154、アーユルヴェーダ音楽療法入門15(そもそも精神世界とは?-その3-)

1、世界一用語が混乱している日本
「精神世界の語彙」のみならず、そもそも日本は世界で一番「現地専門用語のそのまま使用」が多く、そして混乱している国ではないでしょうか?

例えば昭和30年代生まれの私の子どもの頃は、お医者さんはほぼ全ての人がカルテをドイツ語で書いていました。「何故ドイツ語で書くの?」と訊けば「患者に分からないように」と正直に答えたお医者が居たそうな。まだインフォームド・コンセントの観念が普及していない時代のことで、むしろ逆に「秘密主義」的な姿勢が強かった時代です。そこで、「ではドイツのお医者は?」と訊けば「そりゃあドイツ語に決まってるだろう」という呆れた返答だったと言います。おそらく昔からイタリアのお医者、スペインのお医者は母国語でしたでしょう。「世界で日本だけが」の典型例です。

ところが、クラッシック音楽用語に関しては西洋でも、日本の「カルテはドイツ語」と同じ状況(音楽用語はイタリア語)があったようで、バッハ(独)、モーツァルト(墺)の時代(18世紀前半)はイタリア語を用いていたようです。中世~ルネサンス~バロック時代を通じて、長らく「イタリアは、西洋クラッシック音楽の発祥の国でありリーダー」と考えられていたからと言います。それがベートーヴェン(独)の時代(18世紀後半)まで続き、徐々に母国語を用いる(加える)ようになり、19世紀後半のマーラー、ブルックナー(墺)、ドビュッシー、ラベル(仏)の時代になると母国語の比率が増したと言われます。

必然的に明治以降の日本に於ける西洋クラッシック音楽教育では、イタリア語の楽語を完全に記憶していなければならず、ドイツ・オーストリア人の作品、フランス人の作品を学ぶときには、ドイツ語、フランス語の音楽用語も覚えなければならなくなってしまったのです。
ところがアメリカの交響楽団などは、早々に全てを英語に換えたとも言われます。そもそも各国の母国語の音楽用語の大半は日常用語なのです。ところが、合理主義に徹したアメリカのように「ならば母国・日常語で良いじゃないか」とならないのが日本なのです。

インド古典音楽の楽語の場合、今では日常用いられなくなったサンスクリット語の用語が3割程度で、中世イスラム王朝宮廷音楽時代のペルシア語、トルコ語、アラビヤ語が3割、今日日常も通じるヒンディー語が2割、今日も通じる筈ですが、「かなりかしこまった言い方やハイソな言い方、古臭い言い方」のヒンディー語が2割、といった感じです。

インドのリキシャ(人力車が伝わり現代はもっぱら自転車リキシャやオートリキシャ)ワラ(人夫)に、「ダヤン!(右)、バヤン!(左)、(いずれもインド古典太鼓タブラ・バヤンの左右の太鼓の名称と同じ)」は通じました。「Drut!(音楽用語の「早い」)」は、日常語でも「スピーディー、早い」ですが、人夫によっては通じませんでした。(通じないフリもありましょうが) 対語「Vilambit(Slow)」はより通じないでしょうし、使い時もないので試していません。しかし、これも音楽だけの言葉ではありません。

2、多国語が入り乱れることの功罪
今もドイツ語でカルテを書いている(随分少なくなったとも聞きます)お医者さんには嫌われるかも知れませんが、その習慣には「(昔の日本の医師に抱かれた)ドイツ語で書くことのステイタス」と「むやみに患者に医者の所見を明かさない(良くも悪くも)」という二つの性質があったと思われます。前者は、その習慣が薄れ、後者は「インフォームド・コンセント」の時代になって覆されました。私見としては、近年のあらゆる事柄に関する「平等・公開・権利保護」の風潮には、「やり過ぎ」と「それによって失われる大切なもの」も思わざるを得ないのですが…………………….。

音楽用語に関しては、今も相変わらず「イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語」で全てを覚えなければならないだけでなく、「調名」に関しては未だに「変ホ長調」などと、明治に創案された日本語の「ドレミ=ハニホ」が使われています。かと思えば、実際の現場で「ドレミ」などと言うと「素人臭い」とされ「ドイツ語のツェー、デー、エー、エフ」が好まれるとも言い、ポピュラー・ミュージックでは「英語のシー、ディー、イー、エフ」ですが、バンドマン(まだ居るのか?※)の「業界用語」では、「おい!こないだ立て替えたゲーセン(G千円=五千円)何時返してくれるんだい!?」のように「ドイツ読み音名」が隠語になっています。
(※)私が洋楽で最初に仕事をしたのが19歳の時の「キャバレーバンド」でした。

