前回の記事では、サンスクリット語の動詞には
パラスマイパダ(能動態)とアートマネーパダ(反射態)という
区別がある、という話をしました。
パラスマイパダとはサンスクリット語で「他者のための語」を意味する文法用語で、
動作主以外の何かのために行為を行うときの活用。
アートマネーパダとは「自分のための語」を意味する文法用語で、
動作主自身のために行為を行なうときの活用。
ヴェーダ聖典ではそれぞれ意味の区別がはっきりありましたが、
時代が下るにつれてその違いは曖昧になっていき、
パラスマイパダだけで活用する動詞、
アートマネーパダだけで活用する動詞、
(文脈や韻律に合わせて)両方で活用する動詞
と、固定化されていきました。
今回は、現在形パラスマイパダの例として
√bhū (~なる、~ある)の活用を紹介します。
この動詞は、いわゆる「be動詞」と考えればよいでしょう。
また、bhū-(大地)、bhuvana-(世界)、などの語根でもあります。
もともとの「語根」√bhū が、
実際に活用するときには、bhava-という「語幹」に変身し、
その後に「語尾」がくっつきます。
サンスクリット語の文法家は、動詞を語幹の形によって10種類に分けました。
√bhū- は「1類」の動詞です。
「1類」の動詞は
1.語根の最後に-a-を添えた形が語幹になる。
2.最後に母音がくる語根(例:√bhū-、√ji-)、または、
最後が1個の子音でその前が短母音の語根(例:√ruh-)は、その母音はグナになる。
と説明ができます。
グナというのは母音の段階的な種類のこと。
サンスクリット語 グナとヴリッディ(以前投稿した表を参照してください)
√bhūの母音-ū-のグナは-o-なのですが、
最後に幹母音-a-がつくために、-av-a-、結果的にbhava-となります。
その他の動詞の語幹の例を見て、母音の変化に注目してください。
√bhū- (~なる)→ bhava-
√nī- (導く) → naya-
√ji- (勝つ) → jaya-
√pat- (落ちる)→ pata- (aのグナはaなので母音の変化は無し)
√ruh- (登る) → roha-
このように形を変化させた「語幹」の後に付くのが「語尾」。
現在形パラスマイパダの語尾は、次のようなものです。
単数 | 両数 | 複数 | |
1人称 | -mi* | -vaḥ* | -maḥ* |
2人称 | -si | -thaḥ | -tha |
3人称 | -ti | -taḥ | -anti+ |
*語幹母音-a-は、m、vの前で長母音になります。
+語幹母音-a-は消滅します。
これらの語尾を、さきほどの√bhū -の語幹bhava-にくっつけてみましょう。
√bhū(~なる)の現在形パラスマイパダ | |||
単数 | 両数 | 複数 | |
1人称 | bhavāmi (私は~なる) |
bhavāvaḥ (私たち二人は~なる) |
bhavāmaḥ (私たちは~なる) |
2人称 | bhavasi (あなたは~なる) |
bhavathaḥ (あなたたち二人は~なる) |
bhavatha (あなたたちは~なる) |
3人称 | bhavati (彼は~なる) |
bhavataḥ (彼ら二人は~なる) |
bhavanti (彼らは~なる) |
例文:
(1)देवाः असुरान् जयन्ति। devāḥ asurān jayanti| 「神々はアスラたちに勝つ。」
(2)गजः गिरेः पतति। gajaḥ gireḥ patati| 「象が山から落ちる。」
(3)कृष्ण त्वम् मनुष्यान् देवलोकम् नयसि। kṛṣṇa tvam manuṣyān devalokam nayasi| 「クリシュナよ!あなたは人間たちを天界に導く。」
(4)मम पतिः वने भवति। mama patiḥ vane bhavati| 「私の夫は森にいる。」
(文章:prthivii)
質問コメントさせて頂きます。
こちらの記事を見ていて、あれ?と思った点があり質問させて頂きます。
この記事の人称の説明を見ていて、1人称(私は~なる)2人称(あなたは~なる)3人称(彼は~なる)となっているのですが、とあるサイトの説明では「インドでは人称の言い方が逆で、「彼、彼女」が1人称、 「あなた」が2人称、「私」が3人称です。」と説明されています。
これは、どちらが正しいのでしょうか?
教えて下さい。
よろしくお願いします。
らいむ様
ご返信が遅れて大変申し訳ございませんでした。
インドの文法家が定義する3つの人称は、らいむ様のおっしゃるとおり一人称が「彼、彼女、それ」、三人称が「私」となりますが、ブログでは混乱を避けるために一般の用法に置き換えて説明しておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。