ターラで、正確に音程を記しつつ、線の太さで音量、曲線の形でニュアンスなどを記した世界初の表現法です。
「vの字」のようなものは、サロードのみならずシタールにも標準装備の「リズム弦」がはじかれた場所で、声楽の「息継ぎ」を正しく器楽に転写したものです。
太鼓タブラはこの図の時間は、伴奏(基本パターン)に徹していますが、この図の前後でソロを取った時には、「青で表記した音」は、めまぐるしく変化し、逆に旋律弦楽器サロードは、「緑色で記した主題」を繰り返しています。

何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。

10月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。
九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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マハートマー・ガーンディー生誕祭

広大で様々な宗教や慣習が入り混じるインドでは、それぞれの祝祭に合わせ多くの祝日がありますが、国全体が祝日となる日は年に3日しかありません。そのうちの一日が10月2日に迎える、マハートマー・ガーンディーの生誕祭です。

バガヴァッド・ギーターを指針とし、非暴力と不服従を基にインドの独立を率いたガーンディーは、偉大な魂として現代でも多くの人々から崇められています。

「幸福とは、考えること、言うこと、することが、調和している状態である。」
―マハートマー・ガーンディー

“Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony.”
― Mahatma Gandhi

ガーンディーが望んだように、世界平和と幸福を心よりお祈りしております。

ヨーガ・スートラ第2章第36節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सत्यप्रतिष्ठायां क्रियाफलाश्रयत्वम्॥३६॥
Satyapratiṣṭhāyāṁ kriyāphalāśrayatvam||36||
サティヤプラティシュターヤーン クリヤーパラーシュラヤトヴァム
正直が堅固に確立すれば、行為と結果の拠り所となる。

簡単な解説:前節において、不殺生が堅固に確立すれば、その人の側では、あらゆる敵意が消えてしまうと説かれました。本節では、正直が堅固に確立すれば、その人の述べる言葉が何であれ真実となるように、行為の結果はその人の意志に従うと説かれます。

カルマ・ヨーガの果報

ヒンドゥー教の代表的な聖典の一つである「ラーマーヤナ」は、霊的な解脱についての教えが含まれた万人に読まれる叙事詩です。その中に、偉大な王であるジャナカにまつわる神話があります。ジャナカ王はリシであり、理想的なカルマ・ヨーガの実践者でもありました。リシとは賢者や聖者を意味し、あらゆる知識を得た者を意味します。ジャナカ王はカルマ・ヨーガを達成し、輪廻から解放され、解脱を得たリシとして崇められています。

このジャナカ王が達成したカルマ・ヨーガは、「行為のヨーガ」を意味します。聖典バガヴァッド・ギーターにおいて、クリシュナ神はこのカルマ・ヨーガの教えを深く説き、四大ヨーガ(カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、ジュニャーナ・ヨーガ)の中でもとりわけ重要な位置付けがなされています。結果に執着せず、義務をまっとうし、正しい行為を実践するカルマ・ヨーガは、私たちのあらゆる行為を人生の創造と目的に調和させ、やがて創造主である神に結びつけます。

カルマ・ヨーガを毎日の暮らしで実践することは、私たちの心を浄化する優れた手段です。それは、真の知識を得るための能力を向上させるでしょう。あらゆる行為において、結果への執着や果報への期待を捨てる時、それは瞑想となり、献身となり、私たちの人生に真の価値を与えます。

このカルマ・ヨーガの実践者となるための最初のステップは、創造主である神の行為の偉大さを理解することです。その理解は、決しても難しいものではありません。ただ心を神の探求に向けるだけでも、その行為はヨーガとなるでしょう。その行為を実践すればするほど、神の存在に引き寄せられるはずです。

カルマ・ヨーガにおいては、すべての行為が義務として、正義を達成するために為されます。それは、神に向かうことを意味します。人生におけるさまざまな行為を通じて学びを得ながら、私たちは自分自身の本質を理解しなければなりません。

どんな行為も、多岐にわたる能力を身につける貴重な学びの機会です。例えば、仕事は技術や専門知識、時間、集中力、意思決定など、さまざまに異なる要素を求められます。カルマ・ヨーガの実践者は、これらをすべて、スヴァダルマ(自己の義務)に従ってまっとうします。私欲のないその行為の先には、神との結合が待ち受けているでしょう。

