ダシャ・マハーヴィディヤーの誕生

春と秋のナヴァラートリー祭という季節の変化において礼拝される女神たちは、宇宙のあらゆる存在や動きの背後にある動的なエネルギー、シャクティとして崇められます。そんなナヴァラートリー祭でとりわけ熱心に礼拝されるのが、ドゥルガー女神です。

ドゥルガー女神には、ダシャ・マハーヴィディヤーと呼ばれる10の姿があります。さまざまに伝えられるダシャ・マハーヴィディヤーの誕生神話を通じて、女神の重要性を見つめてみたいと思います。

一説に、シヴァ神とパールヴァティー女神の愛の戯れが行き過ぎた時、シヴァ神は激怒し、パールヴァティー女神を捨て去ろうとしました。すると、パールヴァティー女神は自らを10の形に拡大し、10の方向を立ち塞ぎました。シヴァ神がパールヴァティー女神のもとを立ち去ろうとしても、あらゆるところにパールヴァティー女神が立ちはだかり、シヴァ神はパールヴァティー女神のもとを離れることはできなかったといわれます。

シヴァとシャクティは本来一つであり、その結合は解脱として、古くから求められてきました。純粋な意識であるシヴァ神は、それを目覚めさせる母なる女神の力を常に必要とします。私たちがこうして肉体を持って生を受けたのも、純粋な意識であるシヴァ神との結合を達成するために他ありません。

マハーヴィディヤーには、「偉大な知識」という意味があります。美しさだけでなく、恐ろしさも見せる10人の女神たちは、喜びだけでなく、苦しみもある人生を通じ、私たちに多くの知識を授けながら、さまざまな姿で真実を明らかにしていきます。偉大な知識であるダシャ・マハーヴィディヤーと向き合うことで、無知を払拭する力を獲得し、私たちは純粋な意識であるシヴァ神として目覚めることができるに違いありません。

私たち自身の内において結ばれるシヴァとシャクティの愛は、純粋な意識への気づきでもあります。宇宙全体の変化の時であるナヴァラートリー祭は、自分自身がその偉大な愛の中にあることに気づく大切な瞬間です。その愛から切り離すことのできない真実を、自分自身の人生を通じて示していきたいと感じています。

(文章:ひるま)

参照:http://www.speakingtree.in/allslides/dus-mahavidyas-ten-forms-of-the-devi

75、中世宮廷音楽の貴公子:Sarod (2)

18世紀に相次いで登場した、イスラム宮廷の新音楽は、当連載のVol.46でご紹介致しましたデリー宮廷を追われたターンセンの或る子孫が花柳界の歌姫用に開発したのが原点である「カヤール様式」の声楽と、その器楽版の「ガット」に代表されます。
ガットの意味は「定められた」なのですが、たったの数小節ずつの主題、副主題、第三主題、第四主題があるだけなのに、ドゥルパド系器楽の「アーラープ(ターラが無いので太鼓が着かない)」と比較して「定められた」と呼ばれたもので、実際は90%以上は即興です。

そして、その「カヤール」の伴奏楽器が後に詳しご紹介致します弓奏楽器「サーランギー」で、これが独奏するようになったのは1945年前後です。そして、「ガット」の為の独奏楽器が、世界的に有名な「シタール」と、その好敵手「サロード」です。シタールが古典器楽のステイタスを得るのは19世紀中頃ですが、サロードは、18世紀中頃です。が、シタールより難解な為と、ラヴィ・シャンカル氏のような才能と派手さと営業力を持った革新的な天才が現れなかった為、世界的にはマイナーかも知れません。シャンカル氏の義弟、アリ・アクバル・カーン氏も卓越した演奏家ですが、比較すれば派手さと営業力はあまりない実直な演奏家でした。二人は1971年8月のジョージ・ハリソン主催のバングラデシ難民救済コンサートで二重奏を披露しています。この30年インドでも海外でも結構有名なサロード奏者に、アムジャッド・アリ・カーンという人は結構派手で営業手腕もありますが、元々保守派なので、ラヴィ・シャンカル氏とは比較になりません。

