インド各地の新年

4月14日はメーシャ(牡羊座)・サンクラーンティです。太陽が牡羊座に入るこの時は、インドの多くの地域で新年を迎えます。

ケーララ州ではヴィシュ、タミルナードゥ州ではプッタンドゥ、ベンガル州ではポヘラ・ボイシャクなど、各地が盛大な祝福に包まれます。また、主にパンジャーブ州ではシク教による新年となり、収穫祭としても祝福されるヴァイサーキーの祝福が行われます。広大な地でさまざまな思想や慣習が入り混じるインドでは、古くからそれぞれ独自の暦が用いられています。

2017年の4月14日は満月から4日目となり、ガネーシャ神を礼拝する吉祥なサンカタハラ・チャトゥルティーにも重なります。

皆様もどうぞ祝福に満ちた時をお過ごしください。

スタッフ日記:フードサービス

チャイルドスポンサーシップ、そしてフード・サービス・プログラムにご支援をいただいている皆様、本当にありがとうございます。

今日はフードサービスについてご紹介いたします。病院の配給は、毎日13:00頃から食事作りがスタートします。作るのはだいたい200食分。病気が蔓延する雨季などは、特別に配給量も多くなります。年中暑いケララなので、煮えたぎる大きな鍋を世話するのは本当に大仕事です。熱々の食事を小鍋に分けて、17:30ころにリキシャで病院へ。

15年前に初めてこの病院を訪れた時の写真が出てきました。病院の周りには新しい建物がたくさんできて、おしゃれなカフェもできました。15年経って、インドは本当に発展しました。でも、この病院での配給は何も変わりません。この15年間、一日も休むことなく、いつも同じ時間に、配給が行われています。

今日も、明日も、明後日も、毎日配給は続きます。

(スタッフ:ひるま)

ヨーガ・スートラ第2章第13節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


सति मूले तद्विपाको जात्यायुर्भोगाः॥१३॥
Sati mūle tadvipāko jātyāyurbhogāḥ||13||
サティ ムーレー タッドヴィパーコー ジャーティヤーユルボーガーハ
根源が存在する限り、出生、寿命、経験が生じる。

簡単な解説:前節において、煩悩を根源とする行為の潜在的な印象(業遺存)は、それが強い場合、即座に現世において現れ、またそれが弱い場合、転生した来世において現れるであろうと説かれました。本節では、煩悩という根源がある限り、出生、寿命、経験が生じると説かれ、業遺存の根源である煩悩を断つことが輪廻からの解放をもたらすということが分かります。

備えあれば患いなし

占星術をやっていて感じるのは、不幸というものは往々にして纏めて、もしくは続けてやってくるのだなあ、ということです。もちろん不幸だけでなく幸福も纏めてやってくるケースも多いのですが、人間というものは不幸の方をより意識化しやすいので、そう感じるのかもしれません。「踏んだり蹴ったり」などという言葉はまさにそういうことを表していると言えるでしょう。
占星術的に見て、一つの星あるいは一つの室(あるいは星座)には多数の意味があり、不幸をもたらす星が巡ってくると、個々人のもつ過去世からのカルマ(行為)に応じて複数の不幸の種を放出するのかもしれません。
春からネガティブな話で申し訳ありません。でもそれらの不幸は出現する前にその大部分を軽減することが可能ですので、あらかじめ準備するのはいいと思います、ということを申し上げたいのです。
もちろん自分の運命を知っての準備がベストですが、たとえご自身の運命をご存じない方でも、あらかじめの準備は可能です。
経済的な問題はシュリー・ヤントラの礼拝で、健康問題はムリティユンジャヤ・ヤントラで、霊的進化の問題はガーヤトリー・ヤントラの礼拝で解決できる可能性が高いです。
不幸が始まってからでも改善可能ですが、あらかじめスタートしていればベストです。不幸が始まる数年前から礼拝を始め、唱えたマントラの数が潜在意識に届くほどの数になっていれば、やってくる惨禍をほぼ完全に避けられるかもしれません。
占星術的にみても、まさに人生は「備えあれば患いなし」なのです。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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スタッフ日記:第8回アンナダーナ終了しました!