ギーターの中でクリシュナは、自己の義務を献身的に行うことで、出家や隠遁生活をすることなしに、究極の解脱に達することができると説いています。私たちに与えられた義務を、私欲なく、行為の果実を求めずに、神への捧げものとして行うことは、カルマ・ヨーガの理想の姿であり、ブラフマンへ融合する正道となります。

(SitaRama)

軽視できないヴィシャ・ドーシャ

インド占星術において、土星と月が同じ部屋にあるヴィシャ・ドーシャは、例えば有名なカール・サルプ・ドーシャなどのようにあまり名前も知られておらず、一般的にはあまり重要視されていないかもしれません。
しかし、このヴィシャ・ドーシャは、月の強さや土星との距離、どの部屋に存在しているかなどの条件にもよりますが、かなり致命的な問題を与えることがあります。
例えば6室にあれば、酷い性質の敵に悩まされる可能性もありますし、8室にあれば命を削るような疾患などの可能性もあります。またこのドーシャがある方は、サターンリターン(土星が生まれた時にあった部屋に戻ってくること)とサディサティ(現在の土星の位置がホロスコープ上の月の近くにある時期:詳しくは過去の記事ご参照ください)も重なるため、軽視できないのです。
処方としては、どちらか一つではなく、月も土星もどちらもなだめる必要があります。
だだ、一般的には月の方をより多く癒すケースが多いようにも思います。
このコンビネーションをお持ちの方は自宅にシャニ(土星)とチャンドラ(月)の神像を祀り礼拝するとか、(特にその影響が強まる時期を中心に)ヴィシャ・ドーシャのプージャーを受けるなど、処方をお勧めいたします。
予め処方をして快適な人生を歩みたいものですね!

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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[ガネーシャ・ギリ 同行]最強厄除開運・インド縦断 – 女神と聖者とガンジス川から力を貰う旅

ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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第11回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第11回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第11回グループ・ホーマは、9月21日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

102、インド音楽に於けるサブカルチャーとは

インド古典音楽文化論のおさらい
ここ何回か、インド古典音楽のその「文化論」について説かせて頂いていますのは、世界の民族音楽の中でも、最も保守的なインド古典音楽でさえも、この十年二十年で急速に変化して来ているからでもあります。

インド古典音楽に於ける「保守性/保守的」とは、伝統の継承に他なりません。 世界各地でその為に、楽壇の長老や国の文化省などが強く主張・先導して、「意識して守る」や「伝統文化の正しい保護と継承を促す」というものもありますが、かつてのインドの場合、それ以上に自発的な性質や、自然の性質が多く見られていたのです。しかし、近年では、その性質さえも変化して来てしまいました。

詳しくは、おいおいお話するとして、前回と前々回で、インド古典音楽に於ける「メイン・カルチャー」の性格、及び、「その概念は構築し得るか?」について述べました。今回は、インド古典音楽に於ける「サブ・カルチャー」について考えてみたいと思います。

以前、そもそも「サブ・カルチャー」が「メイン・カルチャー」に反抗・対立、及び「メインカルチャーの破壊や敵対的な冒涜」などといった「アンチテーゼ」であること自体が「不自然(或る意味不健康)である」と述べました。ところが、そのような(「間違った」とさえ言いたい)感覚は、戦後70余年の間に、ほぼ定着してしまった感もあり、むしろ近年では、「サブカルに攻撃された対象としてメインカルチャーが浮かび上がる」とさえ言いたいような、或る種の「ていたらく(文化性の崩壊)」が見られるとも述べました。

また、異なる次元の検証も述べました。それは、「生命体のみならず、宇宙の摂理にも通じる=恒常性の為の対峙する二極の共存」こそが「健康・健全・自然・維持」の基本であるという話しです。

インド古典音楽に於いては、奇しくも16世紀から今日に至る間、北インド古典音楽の総本家的存在に君臨し続けている、16世紀の楽聖ミヤン・ターン・センを祖とする巨大流派が、「二極の共存」を見事に果たしたことも述べました。