ここで特筆せねばならないことが、アムジャッド・アリ・カーン氏が「保守派ということです。保守派という言葉は、改革派が現れて初めて言われるものですが、サロードの改革派とは、サロードを大きく改革した、ラヴィ・シャンカル氏の師匠でありアリ・アクバル・カーン氏の実父である、アラウッディン・カーン氏の一門を言います。
元々アラウッディン・カーン氏は、デリー宮廷のドゥルパッド流派から派生したランプールの分家サロード奏者の弟子でしたが、後にターン・センの末裔に学び、独立後に、サロードを改造し派手な演奏スタイルで人気を博しました。

改造は、「主弦4/伴奏弦2(此処迄が棹の先端にあります)/リズム弦2/共鳴弦11」の伝統サロードを、「主弦4/伴奏弦4/(此処迄が棹の先端にあります)/リズム弦2/共鳴弦15」に変え、全体を一回り近く大きくしたことです。見た目的に前者は棹の先端の左右に6本の糸巻が刺さり、後者は8本刺さります。前者は今日の巨匠で9代目ですが、後者は3代目と大きな隔たりがあるので、前者を「保守派」、後者を「革新派/改革派」と呼ぶ訳なのです。現地では単刀直入に「トラッド派/モダン派」と言われますが、当然後者に属する演奏家は、目前でそんな風に言われれば不愉快そうにしたり反論し、時には激怒します。

また、「ランプールの分家」と前述したことについてですが、元々サロードは、デリー王朝衰退期に北インド古典音楽の最大の中心地となったラクナウで生まれました。アワド王朝の都で、「セポイの乱発祥の地」で世界史に登場します。なのでサロードは、現巨匠の9代前のラクナウ派が正派・本家で、最も多くの作品を継承しています。
一方ラクナウ派と同時期に、ローヒルカンドの中心部シャー・ジャハーン・プールで生まれたサロード派がありました。両派は、6代目と7代目にラクナウ派と婚姻したため、両派は正式には「ラクナウ・シャージャハーンプール派(以下LS派)」と呼ばれます。前述のアムジャッド氏は、一時期「我がグワリオール派こそサロードの発明者」と言ったのでラクナウが騒然としたことがありますが、グワリオール派はLS派の4代目辺りの分派です。この辺りはインドでも1990年代にかなり詳しい文献が出て、発明者論争も現在では下火になっていますが、日本ではまだ知らない人も多いかも知れません。
そして最も肝腎な話しが、前述した「ローヒルカンド音楽家」です。一言で言うと「アフガン音楽家」です。アフガン人(当初はローヒラー族という呼称しかないらしい)は、10世紀のイスラム軍侵入から「ローヒルカンド音楽」が確立する17世紀頃迄の700年、ずっとムガール王朝の優秀な傭兵でした。17世紀に遂に「ローヒルカンド(デリーとラクナウの中間点)」に独立自治地域を確立するのですが、更に細かな部族自治政治を取った為に、藩王国的な歴史は語られていません。強いて言えばデリー王朝とアワド王朝(北はネパールのグルカ/グルングの領土に及ぶ)の領土内に跨がる部族集団ということでしょうか。これは非常に画期的で賢い方策で、近隣と領土紛争が起きない。戦況に応じてどちらにも着ける訳です。当初大名としての領土を持たず、地侍頭集として結束し、近隣の大名配下を渡り歩いた、2016年NHKドラマで改めて有名になった戦国時代の「真田一門」のような感じです。
そして、このアフガン傭兵集団には、アフガン音楽家、軍馬飼育人そして料理人、が居て、私たちが今日インド料理の代表メニューと思う「タンドリー・チキン」も「ナン」も「シシカバブ」も皆彼らが持ち込んだものです。(タンドールという壷料理そのものがアフガン系)。
音楽は、アフガン・ルバーブというパミール・ルバーブとは前代に別れた別系統のルバーブで主に七拍子の軍楽や叙事詩、叙情詩を演奏していました。彼らは10世紀にインド入りした後も、18世紀頃迄は頻繁に故郷を行き来していましたから、私の師匠(LS派の家元)の家には100年前のルバーブがありました。19世紀に新たに故郷から持って来たものです。

