私たちの今ある生命というものは、魂(精神)と物質(肉体)の結合であるといいます。これが離れ離れの時、生命は存在しません。そしてこの、精神と肉体をつなぎ合わせているもの、それがプラーナという生命エネルギーです。
私たちは自然に、そして無意識に呼吸を続けています。私たちに呼吸をさせているもの、それが、このプラーナだと言われています。プラーナが体に存在している間、私たちはこの生を生き続け、それがなくなった時、肉体に死が訪れます。
ヨーガのプラクティスにおいても、この生命エネルギーのコントロールは欠かせません。プラーナーヤーマと言われるそれは、パタンジャリのアシュターンガ・ヨーガにおいて、サマーディへと行くための4番目のステップに位置し、ハタ・ヨーガの聖典ハタ・ヨーガ・プラディーピカーにおいては、体を浄化する方法の一つとして、どちらも瞑想の段階へと進むために必要不可欠なものとして挙げられています。
また、プラーナーヤーマは外側の世界から自分の内側へと、散漫する意識を集中させる大切な術のような気がします。鼻の穴から入る呼吸が鼻腔を通り、喉元を過ぎ、肺を満たす。吸って止め、そして吐く。その繰り返しの中で体を巡るプラーナの流れに焦点を当てることで、他の思考が心に入り込む隙間はありません。意識は、現在という瞬間に留まります。
そして、心が落ち着かない時、呼吸が乱れていることに気がつくことが少なくありません。ただじっと座って心の観察を続けてもその乱れが静まらない時、いつも、呼吸に集中します。ただじっと座るだけの瞑想はやはり難しいものであり、集中する対象があるとそれは実に簡単になるのです。
プラーナーヤーマによって精神の集中力は高まり、直感力は鋭く、そして心は落ち着き、確かになります。インドの神様たちも、死を恐れるあまり、このプラーナーヤーマを行っていたと聖典では述べられています。ストレスや緊張を和らげ、リラックスすることができるだけでも、体の細胞は生き生きとしてくるに違いありません。呼吸をコントロールすることは、生命エネルギーを漲らせること。
ヨーガを行う人々がいつまでも若々しいのは、そのためのような気がします。
(文章:ひるま)
雑記帳
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