これらの混乱の原因に見られる性質には、「郷に入っては郷に従う」的な、日本人が得意な「適応性」の素晴らしさと、「形から入りたがり、形で満足し、形で終わる(仏作って魂入れず)」の欠点が併せ持たれていると考えられます。

かく言う私も「インド古典音楽」を学び、教える時には、前述のような「現地の専門用語」を用います。手持ちのレコードやCDの資料リストを作る時でも、欧米盤のライナーに「Raga Yaman-Kalyan Slow-Tempo-Composition in 16Beats Teental」などと書かれていれば「Raga:Yaman-Kalyan Vilambit-Gat:Trital」に書き直します。リストの全ての情報が、統一された書式・用語で整理されていないと、一目で確認や比較が出来ないからです。

ちなみに、そのようなCDが日本盤で出ると、私のようにインド語に徹底することがないのは勿論、日本語にも替えず、英語のままなのです。「ゆっくりな器楽」と日本語で書いてしまうと「なんだか興ざめする」ということでしょう。

しかし、ここにも「語彙が混乱する」原因のひとつがあります。日本人は外来文化に関するものを「日本語にしたがらない」ということと、欧米以外の文化に関しても「英語」を好むという、明らかに「コンプレックス」が存在する風潮です。ヒンドゥー関連に関しても「Veda賛歌」を「Vedic-Chant」と言いたがる。「インド占星術」に至っては、正しくは「Jyotish(ジョティーシュ)」なのに、一旦アメリカナイズされたものをそのまま使いたがるので「ショーティッシュ」と思い込んでいる専門家が少なくない。同じことで昔から憤慨しているのが、「猫の学名」。学名=ラテン語なのですから「Feline=フェリーネ」でしょうに、「知ったか連中」は、英語化した「フィーライン」を用います。

私は、同じく、ペルシア音楽、アラブ古典音楽、トルコ古典音楽、ギリシア…………ブルガリア…….キューバ、ヴェネスエラ音楽…………でも、それぞれの現地の音楽用語を頭に叩き込みました。そのような実体験から、明治以降の日本のクラッシック音楽の担い手たちが、「憧れとより深い理解の為」に、現地用語を懸命に覚え活用する気持ちはとても良く分かり、それらを無下に「形から入る」とは言い切れない思いです。

ただ、どんな音楽ジャンルにも言えることですが、「専門用語や演奏家、楽器職人など」の音楽ファン~マニアが知らないことを「ひけらかす」ようなタイプの人間も少なくありません。そのような人々は、極めて限られたジャンルや地域の情報に執着しており、関連の情報には全く目もくれないという特性があり、そこには比較も全体把握も全く価値を感じていないかのようです。(音楽だけのことではないかも知れませんが)

この場合の「現地専門用語」は、「形から入って形で終わるの姿がある」と感じざるを得ません。「何かを理解する」ということが、「一点集中でより詳しい情報を得ること」だと思っているのは、世界で日本人だけだからです。しかもその感覚には「探究心の結果」というよりも「ステイタス・自尊心の道具」と感じされるものが多いのですから尚更です。

幸いにアーユルヴェーダ関連の専門用語と理論は、並みのインド古典音楽用語より膨大に多い上に難解なので「調べたことをネットに並べる」のが精一杯なのでしょう。その解説も「分かっているように見せている」ものばかりで、いろいろ落ちや矛盾がありますから「ひけらかし」に至ってもいない感じです。
(ただ、深刻な問題は、読者も「分かった気になりたいだけ」の人が増えたので、むしろ「分かってもいないけれど、分かった気になっている人の解説」の方が好まれる方向性があることです。)

しかし「精神世界の語彙」に関する問題は、これらのこと以上に深刻なものがあります。
「現地音楽専門用語や思想、哲学、文化用語を、日本人が様々に受け止め活用しているか?」としても、いずれも現地ではその「意味・価値」が確定しており、「人によって解釈が異なる」ということはありません。ところが「精神世界の語彙」に関しては、より詳しい専門的な用語は普遍的ですが、最も基本的な「気分・感情・思考・心・魂」の定義と「感じた・思った・考えた・想った」の解釈と語法さえもが「(世界中で)人それぞれ好き勝手」なのです。それでは、その先の「専門的な理解」も幾ら詳しく学んでも大きく異なってしまいます。