つまりサロードは、ルバーブの羊腸弦を金属弦に替え、それに合わせて指板を金属板に替えた楽器で、スライド奏法によってインド古典音楽の技法の全てをあますことなく表現出来るようにした楽器なのです。
このサロードの発明によって、彼ら(ローヒルカンディー/ローヒラー族)は、「ドゥルパド系器楽」を演奏し、ラクナウやシャージャハーンプールの宮廷に登官するようになったのです。そして、6代目の頃に、この連載のVol.49でご紹介したターンセンの末裔バーサット・カーン兄弟の直弟子となって更に重厚なドゥルパド
系音楽を演奏するようになったのです。
私の師匠故:ウマール・カーン氏の父サカワット・カーンは、アラウッディン・カーン氏、アムジャッド氏の父ハフィーズ・カーン氏(アムジャッド氏は父親がかなり高齢の時の子なので孫に近い若さです)と並び、「サロード三羽烏」と称賛されていましたが、唯一ムリダングを伴奏に使うことが許されたほどの保守派正派でした。つまりLS派は、9代の歴史の中で、6代目迄はドゥルパド系器楽をサロードで演奏すると共に、ローヒルカンド音楽をラバーブで演奏し、7代目からはドゥルパド系器楽とガットを演奏して来たのです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ナヴァラートリー祭

ナヴァラートリーとは、ドゥルガー、ラクシュミー、サラスワティー女神をお奉りするヒンドゥー教の三大祭典のひとつです。「ナヴァ」はサンスクリット語で9をあらわし、「ラートリー」は夜を意味します。したがって、ナヴァラートリーとは、9日間の夜となります。この祭典は、春と秋の年2回、9日間にわたって行われます。ヒンドゥー教のカレンダーでは、月齢にしたがっているために毎年開催時期が多少前後しますが、2017年は3月29日から4月5日まで行われます(インドでは3月28日から4月5日までとなる地域もあります)。

ナヴァラートリーの9日間は、礼拝する神さまに応じて、3日間ずつに分けられます。はじめの3日間は、わたしたちの心の中に潜む不純物や悪徳、欠点を破壊するため、強力な戦士でもあるドゥルガー女神を礼拝します。次の3日間は、すべての帰依者に尽きることのない富と幸福を授けるといわれるラクシュミー女神を礼拝します。そして、最後の3日間は、創造主ブラフマーの妻であり、学問と芸術、そして叡智を授ける女神であるサラスワティー女神を礼拝します。わたしたちは人生のさまざまな局面で、神々からの祝福を求めて、3つの側面をもつそれぞれの女神さまにお祈りを捧げます。そのために、この祭典には9日間が費やされます。

ナヴァラートリーの期間中、真摯な帰依者の中には、断食をしながら、健康や繁栄を願って祈りを捧げる人々もいます。じぶん自身の日々の生活を見つめ直して、人生の向上につながる新しい習慣をはじめるには、昔からナヴァラートリーはこの上ない吉祥の日であるといわれています。

9日間を通じ、女神の様々な姿を見つめ自身の心と向き合った後、訪れるのがラーマ・ナヴァミ、ラーマ神の降誕祭です。ヴィシュヌ神の化身でもあるラーマ神は、正義や美徳の象徴であり、悪を倒す為に弓を持ち戦いに赴きます。9日間の夜を通し自身の内に気づきという光を灯すことによって、人は無知である暗闇、悪を倒します。そして、この正義の誕生という日に盛大なる祝福を捧げます。

ナヴァラートリーは、自身の内面に潜む不浄な傾向を克服するために、非常に重要な期間とされています。この神聖な期間を活かして、かつてラーマが悪鬼ラーヴァナに勝利したように、わたしたちの内面に潜む悪魔を討ち滅ぼすことができるよう日々を過ごされてみるとよいでしょう。

参照
[1] “Navaratri” from Wikipedia, Free encyclopedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Navratri

第4回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第4回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第4回グループ・ホーマは、2月25日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

ヨーガ・スートラ第2章第6節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


दृग्दर्शनशक्त्योरेकात्मतेवास्मिता॥६॥
Dṛgdarśanaśaktyorekātmatevāsmitā||6||
ドリグダルシャナシャクティヨーレーカートマテーヴァースミター
見る力と見る働きである力を、一体であるかのようにみなすことが我想である。

