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雑記帳

ピトリ・パクシャ

現在インドの一部地域では、「ピトリ・パクシャ」を迎えています。「ピトリ」は先祖を意味し、「パクシャ」は月の満ち欠けのそれぞれ約2週間を意味します。先日の満月(9月9日)から次の新月(9月24日)までの約2週間が、この先祖供養の時となります。
一説には、亡くなった3世代の先祖の魂は、死の神・ヤマが司るピトリ・ローカと呼ばれる天と地の間にいると信じられています。そしてこの約2週間に、その先祖たちが地上に舞い戻ると考えられ、この間にシュラーッダ、タルパナなどと呼ばれる儀式やその他さまざまな供養を行うことで、亡くなった魂は私たちを祝福し、幸せに旅立っていくと伝えられます。
この間は儀式と共に、先祖だけでなく、貧しい人々への食事の施しが特に先祖を幸せにする行いの一つとして、広く執り行われます。こうした先祖供養の背景には、さまざまな言い伝えや聖典の記述が存在し、供養の方法にも複雑な過程が含まれています。
インドの死生観の中で、とりわけ深く学ぶものは魂の永遠性です。聖典バガヴァッド・ギーターでも広く引用される節に以下の箇所があります。
私は未だかつて存在しなかったことはない。
あなたも、ここにいる王たちもそうだ。
そして、私たちはすべて、これから先、存在しなくなることもない。
(バガヴァッド・ギーター第2章第12節)
終わりを迎えるのは肉体(物質)のみであり、魂(精神)は始まりもなく、終わりもなく、ただ永遠に存在しています。だからこそ、移り変わる肉体(物質)のために嘆き悲しむなと、聖典の中で繰り返し説かれてきました。永遠に、そして遍在する魂を常々想うことは、精神の繁栄と豊かさ、そして平安をもたらすものです。
この先祖供養においては、自分自身の先祖だけでなく、亡くなったあらゆる魂に祈りが捧げられます。そうして深まる精神性が全体に広がり、人々が永遠の平安に安住することができるようこの時に祈りを捧げたいと感じています。
日本でもまた、秋のお彼岸を迎えようとしています。今、姿形の見えない魂であっても、それは永遠に遍在していることを胸に刻み、あらゆる魂が平安にあるよう、自分自身の精神も育んでいきたいと感じています。
(文章:ひるま)

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