「二極の共存」を守り通したターン・センとその子孫
ターン・センの音楽をより具体的に言うと、晩年は、宮廷音楽の楽壇を嫌い隠匿生活を送りながら、古代のインド科学音楽の真髄を極めんとしたヒンドゥーの恩師スワミ・ハリダースが継承した音楽を享受し、他方では、13世紀にアミール・フスロウも行った、西アジア(ペルシア、トルコ、アラビヤ、シルクロードの主にタジク族、パミール高原の音楽と、アフガン人の音楽)音楽の導入と、イスラム系神秘主義の師匠からの教えがあり、ターン・センとその一派の音楽は、この「対峙する二極」からなっていると言えるのです。

奇しくも、ターン・センは、前者を、自らの娘とその婿で、若き日のターン・セン同様にグワリオールのヒンドゥー藩王国の楽師出身のナウバット・カーンに継がせ、後者を息子ビラス・カーンに継がせました。ナウバット・カーンは、ターン・センの娘と結婚したことでイスラムに改宗したのですが、なんと娘の名は、サラスワティーなのです。

前者(サラスワティーとナウバット・カーン夫妻の分派)は、古代から伝わる弦楽器「ヴィーナ(Vina/Vin/Rudra-Vina)」を専門とし、後者(息子ビラス・カーンの分派)は、ターン・センが、パミール高原の三味線「Rubab(ルバーブ)」にインド音楽式の「サワリ音」を取り付けた新楽器「ラバーブ(Rabab/TanSen-Rabab)」を専門としました。勿論両者とも、「古典声楽:Dhrupad」をそれら弦楽器よりも格上音楽として継承しました。その結果後世、前者は「Seni-Vinkar(ヴィーン奏者)Gharana(家)」、後者は「Seni-Rababiya(ラバーブ奏者)Gharana」と呼ばれました。

しかし、言い換えれば、両分派は、「Dhrupad声楽と、それを弦楽器で表した音楽(器楽という概念は、弦楽器Sarod音楽の確立以降になり、この時代には、独立した呼称が無いのです)を専門とする、という意味では「全く同じ流派」なのです。 しかも、前者は、プライベート(弟子へのレッスンなど)ではラバーブも弾き、教え。後者もプライベートではヴィーナも弾き、教えました。

奇しくも「ヴィーナ」は、やや広い弦楽器の総称的な性質も持つ呼称ですが、或る種の琵琶のひとつのルーツでもあります。指先に義爪をはめて弾き、駒の下には皮を張りません。「ラバーブ」は明らかに「三味線のルーツの一派」であり、駒の下は山羊皮を張り、小さな撥を持って弾きます。従って、ターン・センは、自らの一族と流派に「インド科学音楽系の琵琶」と「西アジア系・神秘主義系の三味線」を併せ持たせ、娘と婿の分家は、「(表だっては)琵琶」、息子の本家は「(表だっては)三味線」を専門とさせつつ、いずれも「古典声楽」をメインとし、表では弾かない他方の楽器の名手であり名教師であった、ということです。

具体的な例を挙げると、世界的に有名なシタール奏者:ラヴィ・シャンカル氏の師匠:アラウッディン・カーン氏は、ラバービヤ派と関係が深いサロードの名手ですが、そのまた師匠は、ターンセン直系のヴィーンカル派のワズィール・カーンです。つまり、琵琶(系楽器)奏者:ラヴィ・シャンカル氏は、三味線(系楽器)奏者:アラウッディン・カーン氏に学び、アラウッディン・カーン氏は、ターンセン直系の琵琶派のワズィール・カーンに学んだということなのです。

私(筆者)の師匠、Ud.イリヤス・カーン師は、シタール(琵琶系)の最古の流派(Lucknow-Kalphi-Gharana)に学びましたが、家柄はサロード(三味線系)の最古の流派で、元々の先祖はアフガン楽師です。流派(Lucknow-Shahjahanpur-Gharana)の中興の祖は、ターン・セン直系のラバービヤ(三味線系)に指示し「セニ派」の一員となりました。私は同時に、Ud.イリヤス・カーン師の兄で、流派の(前)家元Ud.ウマール・カーン師にサロードも学びました。