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何時も最後迄ご高読をありがとうございます。

福岡市南区の自宅別棟楽器倉庫の教室では、インド楽器とVedic-Chant、アーユルヴェーダ音楽療法の「無料体験講座」を行っています。詳しくは「若林忠宏・民族音楽教室」のFacebook-Page「Zindagi-e-Mosiqui」か、若林のTime-Lineにメッセージでお尋ね下さい。 九州に音楽仲間さんが居らっしゃる方は是非、ご周知下さると幸いです。

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You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

「いいね!」「チャンネル登録」などの応援を頂けましたら誠に幸いです。

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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第32回グループ・ホーマ無事終了のお知らせ

第32回グループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

第32回グループ・ホーマは、10月10日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

 

神々の祝福と、より良い体験がありますよう、心よりお祈り申し上げます。

移り気な女神

新月の暗闇が光に包まれるディーワーリー祭。
そんな美しい夜に広く礼拝されるのが、ラクシュミー女神です。
ヒンドゥー教の創造神話である乳海撹拌を通じ、ラクシュミー女神はこのディーワーリー祭の日に、姿をあらわしたと信じられています。

豊かさの女神として崇められるラクシュミー女神には、チャンチャラという別名があります。
チャンチャラとは、あちこちに動く、不安定になる、などといった意味があります。
それはまるで、私たちが手にする富のようです。
ラクシュミー女神がそんな風に呼ばれるようになった理由には、ある神話が伝わります。

神々と敵対するアスラの生まれであるバリ王は、献身的に力をつけ、王国を繁栄させました。
しかし、強欲になったバリ王にうんざりしたラクシュミー女神はバリ王を離れ、神々の王であるインドラ神のもとへ行きました。
バリ王は力を失うも、インドラ神は力をつけます。
しかし、力をつけたインドラ神は遊びに耽り怠惰になると、ラクシュミー女神はインドラ神のもとも離れ、インドラ神は力を失いました。

バリ王のもとへ行ったり、インドラ神のもとへ行ったりするラクシュミー女神は、アスラたちから移り気で気まぐれな女神、チャンチャラと呼ばれてしまいます。
すると、ラクシュミー女神は答えました。
「私は正義に忠実である」と。

強欲になったり、怠惰になったり、私たちが正義を欠く時、さらなる富は生まれません。
それは、ラクシュミー女神が離れていくからです。
そんなラクシュミー女神が常に寄り添うのが、夫であるヴィシュヌ神です。
世界を維持するヴィシュヌ神は、正義の下で、大変な努力と働きを行う者であると考えたからだといわれます。

ヴィシュヌ神の下で維持されるこの世界を見てもわかります。
動きがある場所には、命や再生があり、動きがない場所には、死や腐敗があります。
自然の摂理に従って動くこの世界には、豊かな恵みが溢れています。

あちこちに動くラクシュミー女神を側に留めておくためには、私たちは常に、誠実な努力の下で動き続けなければなりません。
その人生には、限りのない豊かさというラクシュミー女神が、どんな時も側にいてくれるはずです。

(文章:ひるま)

大自然の平安を祈るグループ・ホーマ無事終了のお知らせ

大自然の平安を祈るグループ・ホーマにお申込みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

大自然の平安を祈るグループ・ホーマは、10月9日に無事に終了いたしました。

プージャーの写真を以下に掲載させていただきます。

神々の大きな恩寵がございますよう心よりお祈り申し上げます。

光の祭典−ディーワーリー(ディーパーヴァリー)

2018年11月7日は、ヒンドゥー教の三大祭のひとつであるディーワーリーの祝日です。このお祭りは、別名ディーパーヴァリーともよばれ、サンスクリット語では「光の列、夜のイルミネーション」を意味します。
この祭典期間中は、ろうそくや煌びやかな照明がインド全国の街中で灯され、その美しさはおおくの人々を魅了します。

このお祭りは、以下のように解説されています[1]。

「ディーパーヴァリーは「光の祭典」として知られ、正義が悪に打ち勝った象徴である。ランプには、その勝利の祝福と人類の希望の記として、灯が点される。ディーワーリーまたはディーパーヴァリー(陶器製のランプの列)を祝う理由は、ラーマが宮殿から追放され14年間を森で暮らす間に、シーターを奪った羅刹王ラーヴァナを殺し、凱旋したラーマを祝福するためである。ラーヴァナを殺した日は、ダシャラー(ディーワーリーの19〜21日前日)として祝われる。祭典は、光とランプに焦点がおかれ、地域によっては、花火が打ち上げられるところもある。