簡単な解説:前節において、煩悩を生み出す地である無明とは、無常を常として、不浄を清浄として、苦痛を幸福として、自己の本質でないものを自己の本質としてみなすことであると説かれました。本節では、煩悩の一つである我想について、見る力(プルシャ)と、見る働きである力(ブッディ)を、一体であるかのようにみなすことであると説かれます。

マントラで深まる神々との絆

悟りを求め修行を続ける者たちの霊的修練の一つに、神々の力が宿るマントラの詠唱があります。マントラには、神々の名前や形、性質をあらわしたサグナ・マントラがあり、ある特定の神格のマントラを唱え続けると、やがてその神格の力があらわれると信じられます。また、神々の名前や形、性質を含まず、より抽象的な概念をもつニルグナ・マントラもあります。

純粋な意識である神そのものをあらわすマントラは、発声された際に神聖な音の波動として顕現します。マントラを唱える際には、正しい発音と発声で繰り返し唱える必要があります。古代から受け継がれてきたマントラには神聖な音の波動が含まれており、新たな独自の解釈では、その波動を呼び覚ますことはできず、マントラとしての力を持たないからです。神聖なサンスクリット語のマントラを正しく唱えることで、唱える者の不安定な波動が調整され、純粋な意識があらわれると信じられます。

マントラは、悟りを求め続けてきた聖者たちによって古代より伝えられてきました。例えば、サグナ・マントラとニルグナ・マントラの他に、種子真言といわれるビージャ・マントラがあり、これは神々の力が宿るマントラの真髄として、特別な力を授けると信じられます。こうしたマントラには、純粋な意識を覆い隠す障害を取り除く力が秘められています。マントラを絶え間なく繰り返し唱えることでその障害が取り除かれると、純粋な意識があらわれ、悟りに至ると信じられます。

インドではグルよりマントラが伝授される際、特別な関係を持つ神格(イシュタ・デーヴァター)とその神格のマントラが選ばれます。これは、誰もが過去世で何らかの神格を礼拝しており、その礼拝の痕跡が無意識のうちにあらわれることによります。これらは人々の心理に影響を与え、その行為を浄化するために役に立つものです。もし特定の神格があらわれない場合は、グルの洞察によって選ばれることもあります。礼拝すべき神格と適切なマントラが選ばれると、グルとの神聖な縁を結び、悟りに達するまでマントラの修行を続けます。その他、望む特定の力を得るために、他の神々のマントラを唱えることもできます。

例えば、サラスヴァティー女神のマントラである「オーム アイーン サラスヴァッテャイ ナマハ」を繰り返すと、知恵や知性、創造性が授けられると伝えられます。ガネーシャ神のマントラはあらゆる行いから障害を取り除き、マハームリティユンジャヤ神のマントラは事故を防ぎ、病気や不幸を払いのけ、健康と長寿をもたらすと信じられます。中でも、ガーヤトリー・マントラは、ヴェーダにおいて最高のマントラとして、現代においても広く唱え続けられています。

高い目標に到達するためには、自身の努力はもちろんのこと、神々の恩寵も必要不可欠な要素です。マントラや神の御名を繰り返し唱えることは、神々とのつながりを深める手段として、欠かすことができない、誰にでもできる簡単な方法です。心を込めて、繰り返し唱え続けるならば、やがて水が源泉から湧き出るように、神々の恩寵が内なる泉から湧き出ることでしょう。

(SitaRama)

2017年3月の主な祝祭

2017年3月の主な祝祭日をご紹介いたします。

3月の満月には、インドの3大祭りの一つにも数えられるホーリー祭が盛大に祝福されます。その後の新月を過ぎると、女神を讃える9日間の夜、春のナヴァラートリー祭が始まります。

3月8日 エーカーダシー
3月12日 満月/ホーリー祭
3月13日 ホーリー祭
3月14日 ミーナ(魚座)・サンクラーンティ
3月24日 エーカーダシー
3月26日 シヴァラートリー
3月28日 新月
3月29日 ナヴァラートリー祭の始まり/ウガディ/グディー・パードゥヴァー(インドでは28日となる地域もあります)
3月30日 マツシャ・ジャヤンティ