シタールは、ドゥルパド声楽の数百年後に生まれた新様式「Khayal(カヤール)」や、花柳界の叙情詩「Thumri(トゥムリ)」の影響を強く受けた流派が少なく在りません(Gayaki(歌の)-ki-Ang(様式)が、弟師匠のシタールは「完璧なDhrupad-Ang/Tantra-Baj」として知られていました。

サロードの音楽もまた、前述のワズィール・カーンの時代には、新様式「Gat」が主流でしたが、それより100年近く古い兄師匠のサロード音楽もまた「Dhrupad-Ang/Tantra-Baj」でした。日本の音楽に喩えると、「Dhrupad-Ang/Tantra-Baj=雅楽、平家琵琶、地歌、古浄瑠璃」であり、「Khayal=長唄」「Thumri=小唄」「Gat=津軽三味線」のような感じです。

そして、ターン・セン系の「Dhrupad-Ang」には、前述の「インド科学音楽と西アジア・神秘主義音楽」が合わせもたされていますが、「Khayal=長唄」「Thumri=小唄」「Gat=津軽三味線」は、その限りではありません。

こもように、ターン・セン系の音楽は、「生命体の基本原理=対峙する二極の共存」を見事に守り、具現し、継承しているのです。そして、注目すべきは、その「摂理」は、古代インド科学音楽の基本原則であり、とりも直さず「ヴェーダの叡智の最重要基本」でもあるばかりか、なんとイスラム系神秘主義の科学と、それが説く摂理と一致するのです。

「生命体の大原則:二極の対峙と共存」を狂わす「合理性と利便性」

ここで、一旦「生命体の恒常性と二極対峙の様子」を振り返ってみましょう。分かり易い例では「血圧が上がり過ぎれば下げる、下がり過ぎれば上げる」「血液や尿のpHが上がり過ぎれば下げる、下がり過ぎれば上げる」もしくは、それぞれ「上げるべき時には上げ、下げるべき時には下げる」というものがあります。

ところが、実際の「神経系統やホルモン系統、及び代謝回路系統や免疫系統」は、もっともっと複雑で、例えば「免疫系」では、仮に上記の(恒常性の基本)対峙を「AグループとBグループ」としますと。先ず「Aグループの免疫細胞が侵入した外敵(細菌やウィルス)を確認しマーキングする」すると、「Bグループの免疫細胞がそのマークを確認して第一次攻撃を行うと共に、或る種の信号を出す」その後、「Aグループの別な免疫細胞がその信号によって臨戦態勢になり第二次攻撃を行う」などの複雑な仕組みがあるのです。

これは極めて複雑であり、現代人間社会の主流の価値観である「合理性」からすれば、極めて「非合理的」「不合理」なシステムです。

しかし(簡略した幾分幼稚な極論ですが)この(非合理的に思える)システムでないと、「誤認逮捕や誤射・誤爆」があり得る訳です。何故ならば「AB各グループ単独」では、その「性質、検証法、価値観、判断力」が偏りってしまうからに他なりません。これも分かり易く言うと、現代社会人に極めて多い(もしくは増加の一途である)「アレルギー」「自己免疫疾患」「鬱」「アパシー」なども皆、この「機能の変調」が基本原因に他なりません。

そもそも「合理化の観念」が確立してから、まだ百数十年。二百年にも至っていないのですが、地球に生命体が生まれてから、哺乳類が生まれてからでさえ、数千万~数億年? であることを考えて下さい。「摂理に則った自然な姿」がどちらにあるか? どちらに見出すべきか? は明らかな筈です。

つまり、今日の私たちは、「合理的」や「便利」というものに如何に洗脳されているか? をしっかり自壊・再検討しないと、とんでもなく「不自然・不健康」なことになるに違いないのです。

極論を言えば、「それが分からない人」は、「アレルギー」「自己免疫疾患」「鬱」「アパシー」などや「依存症」や「様々な心の病」及び「その手前の生き辛さ」などになり易いということは、何方も否定出来ない筈なのです。

何がインド音楽に於ける「サブ・カルチャー」なのか?
これ以降の僅かな文言で、やっと表題について語る本末転倒をお詫びせねばなりません。しかし、これがより真実に近い話しなのです。