ディーパーヴァリーは、ヒンドゥー暦のアーシュヴィン月に6日間連続で祝われる。おおよそ10月あるいは11月に行われるが、インドでは、もっとも人気があり、待ち望まれている祭典のひとつである。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、シーク教徒は、この祭典を、人生の祝福、そして家族と社会の絆を深めるために祝う。ジャイナ教徒にとっては、もっとも重要な祭典であり、ジャイナ教暦では新年にあたる。またシーク教徒にとっても、信仰上重要な祭典である。

・ヒンドゥー教における意義
祭典は、悪に対する正義の勝利を象徴する。サンスクリット語のディーパーヴァリーは、光が暗闇に勝利したことをあらわす光の列を意味する。サンスクリット語の知識が廃れるにしたがい、特に北インドでは、名称が一般にディーワーリーと変化した。

ディーワーリーの日は、多くの人は新しい服を身につけ、お菓子を分け合い、爆竹を鳴らす。北インドの経済界では、事業年度はディーワーリーの日に開始され、新しい商業帳簿はこの日から付けられる。

ヒンドゥーでは、この祭典を祝う理由を、次のようにいくつか挙げている。

・スカンダ・プラーナによると、女神シャクティは、シヴァ神の半身を手に入れるために、シュクラ・パクシャのアシュタミー(月が満ちる時)から21日間の苦行を行った。この誓願(ヴラタ)は、ケーダラ・ヴラタとして知られる。ディーパーヴァリーは、この苦行が完了した日である。この日、シヴァ神は左半身にシャクティを受け入れ、アルダナーリーシュヴァラとして顕現した。熱心な帰依者は、空間を意味するカラシャと呼ばれる容器に21本の紐を入れ、35日間21種類の供養を行う。最終日はケーダラ・ガウリー・ヴラタとして祝われる。

・ディーワーリーは、アヨーディヤの王ラーマが羅刹王ラーヴァナを殺し、シーターと弟のラクシュマナとともに、アヨーディヤへと凱旋した祝いでもある。道に沿ってオイルランプに灯りを点すことで、暗闇にある人々の道を照らすと信じられている。北インドでは、祭典はヴィクラム暦の最終日に行われる。次の日は北インドの新年にあたり、アンナクットと呼ばれる。

・クリシュナの妻のひとりであるサティヤバーマーによって、大破壊をもたらした悪鬼ナラカースラ(地獄のアスラの意味)が倒された祝日。クリシュナのアヴァターの時代であるドゥヴァーパラ・ユガにもたらされた。別の解釈では、悪鬼はクリシュナ自身に倒されたともいわれる。南インドでは、シャリヴァハナ暦にしたがうため、ディーワーリーの新年は一致しない。
(以下略)」

地方によっては、女神ラクシュミーをお祀りするところなどもあるようです。この日はインドの習慣にならって、ランプに灯を点し正義の復興を願ったり、日頃お世話になっている人々に贈り物をしてみるのもよいかもしれませんね。

出典
[1] Wikipedia “Diwali”, http://en.wikipedia.org/wiki/Diwali

ヨーガ・スートラ第3章第38節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


बन्धकारणशैथिल्यात्प्रचारसंवेदनाच्च चित्तस्य परशरीरावेशः॥३८॥
Bandhakāraṇaśaithilyātpracārasaṁvedanācca cittasya paraśarīrāveśaḥ||38||
バンダカーラナシャイティリャートプラチャーラサンヴェーダナーッチャ チッタスヤ パラシャリーラーヴェーシャハ
束縛の原因が解かれ、進路がわかることから、心は他人の身体に侵入する。

簡単な解説:前節において、綜制が成就した結果として生じる諸能力は、三昧にとっては障害であるが、雑念にとっては霊能力であると説かれました。本節では、綜制の修習によって、心の束縛の原因が解かれると、心の進路がわかるようになることから、心は他人の身体に入り込むことができると説かれます。

スタッフ日記:第32回アンナダーナ終了しました!

