図は、前回ご説明したAlapのイメージです。横の直線が、基音Sadaj(サ/ドレミのド)で、ラーガの山並み(Swalup)にとっての地平線のような性格です。まず、それぞれのラーガ(旋法)は、「Sa/サをどう取るか?」によって始ります。
次にじっくりと時間を掛けて中音域前半(Purab-Ang)に在ることが多い「主音(Vadi)」を提示します。続いてSa(基音)と対峙する関係にあるPa(属音)とその周辺の音関係を提示し、一旦音域は下がります。そして、再び展開は上昇し、高音域に一気に向かいます。この時「Sam-Vad(副主音)」も関連付けられます。
再び一旦下がってSaに戻った後は、更に一気に最高域に至って、じっくりと下降しSaに戻って完結します。
これらの山並みは、殆どのラーガに共通ですが、展開する音域はラーガによって異なります。また、細かな山並みは勿論ラーガによって異なります。
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これらは、最短で15分、最長で90分程度で演唱/演奏しますが、それぞれの展開「Varna」を、良く言ってじっくりと、悪く言えば回りくどく展開することで時間は如何様にも伸び縮みするのです。しかし、図のような形(Swarup)はそうそう変わりません。長い場合は、「こまかな山並み」が増えるだけで、大きな山並みまで変わってしまうのは、「迷いの多い下手くそなアーラープ」もしくは、「分かっていないアーラープ」ということになります。けっこうプロでも少なくありません。
このような図の「細かな山並み」は、そのラーガを理解していなければ、書けませんし読めません。逆に言えば、理解している者にとっては楽譜のようでもあり、楽譜以上に全体像と為すべき流れを理解出来る、正に「ヤントラ」なのです。
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次の図は、各様式に於けるアーラープの構成です。
ドゥルパドでは、自由リズム(ビート感が無い)においてラーガの山並み(前図のアーラープの山並みとは別義)を提示した後、中途のテンポの2拍子で「ノントン」と呼ばれる第二部・展開部に進みます。「ノントン」は、意味の無いシラブル「ノン、トン、レー、リー、ノー、ノーム」などを発声することからの呼称です。ここで複雑なリズム展開や、細かな音の展開を見せ、ラーガの奥行きを聴かせます。
カヤールでは、初期のスタイルは、ドゥルパドとの差別化を計ることで特徴を強調しましたが、カヤールが定着して50年100年の後には、改めてドゥルパドの技法や構成を取材し、ドゥルパドに近い形に変化しました。その結果、「アー」で歌われる第一部の後は、ドゥルパドの「ノントン」に似たシラブルによる複雑な技法を聴かせる部分に進みます。流派によって異なりますが、ドゥルパドの「ノー、レー、リー」などの他、13世紀に興ったといわれる神秘主義歌唱法「カッワーリ」のシラブルなども転用しています。
器楽「ガット」では、自由リズムの第一部の後、中庸の2拍子の「ジョール」が第二部に置かれ、その後弦楽器はリズム弦を多用して速い4拍子の第三部「ジョール」を展開します。声楽には「ジョール」はありませんが、第二部がグラデーションで速くなることは少なくありません。このガットの三部作は、ドゥルパド器楽からの転用です。ドゥルパド歌手がヴィーナで演奏したものですが、同じ音楽家がドゥルパドを歌う時には「ジョール、ジャーラー」の区別は曖昧になります。
声楽の伴奏楽器だった弓奏楽器サーランギーの独奏や、近代になって古典音楽楽器となった竹の横笛バンスリなどのロングトーンの楽器の場合、ガットとカヤールの双方および混合のスタイルを演奏するため、しばしば「ジャーラー」のようなことを、(リズム弦が無いにも拘らず)Saの音を細かく旋律に織り交ぜて聴かせたりします。
南インド古典音楽では、「アー」で歌う第一部の後の第二部では、本曲で聴かせる歌詞の主題の言葉を用いた即興「Niraval」が歌われます。これは北インドの叙情歌の真骨頂でもあり、北インドのカヤールでも重要な技法であることから、南北インドが分裂する前の様式と説く研究者が少なくありませんが、これは中世に北インドの模倣をしたものと考えられます。同様に前述のスーフィー神秘主義歌唱「カッワーリ」から派生した「スキャット唱法:Tarana」も南インドでも流行し、今日も「Thillana」の名で重用されています。
南インド古典音楽の第二部では、この他、「Tanam/Thanam」と呼ばれるリズム・ヴァリエーションに重きを置いた様式が展開することも少なくありません。これは北インド古典音楽の器楽アーラープの第二部「ジョール」と極似しますが、リズム展開に固執する点が特徴で、南インドでは声楽でもこれを行います。南インドの第三部は近代殆ど割愛されています。しかし、三部構成であったことから、ドゥルパド器楽と同じ基礎(古代音楽/科学音楽)に根差していることが確認出来ます。
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これらについて極めて重要なテーマがふたつあります。ひとつは、アーラープの構成が二部、三部となった場合、各部それぞれで「ヤントラ」と称した図の山並みを表現するのです。つまり第一部では「自由リズムでヤントラのスワループを具現」、第二部では「中庸の2拍子でヤントラのスワループを具現」、第三部では「速い4拍子でヤントラのスワループを具現」ということです。
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更に、ドゥルパド、カヤール、ガットの本曲の前半でもこの「ヤントラのスワループの具現」を展開するのです。チョーター・カヤール、レザ・カーニー・ガットでは、早々に切り上げて、短い技巧的な即興の展開に移行しますが、バラ・カヤール、マスィート・カーニー・ガットではそれが本懐なので、ゆっくり充分に時間を掛けて、優に一時間以上演奏します。
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この部分は、「Vistar(説明/物語)」と呼ばれます。正に神格化されたラーガそのものの「神格」を物語るのです。
以前にも述べましたが、これはTV番組の「ゲスト・コーナー」のようなものです。
有名なところでは、長寿番組「徹子の部屋」や、一頃人気だった「さんまのまんま」がありますが、黒柳さんや明石屋さんまさんは、ラーガ演奏者としては自分を出し過ぎ、語り過ぎ、ご自身の感覚、価値観や持論に我田引水し過ぎで、はっきり言って失格です。
とは言え、一昔前のNHKアナウンサーのような司会者では、ゲストの人格もストーリーも無味乾燥に感じられるのもまた事実です。アーユルヴェーダ療法音楽としては、むしろそれが正しいのですが、宮廷芸術音楽~今日の古典音楽としては、無味乾燥という訳にはいきません。
(音楽療法に於ける場合は、表層的な感情・感覚・興味関心にとって「無味乾燥」であっても、「体の細胞・臓器・チャクラ・ナーディー・心・魂にとっては、むしろ「濃味湿潤」なのです。むしろ表層的にはピンと来ない類いに本物があり得ます)
その結果、現地インドでも1990年代から、黒柳さん、明石屋さんのような演奏家が大衆迎合して地位を築きました。しかし、それは、全てのラーガの「ラーガのヤントラ」が、黒柳風、明石屋風にデフォルメされたり割愛、消去されているもので、用いる音階が似ていると似たように聴こえるというほど幼稚な過ちさえ散見します。
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何時も、最後までご高読を誠にありがとうございます。
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また、現在実施しております「インド音楽旋法ラーガ・アンケート」は、まだまだご回答が少ないので、
是非、奮ってご参加下さいますよう。宜しくお願いいたします。
4月~6月も、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行います。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。
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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。
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(文章:若林 忠宏)
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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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