結論から言えば、「より正しいメイン・カルチャーとは、自らの内面に、対峙する二つの要素を併せ持っている」と言うことが出来ます。音楽や文化を評する時には、「対峙する二極」の一方を「メイン」とし、他方を「サブ」とすることも全く不可能ではないかも知れませんが、「生命体の自然の摂理」に照らすと、それは正しくないと言えます。

幼稚な比喩で恐縮ですが、「理知的で身も心も健康な規範的な人間像」という定義や概念があったとして、それを説明する場合、「性質が相反する男女」が揃っていてしかるべきで、例えば「正しい人間像=男」「女性はサブ」というのは、自然の摂理に反します。つまり「陰陽の双方を併せ持ち、そのバランスが取れた姿」こそが「メイン・カルチャー」の在るべき姿である、と言える訳です。

この概念にとって、他方の「サブ・カルチャー」は、インド音楽の場合、二つの性質が存在しました。それは、10世紀からターン・センの時代迄では、「西アジア系古典音楽」がそれでした。13世紀のアミール・フスロウが導入した西アジア系・神秘主義系の音楽であり、私の師匠の先祖が持ち込んだアフガン系の音楽です。しかし、当時のそれらもまた「自らの中に対峙する二極の要素を併せ持っていた」立派な「メイン・カルチャー」でもありました。

つまり、「インド古典音楽に於けるサブ・カルチャー」の基本的な姿は、インドという土俵に於ける、「西アジア系音楽」だった訳です。

ところが、早くも18世紀後半から続々と誕生した「新様式」は、「サブカルチャー」の二つ目の性質を持っていました。具体的にそれらは、前述した「Khayal」「Thumri」「Gat」などですが、これら「第二種サブカル」の決定的な特徴は、「繁殖能力が無い」ことです。

自然の摂理に照らせば当然のことですが、「相反する二つの要素を併せ持つ」は、上記で「男女ペアで人間像を語る」ことと同じですが、「第二種サブカル」では、それが一方しか存在しないう、もしくは極端に偏っているが為に、「子孫を残せない」のです。

私は、最初の保護猫との出逢いで「生き物と暮らした幼少期」がリバウンドしてしまい、淡水魚飼育、クワガタ・カブトムシ・直翅目飼育に没頭していた時期(5年程)がありますが、奇しくも「クワガタ・ブーム」と重なりました。

不景気の時代に突入した頃で、一説には通産省が「この時期貴重な成長産業」とクワガタ飼育を高評価し、厚生省にプレッシャーを与えて次々と「輸入解禁種」を増やしたほどです。

私の本音は、もし二者択一ならば「昔懐かしい日本固有種」だけで良かったのですが、「外国産クワガタ」が「主流=メイン・ストリーム」の中では、「国産に執着する」ことは、何だか卑屈な感じもありました。後に思えば、それは、メインストリームが必ずしも「クワガタに於けるメイン・カルチャー」でもないのに、むしろ「国産専門」の方が、正当性があるかも知れないのに「日の目を見ない地味なサブカル」のイメージが濃厚だったのです。勿論、国産でも「オオクワ」はメイン・ストリームでしたが、私は「図体ばかりでかいが臆病なオオクワ」よりも、小さいくせに勇敢な「ヒラタ、コクワ、ノコ」が大好きでした。

程なく、「クワ飼育界」は、エスカレートの一途を突き進み、「貴重種」から「輸入禁止種の密輸」などに走る一方で、「異なる種の交配」や「雌雄同体を作り出す」ことさえもがメイン・ストリームを闊歩するようになりました。その頃には、世界の異なる地域のDNAなども滅茶苦茶になりつつありました。高校教師がネパールの両面太鼓(Madal)の中にクワガタを詰め込んで密輸して逮捕された頃です。

私がそれ以前に昆虫飼育に没頭していた幼少期に、「ライオンと豹のハイブリッド=レオポン」が作り出され話題になったことがあります。ここでいう「ハイブリッド」とは、本来の狭義の、「種を継承出来ない(子どもを作れない)」という意味です。「異なるクワガタのハーフ」や「右半身が♂で左が♀のクワガタ」のようなものを作り出して自慢気な人が増える一方となりましたが、いずれも、それらは「子を作れない」のです。なので、「作り出す」と書きましたが、そのような突然変異を産みやすい「真っ当な親クワガタ」を交配によって作り出すということです。