第8回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は初めて孤児院での実施となりましたが、無事に終えることができました。

ナヴァラートリー祭の9日間、デリーでは毎日のように40℃の気温となりましたが、最終日には大嵐がやってきてクールダウン。大自然のあらわれである女神様のエネルギーを強く感じます。月の動きによって暦が動くので、今年はアシュタミーとナヴァミが同じ日になっていたところも多く、デリーでは4日にナヴァミが祝福され、4日が学校のお休みでした。5日のアンナダーナでは学校に行っていた子どもたちも多く、みんな一斉には配ることができませんでしたが、学校に行っていた子どもたちは、学校から戻り次第、食事をいただいたとのことでした。

女の子の孤児院になるため、外部からの出入りが厳しく、特に男性スタッフは長い時間留まることができない状況でしたが、子どもたちが大喜びで食事をする姿を見ると、こちらも心からの喜びを感じます。今回は、子どもたち、お世話をする方々、その他の訪問者の方々へ、200~220食分を準備しました。調理はこちらで準備をし、できた食事を孤児院までリキシャで運びます。配るのは孤児院の女性スタッフたち。女の子に対するさまざまな事件が後を絶たないため、男女はとても厳しく分けられています。

床に細長いカーペットを敷いて座り、食事をいただきます。インドではよくある光景です。

なんと、6枚のプーリーを食べた子もいたとか!通常配られるのは一人に4枚ですが、私は2枚でお腹いっぱいになってしまいます。

孤児院にはさまざまなアクティビティが準備されています。

運動をしたり、遊びをしたり、元気いっぱいの子どもたち。

今回は、子どもたちの大好きなハルワーを特別なギーを使用して作ろうと当初からメニューに加えていましたが、やはりハルワーが大人気で、子どもたちはめったに食べられないギーのハルワーに大はしゃぎだったようです。子どもたちから何度も何度も、ありがとう、ありがとう、という言葉。お腹を満たすのはもちろんですが、たくさんの人からの温かい気持ちが詰まったこうした食事は、心の豊かさを育むとても重要なものなのだと思います。今後もより良い形で実施できたらいいなと思っています。

ご寄付もたくさん集まっているので、今月は孤児院と病院での実施を予定していますが、次回は病院での実施予定です。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

ハヌマーンの棍棒

正義の象徴としてインド全土で広く崇められるラーマの側には、献身的に仕える猿神ハヌマーンの姿が常にあります。主に北インドでは、4月11日の満月に、このハヌマーンの降誕祭が祝福されます。

いかなる悪をも寄せ付けない、ヒンドゥー教の神格の中でとりわけ強い力を持つハヌマーンは、ガダーと呼ばれる大きな棍棒を手にしています。ハヌマーンのエネルギーの象徴として崇められるガダーは、他の神格も手にして描かれることが多くあり、霊性を育む深い意味が秘められています。

ガダーは、勇気、活力、そして太陽のような輝きの象徴でもあります。大自然の巡る均衡の中で、地球が太陽の周りを回りながらそのエネルギーを私たちに授けるように、ガダーを用いる時、そこから生じるエネルギーは私たちの心身に大きな意味を与えます。

重心が片端に寄るガダーを適切に操るには、体力だけでなく、統制された強い精神力から生まれる安定が必要です。統制すべきものとは、変化に富む心、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つの知覚器官、そして、発声・操作・移動・生殖・排泄の5つの行為器官といわれます。時に悪を生み出すこれらを統制することができた時、私たちは初めて、悪のない真の平安を生み出すことが可能となります。

ハヌマーンは、もっとも大きなガダーを操ることができる唯一の存在であると伝えられます。それは、ハヌマーンの心がラーマという正義に強く定まり、その感覚や行為が統制されているからに他ありません。事実、ハヌマーンはラーマの妃であるシーター女神を悪の手から救い出し、王国に平安をもたらしました。

ガダーは、議会や大学などでも秩序を守る権威の象徴として飾られることがあります。人間の心の葛藤が描かれているともいわれるインドの古代叙事詩の戦いにおいても、このガダーが多く登場します。それはまるで、霊的探求の道を歩み抜く術を、このガダーが伝えているようです。ガダーを操る力には、霊的な深い意味が溢れ、その力は世界に平安をもたらすことが明白です。

ハヌマーンのようにどんな悪をも払拭することができるように、正義に心を定めて自分自身を統制し、ガダーを操る力を身につけたいと感じています。皆様にもハヌマーンの大きなお恵みがありますように心よりお祈り申し上げております。

(文章:ひるま)

80、世界に知られた:Sitar (3)

