スピリチュアルインド雑貨SitaRama

雑記帳

束縛からの解放

ここでの生活において、マントラを唱えることは欠かせない日常の一部です。マントラの詠唱は、その音の振動が様々な変化を生み出し、体と心を浄化するとも言われています。
「熟したキュウリが蔦の束縛から自然に落ちるように、私たちを死から解き放ち、不死へと導いてください。」 というのは、マハー・ムリティユンジャヤ・マントラと言われるとても有名なマントラです。その意味を初めて知った時、キュウリ?と驚いてしまったのを今でもよく覚えています。
そのキュウリを例えに、このスピリチュアルな世界の教えを聞いたことがありました。「熟したキュウリは、勝手に落ちます。熟していないうちは、激しく揺さぶっても、手でちぎろうとしても、蔦から離れようとはしません。内側から熟さない限り、束縛からは一生離れることはできないのです。」と。
私たちは、いつも外側の世界に幸せを見出そうとしています。物や社会的な地位や名誉といったものばかりに幸せを見ていると、その心はもっともっとという欲を、そして執着を生み出し、いつまでたっても満たされない苦しい状態を作り出します。常に変化を続ける外界に見出された幸せは、揺ぎやすくとても不安定なものであり、ある時、絶望を与えることがあるかもしれません。
多くのスピリチュアルリーダーがそうであると言われるように、彼らはたくさんの痛みを経験しています。外側の世界に意味を見いだせなくなった時、人々の意識は内側へと向かい始めます。そして、そこにある世界に気がついたとき、揺るがず決して変わることにない幸福に満たされるのだと言います。
長い瞑想を終えた後に感じたことがありました。一日中目を瞑り、沈黙を続ける内側の深い静寂の中で、ふと眼を開けた際に映る山々の緑は一層深く、慎ましいながらも食事の味は濃くはっきりと、川の流れる音や、風に揺れる木々の音までが大きな振動となって、自分に伝わってきたのです。
自分の内側を大切に育み、そこから熟していくことの意味をその時はっきりと感じました。内側がしっかりとしたものであれば、全てのものを大切に、そして幸せというものは自分の中から生じるものであると理解できるような気がします。そして、それに勝る幸せというのは、他にありません。
自分を束縛し続ける、外側にある幸せ。そこから解き放たれるために、既に持つ内側にある幸せに近づこうと、今日もマントラを唱えています。
(文章:ひるま)

コメント

    • keigo
    • 2011.06.14 2:59am

    シータラーマは珍しいものを置いてるんですね。
    また面白そうなものがあれば購入させて下さい。
    よろしくお願いします。

    • SitaRama
    • 2011.06.14 4:06pm

    Keigo様
    ありがとうございます。
    これからも、皆様にお喜びいただけるように、商品を充実させて参りますので、今後ともご愛顧のほどどうぞよろしくお願いいたします。

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