この話しと全く同じく、前述した「Khayal」「Thumri」「Gat」は、今日迄の200年以上経ても、新たな音楽様式を生み出してはいません。

正確には、「Thumri」は、古代花柳界から存在し、極めて流動的にその様式を変えて来ました。日本の花柳界音楽(端唄・小唄)も同様です。なので、「常に細胞分裂している」ようなもので、「どれが親、何が子」という概念からは外れます。しかし、 「Khayal」と「Gat」は、明らかにターンセンが交流させた「インド系音楽と西アジア系音楽」の交配から生まれたハイブリッドだったのです。そして、見事に「それらの子孫」は、未だ生まれていないのです。

「ハイブリッド」である根拠は、 「Khayal」「Gat」の中には、「相反する二極」が存在していないことです。いずれにも「重い様式と軽い様式」がありますが、「相反する」と言うより、「同じ様式の時代差」のようなレベルとも言えます。

ただ、このような「ハイブリッドなサブ・カルチャー」でも、明らかに「メイン・カルチャー」を良い意味で刺戟します。

クワガタ飼育界では、やがて、そのような奇抜な試みは飽きられ、「自然が良い」「生態系を守ろう」という意識が生まれ始めました。
ところが、不景気が更に進み、都心の各駅に数軒あった「クワガタ屋」はほとんど姿を消し、自然志向に至らなかった人々は、昆虫飼育からさえ離れたようです。

ターン・センの息子の流派に学んだ、私の師匠の先祖は、或る意味で「当時の第一種サブカル(ローヒルカンディー・アフガン楽師)」でしたが、師からセニ・ラバーブを学ぶと共に、自らの楽器アフガン・ルバーブを改造して「インド音楽用のサロード」を発明しました。つまり「子を産んだ」訳であり、「第一種サブカル:ローヒルカンディー・アフガン音楽」は、ハイブリッドではなかったということを証明します。

そして、なんと、セニ一族の師匠が、それを面白がって弾くようになり、やがて、セニ派も新楽器「Sur-Singhar(スル・スィンガール)」を創作するのです。弟子が師匠を触発したということです。

このように「第一種サブカル」は、直接的に「メインカルチャー」を刺戟し、影響を与えると共に、自らも子孫(派生形)を生み出す訳です。

他方の「第二種サブカル」は、そのような直接的な影響力は持ちません。ただ、「危機感」は与えるようで、メインの「伝統派・保守派」は、一層の研鑽・修行を積み、その質を高めた訳です。

これらが、インド古典音楽に於ける「メインカルチャー」と「サブカルチャー」の実際の姿であり、あるべき姿な訳ですが、恐らくインド古典音楽に限らず、あらゆる文化にも通じることではないでしょうか。

ところが、インド古典音楽に限らず、現代は、「(奇抜・奇を衒った第二種)サブカルの存在でメインが想起される」というようなていたらくで、「メイン・カルチャー」は、あたかも「陥落寸前の天守閣」のような有り様となってしまっているものが急増しています。

これはひとえに、連載三編で長々とお話ししましたような「メインカルチャーのより正しい定義(概念)」、及び「サブカルチャーには二種あること」が専門家さえしっかり把握していないことにあると言わざるを得ません。

写真の「絵画」は、ヴィーナを弾くターンセンの娘婿:ナウバット・カーン

白黒写真は、私の師匠の一族(流派)の中興の祖が師事した、ターンセンの末裔:ラバービヤの巨匠ムハマド・アリ・カーン師で、弟子が発明したサロードをセニ・ラバーブ式の縦構えで弾いています。

