パーパモーチャニー・エーカーダシー

2017年3月24日はエーカーダシーの吉日です。月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。

パールグナ月(2〜3月)の満月から11日目にあたるこのエーカーダシーは、パーパモーチャニー・エーカーダシーといわれます。パーパは「罪」、モーチャナは「解放」を意味し、このパーパモーチャニー・エーカーダシーは、罪を清めるとりわけ吉兆な時であると信じられます。

パーパモーチャニー・エーカーダシーには、次のような神話があります。

森に住む聖者メーダーヴィは、瞑想の達人として知られていました。ある時、メーダーヴィのもとへマンジュゴーシャという美しい声を持つ女性があらわれます。

マンジュゴーシャはメーダーヴィを誘惑すると、二人は共に暮らすようになりました。時が経ち、マンジュゴーシャはメーダーヴィのもとを離れます。メーダーヴィはこの時、自分自身が感覚の虜になっていたことに初めて気づきました。メーダーヴィは怒り、マンジュゴーシャを魔女としてしまいます。

その後、メーダーヴィとマンジュゴーシャはこのパーパモーチャニー・エーカーダシーの戒行を努め上げました。するとその罪から解放され、メーダーヴィは聖者として、マンジュゴーシャはかつての美しい姿を取り戻したと信じられます。

月の満ち欠けのそれぞれ11日目に訪れるエーカーダシーは、ヴィシュヌ神に捧げられる日となり、断食や瞑想を行うことが勧められます。11が意味するものは、5つの感覚、器官、そして心を合わせた11のものであり、エーカーダシーにおいては、それらを統制することが重要な行いとなります。

特に断食は、絶え間なく働き続けていた体のあらゆる部分を休ませ、忙しなくあちこちに飛び散っていた意識を落ち着かせます。体の浄化に加え、欲から切り離されることで心の雑念までもが洗い流され、神が宿る場所としての肉体、精神が生み出されていきます。

困難を伴う感覚の統制も、瞑想やジャパなどを通じ崇高者に心を定めることで容易なものとなります。エーカーダシを通じ瞑想するヴィシュヌ神の本質は、時の流れにかかわらず、宇宙が生成する以前に存在し、そして消滅した後も存在し続けると言われます。エーカーダシーは、万物の中にあまねく浸透する存在と一つとなる機会でもあります。

この日、断食や瞑想を通じ、自分自身を浄化する行いを努めてみるのも良いかもしれません。皆様にとっても吉兆な時となりますよう、心よりお祈りしております。

参照:http://www.iskcondesiretree.com/page/papamochani-ekadasi