第32回アンナダーナにお気持ちを寄せていただきました皆さま、本当にありがとうございます。今回は病院にて、滞りなく終えることができました。

病院では、9回目の実施となりました。
アンナダーナを実施するデリー周辺では、日中はまだ35度くらいの気温になりますが、朝晩はだいぶ過ごしやすい季節となりました。
現在は、先祖供養の期間であるピトリ・パクシャが続いています。
この間は、お祝い事などを控えたり、旅行などの娯楽を控える人も多く、いつもに比べると静かな時が続いています。
このピトリ・パクシャの間に食事の施しを行うと、先祖が喜ぶと信じられ、アンナダーナを目にする機会も多くなります。
今回は、そんな意義深い時の実施となりました。

8時前に始まった準備は滞りなく進み、出来た食事をトラックに積んで病院へ向かいます。
12時前には配膳を始めることができました。
配膳を始めるとあっという間に大行列となり、準備をした1000食分以上の食事を3時間弱で配り終えています。
最近は交通規制が厳しくなり、病院周辺ではアンナダーナを実施する場所の確保が難しくなっていましたが、今回は準備から配膳まで、無事に進めることができました。

アンナダーナを実施する病院は、広大なインドの各地から多くの人が訪れる病院です。
その中には、貧しい人も多くいます。
病を抱えながら、家族や故郷を離れ、ここを訪れる人々の不安や憂いは計り知れません。
そんな人々にとって、温かい食事は、何よりも大きな心の支えになるはずです。

他者を想い行動する時、自分自身の心にも大きな平安が生まれることを幾度となく実感しています。アンナダーナは、究極の霊性修行の一つです。皆様の温かいお気持ちが繋がり、一人でも多く人に平安がありますように、心から願っています。

次回は、寺院でのアンナダーナを予定しています。次回も温かいご協力のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

アンナダーナを通じ、皆様にも大きな恩寵がありますように。

(スタッフ:ひるま)

獣の愛

前々回、猪の女神ヴァーラーヒーのお話を書かせていただきましたが、獣の姿をとる神は意外に多いものです。
またシヴァも「獣の長」ですし、眷属として獣を従える神も多いです。
さらには、実際に土着神お寺などに参拝すると、人間の姿をとったご本尊であるにも関わらず、獣のような雰囲気を感じることがあったりもします。
以前、チンナマスター女神の寺院に参拝した時に、とても獣の雰囲気を感じました。
気のせいかと思いましたが、後に知り合いになった方がチンナマスターの礼拝をした時に獣の雰囲気を感じたとおっしゃっていて、同じことを感じられたのだなと、確信しました。

インドは日本に比べ野生動物が圧倒的に多いのですが、古代インドは、現在よりさらに自然が深く、ジャングルも大きかったに違いありません。
生活をしていく中で、動物に出会うことも多く、種類も多かったでしょう。
話が飛びますが、サンスクリット語の「ムリガ」は日本で「鹿」と訳されることが多いですが実は鹿だけではなく、もっと広い範疇の動物を網羅している、とサンスクリット語の先生におうかがいしたこともあります。
そのような多種多様な動物と触れ合う中で、特殊な力を持つ獣たちを神の姿に投影していったのは想像に難くないと感じます。

特に女神においては、その獣の母性が取り入れる際の重要な要素のひとつになったのだろうと感じます。
動物の子供を育てる際の母性は、非常に強いもので、自分の命に代えても子供たちを守ろうとします。
そのような強い母性で守ってくださるよう、女神からの保護を祈願したに違いありません。
その意味で獣の姿の女神は、より母性の強い女神と言えるのかもしれません。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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野菜の女神

空が高く澄み渡り、季節の移り変わりを感じるようになりました。
この季節の変わり目においては、女神を讃えるナヴァラートリー祭が9日間に渡って祝福されます。
山や川、草や木など、インドでは大自然のあらわれが女神として崇められてきました。
そんな女神の中に、シャーカンバリーという女神がいます。

シャーカンバリー女神は、ドゥルガー女神の化身であり、野菜や果物、緑の葉の女神として崇められています。
この地の深刻な食糧危機を救うために生まれたと伝えられる、シャーカンバリー女神。
その降誕神話は、自然災害が相次ぐ現代を生きる私たちに、多くの学びを伝えています。