昆虫をお嫌いな方には申し訳ございませんが、カラー写真は、インドシナの「笙」に止まらせた、我が家で卵から育ったインドシナのクワガタ(♂)とカブト(♀)です。いずれも羽の色は、枯れた葦や竹の色で、背中は、笙の管を音響体に固定する「蜜蝋の黒」と見事に一致します。クワガタの場合、その背の中央は、「音響体の紫檀の濃エンジ」さえ持っています。
葦も紫檀も、いずれも成虫・幼虫の「食草」ではありませんが。「民族楽器は、その土地の自然の素材から多く作られ」「昆虫はその土地の自然の色に擬態して生まれる」ということが見事に表れています。

何時も最後まで、ご高読をありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

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(文章:若林 忠宏

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母なる女神の怒りと愛

女神たちを崇める9日間のナヴァラートリー祭は、ドゥルガー・プージャーとも呼ばれるように、強力な戦士であるドゥルガー女神と真摯に向き合う吉祥な時です。ドゥルガー女神は、マヒシャースラという悪神を倒すために、このナヴァラートリー祭を通じて生まれたと信じられます。ドゥルガー女神の誕生神話を見つめると、自分自身の内なる女性エネルギーの重要性を、深く理解することができます。

大変な苦行を行った悪神のマヒシャースラは、男性には殺されないという特別な力を与えられ、世界を恐怖に陥れていました。マヒシャースラを倒すための女性を必要としていた世界では、ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神が力を合わせると、強力な戦士としてドゥルガー女神が生まれます。神々の力をすべて合わせ持つドゥルガー女神は、世界の危機に激しく怒り、自身の子どもである世界を守るため、悪神のマヒシャースラを9日間の戦いの後に倒すと、悪を滅ぼす女神として崇められるようになりました。

この神話は、男性の力だけでは世界の秩序を保つことができず、正義には女性の力が必要であることを示しています。その力は、ドゥルガー女神として、誰しもの内に生きています。個々の内でドゥルガー女が目覚める時、一切の悪は打ち砕かれ、世界には平和が生まれていきます。

ドゥルガー女神が倒したマヒシャースラは、水牛の悪魔でした。水牛は、動物的な性質をあらわします。それは、私たちの肉体であり、また欲望の象徴として捉えられます。世界に混乱をもたらす欲望を制御する優れた方法は、母なるドゥルガー女神の愛を礼拝し、内なる女性エネルギーを目覚めさせることです。その祈りは、私たちの身体と心に渦巻く悪質を浄化し、社会に平和をもたらす大切なプロセスとなります。

9日間のナヴァラートリー祭を終えると、2017年は9月30日に、勝利の10日目であるダシャラー祭が祝福されます。季節の変わり目は、悪質な感情や思考がとりわけ強くなる時といわれます。この9日間、断食や瞑想を通じ母なる女神の愛と大切に向き合い、内なる悪質を倒し、ダシャラー祭を清らかな身体と心で祝福したいと感じます。皆様にとっても、女神の大きな祝福に満ちた時となりますよう、心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

スタッフ日記:フード・サービス・プログラムのご報告(食事の内容)

フード・サービス・プログラムにご支援をいただいている皆様、本当にありがとうございます。

最近の写真が届きましたので、ご報告をさせていただきます。インドの各地では雨季が終わり、少し過ごしやすい気候となりました。しかし、ケーララ州ではこの後、セカンドモンスーンと呼ばれる雨の多い時期が再びやってきます。まだしばらくは、配給食が増える時期が続きます。

毎日、17時半に始まる食事の配給は、いつもと変わらず長い行列ができています。

本日は、食事の内容についてご紹介いたします。まずはカンニと呼ばれるおかゆです。薪を使って大きな鍋で時間をかけて煮込みます。日本のお米とは異なり粘り気が少ないため、長く煮てもさらりとしたスープのように仕上がります。食事がうまく取れない患者さんは、重湯だけをいただきにくることも多くあります。

そしてお豆のおかずです。お豆が高騰しているため、農園で取れる調理用のバナナを加えて量を増やしています。中にはココナッツも入り、スパイスで味付けされています。病人食ですが、私でも少し辛いくらいの味付けです。

現地では物価の上昇が続き、貧しい人々にとっては生活の厳しさも増しています。SEEDS-INDIAでも、皆様の温かいご支援のおかげで、必要な人々への温かい食事の配給を続けることができています。

皆様の温かいご支援を心よりお待ちしております。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(スタッフ:ひるま)