※地域や慣習によって差異が生じます。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html

シヴァ神のカマンダル

霊性修行を行う人々にとってこの上ない吉兆な時であるマハー・シヴァラートリーは、冬が終わり、長く暑い夏を迎える前の、束の間の心地の良い季節に祝福されます。木々が芽吹き、美しい花が咲き始めるこの時、シヴァ神は、変化の中にある一瞬の大きな喜びへ私たちを導きます。

穏やかな気候の中でシヴァ神と向き合うこの春の夜は、永遠の至福を感じる瞬間でもあります。食を断ち、自我を捨て、空っぽになった自分自身の内に、ただただ大きな幸せと平安が満ちていることに気づくからかもしれません。

シヴァ神は、不死の霊薬として知られ、永遠の至福をもたらすアムリタが満たされたカマンダルという壺をいつも所持しています。乾いた南瓜でできたこのカマンダルを作る過程には、私たちが永遠の至福を得るための霊的な深い意味が秘められています。

カマンダルを作るためには、まず熟した南瓜を収穫し、その果肉と種を取り除かねばなりません。空っぽになった南瓜の皮は、乾燥すると硬くなり、やがてアムリタを入れる器となり変わります。

果肉を取り除くことは、物質への執着を取り除くことを象徴します。執着をなくすことは、霊性修行の重要な行いの一つとして古代から捉えられてきました。そして種は、神々の存在を遠ざけ、私たちに大きな苦難を経験させる自我を象徴します。これらを取り除き、内なる世界を浄化することで、自分自身をアムリタで満たすことが可能となります。

満月から新月へと変化する境目であるシヴァラートリーは、自我が小さくなる時といわれ、霊性修行を行う最も吉兆な夜として崇められてきました。シヴァラートリーを通じ破壊神であるシヴァ神と向き合うことで、苦難を生み出す物質への執着や自我が破壊され、永遠の至福に満ちることができるに違いありません。

常にシヴァ神が所持するカマンダルのように、アムリタに満ちた存在であれるよう、シヴァ神を思う心を強く持っていたいと感じています。シヴァ神の大きな祝福がいつの時も皆様のもとにありますよう、心よりお祈りしております。

(文章:ひるま)

74、中世宮廷音楽の貴公子:Sarod (1)


中世宮廷音楽の貴公子「サロード(Sarod)」を語る為には、まず当時のインド古典音楽の状況をご説明せねば成りません。

古代インド科学音楽は、中世イスラム宮廷の時代に北インド宮廷古典音楽と、南インド寺院古典音楽とに大まかに別れます。
後者は、僅かに残るヒンドゥー勢力が保護した寺院を渡り歩き、イギリスの植民地政策(分割統治)と、イスラム勢力の強大化を抑える動きに助けられたいきさつがあります。そこにヒンドゥー教復興運動が加わって、かつてより宗教色の濃い音楽が出来上がりました。
結果としてブラフマン教=ヴェーダ科学の音楽の系譜としては、一見より相応しいように思えますが、即興演奏が二次的な価値に下げられたことは大きな痛手でした。

逆に北インド古典音楽の場合、イスラム宮廷の長い時代の中で、ラーガ(旋法)の理論が大分失われ、分からなくなった古代ラーガも数多くありますが、即興演奏は依然中心的でした。その結果、「科学性」は今日迄保たれていると言えます。

このことを分かり易く「生薬」に喩えると(実際のアーユルヴェーダ生薬の話しではなく、音楽を生薬に喩えた話しですので誤解無きようお願い致します)
北インド古典音楽の場合。配合が分からなくなった合剤/方剤(複数の生薬のブレンド)もありますが、他の方剤は古代の配合と処方のままで、しかも用いる生薬は「生の植物」で、患者の病状や質に合わせて微妙な調節が可能である。しかし、数百年イスラム教徒の医師が中心となって伝承されて来た。ということです。
他方の南インド古典音楽の場合、同じように分からなくなった方剤が或る中で、古文書を手がかりに「使う生薬名」から再現した。しかし、その配合比は分からない。また、様々な制約の中で生き延びて来た為に「乾燥生薬を煎じて使う」ことが主流になり、病態や質/証に合わせることは殆どしない。したとしても配合比は厳密には考慮しない。が、ほぼ一貫してヒンドゥー教徒の医師(薬剤師)によって継承されて来た。ということです。
従って、南インド古典音楽の方が「古い、伝統的である、ヒンドゥー教音楽として正統的である」というのは、遠からずとも当たらずで、北インド古典音楽の或る部分はより古く、より科学的でもあります。

