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雑記帳

ラーマ神と黄金の鹿

羅刹の王であるラーヴァナを倒すラーマ神の歩みが綴られた叙事詩のラーマーヤナ。
この壮大なラーマ神の行状記は、私たちの内にある善の質と悪の質の戦いとして読み解かれることが多くあります。
多岐にわたるその解釈は、人生においてさまざまな課題に直面する私たちに大局的な視点を与え、迷う日々に正しい道筋を描いてくれるものです。

たとえば、ラーマ神が王国を追放され、妃であるシーター女神らと森で暮らしていた時のこと、現れた黄金の鹿にシーター女神が心を奪われたことがありました。
シーター女神がその黄金の鹿を捕まえて欲しいとラーマ神に頼むと、ラーマ神は鹿を追いかけ撃ち捕らえます。
しかし、ラーマ神がシーター女神のもとを離れた隙に、シーター女神はラーヴァナに誘拐されてしまいます。
すると、その物語は凶悪な悪との戦いに突入します。

ここに現れる鹿は、もともとはマーリーチャというラーヴァナの叔父にあたる存在でした。
魔術に長けたマーリーチャは、聖仙を邪魔しては祭祀を台無しにする忌わしい羅刹のひとりでした。
ラーヴァナは、そんなマーリーチャにシーター女神を誘拐する手助けをするように頼みます。

しかし、マーリーチャはラーマ神の資質と武勇について熟知していたため、ラーヴァナを思いとどまらせようとしました。
一方で、ラーヴァナに従わなければ、命を奪われることも理解していました。
そんなマーリーチャは、ラーヴァナに命を奪われるよりも、ラーマ神に命を奪われることを望み、ラーヴァナの計画を受け入れます。
そして、鹿になったマーリーチャは、ラーマ神に倒されました。

このマーリーチャの行いが発端となり、シーター女神は誘拐されるも、その後に突入した戦いによって、ラーヴァナはラーマ神に倒されます。
ラーマ神という正義に倒されることを望んだマーリーチャの行いは、大混乱を引き起こしながらも、もっとも凶悪なラーヴァナを倒し、正義であるラーマ神に勝利をもたらすものとなったのです。

これは、私たちの人生の歩みにも見ることができます。
ラーマ神という正義に深い理解があれば、私たちは人生において常に正しい選択をすることが可能になります。
たとえそこで苦難を経験しても、それは自分自身のもっとも凶悪な質を倒す大切な機会となることを、心に留めておかなくてはなりません。

その苦難も、ラーマーヤナに綴られるラーマ神の歩みを辿ることで、容易に乗り越えていくことができるはずです。
そうして戦いに勝利し、人生の終わりを祝福することができるように、日々を学びの場として大切に過ごしていきたいと感じます。

(文章:ひるま)

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