厳しい苦行を行い、4つのヴェーダを手にしたドゥルガマと呼ばれる悪魔がいました。
賢者たちはヴェーダを失い、供儀という重大な義務の遂行ができなくなります。
火に供物を捧げることによって生まれるエネルギーは、かつてのように太陽へ届きません。
雲ができず、雨が降らず、穀物は枯れ、この地は荒れ果てました。
賢者たちはこの世界の大惨事を目にし、大自然を動かす女神の力を呼びさまそうと苦行を始めます。

賢者たちの苦行に心を動かされた女神は、その姿をあらわしました。
荒れ果てた世界を目にした女神は、哀れみと悲しみに打ちひしがれます。
その身体には無数の目があらわれ、9日間に渡って涙を流し続けました。
女神の身体から溢れる涙は、地上に降り注ぎ、やがて川を生み出します。

その後、飢える世界を救おうと、女神は野菜、果物、穀物、薬草といった自然の恵みを手にし、この地に命や再生をもたらします。
そして、女神はドゥルガマを倒すと、この世界にヴェーダを取り戻し、再び繁栄を呼び覚ましました。

飽食の時代にある今、かつて世界がヴェーダを失ったように、私たちは祈ることも忘れ、欲望のもとで真実を見失っています。
そして、女神そのものである自然を破壊し、私たち自身が苦難を経験しています。

インドでは、菜食の食事はシャーカンバリー女神の供物として食されることもあります。
食事という恵みに感謝をし、菜食を心がけるなど、自然を崇め、謙虚に生きることが、女神への一番の礼拝になるはずです。
一人一人がそうして生きることで、生きとし生けるものは平安に包まれるに違いありません。

(文章:ひるま)

ダシャラー祭(ヴィジャヤ・ダシャミー)

2018年は10月10日から10月18日まで、秋のナヴァラートリー祭が祝福されます。そのナヴァラートリー祭を終えると、10月19日には、盛大なダシャラー祭(ヴィジャヤ・ダシャミー)が祝福されます。

ダシャラー祭は、秋のナヴァラートリー祭を終えた後に祝福され、ドゥルガー女神が悪神マヒシャースラを倒した日として崇められます。また、ラーマ神が魔王ラーヴァナに打ち勝った日として、悪に対する善の勝利を象徴するとても吉兆な日でもあります。街のあちこちでは魔王ラーヴァナをかたどった人形が燃やされるなど、盛大な祝福が執り行われます。

ダシャラー祭に深く関わりがある魔王ラーヴァナは、10の頭を持ち、自らの頭を切り落としながらブラフマー神への苦行を行ったことで有名です。この10の頭に象徴されるものは、色欲、怒り、執着、強欲、慢心、嫉妬、自己中心、偽り、酷薄、自尊心といった、私たちの心を支配する悪質な感情や思考の数々と言われます。一方で、それは4つのヴェーダと6つのシャーストラを象徴し、ラーヴァナが知識に卓越した存在であることを象徴していると言われることがあります。そんなラーヴァナが唯一成し得なかったこと、それは感覚の制御でした。

ラーヴァナの10の頭は、5つの知覚器官と、5つの行為器官であるとも伝えられ、それは、目・耳・鼻・舌・皮膚(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)の5つの知覚器官、そして、口・手・足・生殖器官・排泄器官・(発声・操作・移動・生殖・排泄)の5つの行為器官にあたります。ラーヴァナは大きな王国を築くも、こうした常に変化を続ける肉体の知覚や行為を制御することができず、決して幸せに留まることはなかったと伝えられます。

一方で、ラーマ神は、この地において邪悪な力を破壊するために誕生したと言われています。信じがたいほどの超越的な資質に恵まれ、不屈でいて勇敢であり、無比の主として崇敬されています。ラーマ神の人生は、信心深い従順さ、比類のないの純真さ、汚れのない純潔さ、称賛に値する充足、自己犠牲、自我の放棄、そのものであったと言われます。ラーマ神への礼拝を行うことにより、心は守られ、崇高な真実を理解するための備えとなる信念を与えられると信じられています。

肉体をまとう私たちの内には、ラーヴァナの質も、ラーマの質も存在しています。悪質に苛まれる時、人は死の時まで、無数の不安と焦燥に苦しまねばなりません。それが、自分自身の内の無知から生じるものだからです。これらの悪質を滅し、至福に至るための唯一の方法が、自分自身の内にある神性に究極的に気づくということであると古くから示されてきました。ダシャラー祭は、9日間のナヴァラートリー祭を通じて清められた自分自身の神性を讃える日でもあります。

皆様にとって実りある時となりますよう、心よりお祈り申し上げます。