前回前々回からご紹介している、インド楽器で最も有名であろうシタールですが、そのスタイルは、北インドで用いられるようになった10世紀から18世紀迄の時代と、18世紀に古典音楽でも用いられるようになってから20世紀冒頭迄の時代、そして戦後の大きな三つの時代に、同じ楽器とは思えない程に変貌を遂げて来ました。
一方、シタールより100程前に古典音楽のステイタスを得たサロードは、前述しましたように、ラヴィ・シャンカル氏の師匠が「大型、多弦」にした他は、奏者の好みで「やや小振りでスリム」「やや大型で太い」などの違いがある程度で、創作された18世紀前半から二種類のままで古いスタイルも辛うじて生き残っています。
それら新楽器に対し、古楽器ルードラ・ヴィーナは、近年「大型でゴテゴテ装飾の楽器」が作られましたが、構造的には恐らく10世紀以前、最も古い説では紀元前1500年頃から殆ど変わりません。その代わり、シタールのプロ演奏家が、例えば新宿区程の大きさと人口のインドの都市に100人は下らないだろうところに、ヴィーナの第一線のプロは、全インドで10人居ないかも知れません。更に16世紀から20世紀迄意外に400年も宮廷古典音楽の双璧のひとつだった「ターンセン・ラバーブ」の場合は、今日後述する例外を除いて、専門職は恐らく皆無です。18世紀後半から100年ほどラバービヤが兼業した「スル・シュリンガール」も同様で、「スル・バハール」も正しい演奏スタイルで言うならば同様です。シタールのように弾く人はまだまだ居ますが。
ラバーブに関する例外はパンジャブ州のシク教徒の音楽に於いて、この20年で急速な復古主義・汎パンジャブ主義の古典音楽最高運動が盛んになり、共鳴弦付きの楽器まで考案され、教祖や聖人的な歴史上の指導者の音楽を再現していると主張しています。

これに対してシタールは、波瀾万丈の歴史を物語る程多様であり、その出番もヒッピーの路上演奏は論外としても、海外の様々な音楽のみならず、インド現地でも映画音楽にも頻繁に用いられます。私もかつては「紀文のはんぺんCM」から「シャンプーCM」まで来る仕事は拒まずやっていました。

言わば、ギターというのがそもそもはスペインのと或る地域の民俗楽器だったのが、極めて普遍的な世界の楽器になったことに近いレベルであるとも言えます。
これを自動車に喩えれば、ヴィーナは、王族の御車、ラバーブは、王室警護の装甲車のようなもので、町中で毎日頻繁には見られない車。スル・バハールが四輪駆動で、サロードがスポーツカー、特殊なスル・スィンガール(シュリンガール)」は貴族のスポーツカーで、庶民が持つものでもなく、スーパーやホームセンターの買い物には使いません。それに対し、シタールは、お買い物に便利な軽自動車から、スポーツカータイプ、四輪駆動まで様々。つまり「シタール」は、「自動車」という程大きな「観念」でしかないのです。

もちろん、インドの外から眺めたり、海外で見れば明らかに個性的で存在感豊かな民族楽器ではあるのですが、インドの中に持って行き、音楽史を俯瞰するとそういうことなのです。
それもそもそも「シタール=Sitar」が単に「三弦」という意味合いであったからに他成りません。

以前にお話しましたように、古代には「ヴィーナ」がその感覚で、十数種もありました。「ルードラ・ヴィーナ」は、その中で生き残った存在ですから、歴史を逆戻りすることはなかった訳です。ターンセン・ラバーブもスル・バハール、スル・シュリンガール、サロードも、「構造と奏法」に意匠性が強いので、その名称は固有名詞的でもありブランド的でもあるのです。

それに対し、10世紀から18世紀迄の長きに渡って、シタールは実に様々なものがありました。
ラージプートや西インドの細密画を丹念に年代別に検証してみると、「フレットのない伴走専用のシタール」「フレットが少し在り,主に伴奏だが旋律もしばしば弾いたシタール」「フレットが充分にあるので旋律楽器だが、単に伴奏楽器として構え描かれているものが多いシタール」の最低三種はありました。つまりこの一番目などは、伴奏専用弦楽器「タンブーラ」と大して変わらないのです。

それもその筈、西アジア・中央アジアの「タンブール」がインドにもたらされたものが全ての始まりで、タンブールは、「単弦か複弦の三弦構造の楽器(多いものでは5〜6本張る)」だったのです。従って10世紀の時点の正しい呼称は、全て「タンブール」だったのが、特に「単弦三本」と「複弦が一ヶ所の四本の三弦」を「シタール」としていたのでしょう。恐らく、演奏者と演奏の場所で「格付け」が為されていたのだろうと考えられます。

似た話しが10年以上前のTVCMに見られました。息子さんの音楽に対してあまり理解がなかった父親が音楽留学先へ「ラッパの調子はどうだ?」とメールを送る。息子さんが何となく嬉しいと思いながらも「ラッパじゃねぇえよ」とつぶやくというものです。(実際はサックス)
もちろん「ラッパ」は卑下の意味だけではありませんし、軍隊ラッパなどは他の名称もありません。ですが、通称、俗称には幾分かの卑下も認められ、少なくともその世界の中でのことを理解しているとは言えないものが少なくありません。