これは、古代インド科学音楽にとっては、或る意味不幸なことで、宗教や政治のために引き裂かれてしまったようなところがあります。なので、私はインド音楽歴45年のこの10年は、南インド古典音楽のラーガ(旋法)をも多く取り入れながら北インド古典音楽の即興法で演奏した故ラヴィ・シャンカル氏と同様の手法を取って来ました。それは南のヴィーナよりシタールの方が手慣れていることもありますが、即興にも適しているからでもあります。南のヴィーナは、弦の張り方がシタールやギターと逆で、1弦を弾いている時には低い弦が左手の中に隠れます。また南インドの装飾音は「単音が揺れる」ことが主なので、北インドのような数音に装飾を掛けることに不向きな構造になっています。(とりあえず簡潔に言えばの話しですが)この点も心苦しいところですが、南のヴィーナを改造するのも身勝手で恐れ多い気がします。

しかし、17世紀から18世紀の100年、インドの南北を問わず新しい手法や音楽、楽器が次々に創作されました。驚かされるのが、幾つかはその後滅び、ごく近年、この10年20年で大きく解釈が歪められたところも確かにありますが、まだ記録や資料を辿れる近年迄、かなり正確に継承されて来たことです。つまり「思いつき、奇を衒った、目立ちたいだけ」のものではそうはならなかった筈なので、かなり本質的なものを理解し、変えては成らない部分を守りつつ、斬新さを加えて来たのであろうと思われます。
それらが中世後期の「新楽器とその音楽」である訳です。

旧音楽は、イコール「ドゥルパド声楽様式」ということが出来ます。もちろんその派生やその前駆様式もかつては歌われていました。そして器楽は、声楽の合間に演奏されていたのですが、特別な呼称は存在しません。とは言え「ドゥルパド器楽」というのも語弊がありますので「ドゥルパド系器楽」ということになります。
旧楽器ももちろん1945年のイギリス植民地からの独立迄は(宮廷が存在したので)継承されていました。それは前述の弦楽器:ヴィーナ(ルードラ・ヴィーナ)と両面太鼓:ムリダング。そして、後発ですがドゥルパド系器楽を演奏するターンセン・ラバーブ、スール・シュリンンガール、スール・バハールなどです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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2017年マハーシヴァラートリーにおけるニシータ・カーラ・プージャー時間(東京)

2017年は2月25日(インドでは24日となる地域もあります)に、シヴァ神を讃える一年でもっとも吉兆なマハーシヴァラートリーを迎えます。

この日は、夜通しバジャン(讃歌)を歌ったり、マントラを唱えたり、瞑想やプージャーを行って過ごすことが勧められています。

この日の夜でも、もっとも神聖な時間帯は、ニシータ・カーラ(निशीथ काल niśītha kāla)と呼ばれています。
ニシータは「真夜中」、カーラは「時間」を意味し、このニシータ・カーラの時に、シヴァ神はシヴァリンガとして地上に顕現すると考えられています。

2月25日、東京におけるニシータ・カーラ・プージャー時間は、23時28分〜24時19分(26日午前0時19分)となります。

仕事のために、夜通しシヴァ神を讃えることができなくても、この時間帯にシヴァ神に意識を向け、讃えることで、シヴァ神の大きな祝福に恵まれると考えられています。

シヴァ神の祝福に満ちたマハーシヴァラートリーを迎えられますよう、心よりお祈り申し上げます。

参照:http://www.drikpanchang.com/festivals/maha-shivaratri/maha-shivaratri-date-time.html?l=11960&year=2017