つまり、シタールのインドでのスタートは、「粗末な」そして若干「卑しい」楽器からだったのです。そして数百年の間、修行僧、花柳界、やや上格の宮廷宴楽で、歌手が片手間に用いることが主だったのです。
それが18世紀半ばに、やたら派手な超絶技巧の間奏がむしろ評判の歌い手レザ・カーンなどが現れて都市の知識階級の間で大流行し、器楽楽器としての可能性に着目する音楽家が増えたことが古典楽器への昇格のきっかけなのです。

今やほとんど貴重になりましたが、カシミールには、18世紀以前のシタールに「サワリ駒」を付けた過渡期の楽器が生き残っています。同様に、戦火で風前の灯火でしょうし、平和な時期(1978年以前)でも最早貴重になっていましたが、アフガニスタンにも「シタール」があり、その手前パキスタン北部山岳地帯にもありました。何れも共鳴弦がなく、リズム弦は持っていましたが、駒はサワリではありません。アフガニスタンでは共鳴弦があれば、それは「タンブール」か「ヘラート(西部)のドタールもしくはパンジタール」です。
インドにも旋律楽器「タンブール」が伝わった筈ですが、その一種のシンプルな「シタール」ばかりが好まれたと考えられます。ただ、分類上ではタンブールの仲間であることは誰しも分かっていたようで、後の伴奏専用には「ターンブーラー/ターンプーラー」の名が付けられました。末尾の「Ra」は長母音ですから、タンブールの名が転じたものか、何らかの理由で区別したのかも知れません。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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カーマダー・エーカーダシー

2017年4月7日はエーカーダシーの吉日です。月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。

チャイトラ月(3〜4月)の新月から11日目にあたるこのエーカーダシーは、カーマダー・エーカーダシーといわれます。このカーマダー・エーカーダシーは、罪を清め、あらゆる願いを叶える吉兆な時であると信じられます。

カーマダー・エーカーダシーには、次のような神話があります。

ガンダルヴァ(奏楽神団)の夫婦であるラリタとラリターは、有名な歌い手と踊り手でした。二人は常に寄り添い、素晴らしい歌と踊りを披露します。ある時、王宮に呼ばれ独りで歌を披露していたラリタは、その場にいなかった妻のラリターに心が動き、歌を間違えてしまいます。怒った王はラリタに呪いをかけ、その姿を非常に醜いものとしてしまいました。ラリターと共に、醜い姿を持ったラリタが森を彷徨っていると、ある聖者に出会います。すると聖者は、このカーマダー・エーカーダシーのヴラタ(戒行)を行うことを勧めます。そしてこのヴラタを努め上げ、元の姿を取り戻せるようクリシュナ神に加護を求めると、ラリタはガンダルヴァとしての姿を取り戻したと信じられています。

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Kamada_Ekadashi

ヨーガ・スートラ第2章第12節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


क्लेशमूलः कर्माशयो दृष्टादृष्टजन्मवेदनीयः॥१२॥
Kleśamūlaḥ karmāśayo dṛṣṭādṛṣṭajanmavedanīyaḥ||12||
クレーシャムーラハ カルマーシャヨー ドリシュタードリシュタジャンマヴェーダニーヤハ
煩悩を根源とする業遺存は、現世において、また来世において現れる。

簡単な解説:前節において、煩悩が心の働きとして現れた場合、瞑想によって除去することができると説かれました。本節では、煩悩を根源とする行為の潜在的な印象(業遺存)は、それが強い場合、即座に現世において現れ、またそれが弱い場合、転生した来世において現れるであろうと説かれます。

2017年4月の主な祝祭

2017年4月の主な祝祭日をご紹介いたします。

続いている春のナヴァラートリー祭はラーマ・ナヴァミをもって終わりを迎え、その後は満月にハヌマーン神の降誕日とされるハヌマーン・ジャヤンティ、そして一年の中の大吉日であるアクシャヤ・トリティヤが祝福されます。

4月4日 ドゥルガー・アシュタミー/カンニャ・プージャー
4月5日 ラーマ・ナヴァミ/ナヴァラートリー祭の終わり
4月7日 エーカーダシー
4月9日 マハーヴィーラ・ジャヤンティ(降誕祭)
4月11日 満月/ハヌマーン・ジャヤンティ(降誕祭)
4月14日 メーシャ・サーンクランティ/ヴァイサキ、ヴィシュなどインドの一部地域における新年
4月22日 エーカーダシー
4月25日 シヴァラートリー
4月26日 新月
4月28日 パラシュラーマ・ジャヤンティ
4月29日 アクシャヤ・トリティヤ
4月30日 アーディ・シャンカラーチャリヤ生誕祭

*地域や慣習によって、祝祭の日にちには差異が生じることがあります。

1年を通じた祝祭、またその詳細について、インド暦カレンダーでご紹介しております。

参照:参照:http://www.drikpanchang.com/panchang/month-panchang.html