ガンガー・ダシャラー2017

2017年5月25日の新月(日本時間の新月は26日)より、ガンジス河の生誕を祝福する10日間の祝祭「ガンガー・ダシャラー」が始まります。その10日目となる6月4日は、ガンジス河が地上に現れた日と信じられ、多くの人々がガンジス河で沐浴をし、祈りを捧げます。ヒンドゥー教徒にとって、ガンジス河はあらゆる罪を清め解脱を授ける究極の存在であると共に、女神ガンガーとして多くの恵みを与える母なる存在でもあります。

一説に、天を流れていたガンジス河は、賢者バギーラタの苦行によって、この地に降り注いだと伝えられます。バギーラタは、殺された祖先の霊を清め解放するために、天を流れる純粋なガンジス河の聖水を必要としていました。ガンジス河を地上にもたらすために行ったバギーラタの大変な苦行に神々は喜び、女神ガンガーはシヴァ神にその急流を受け止められながら地上へ降り注いだと言われます。こうして地上にもたらされたガンジス河であるが故に、その聖水に触れることで罪が清められ、解脱を得ることができると、現代でも多くの人々がこの河を崇め、心を委ねています。

ガンジス河だけでなく、インドでは多くの河が神聖なものとして崇められています。大自然が生み出す清らかな流れは、時に荒々しさを見せることがあっても、その静と動の狭間で偉大な存在を気づかせます。人々の深い信仰が捧げられるガンジス河は、ただ見つめるだけで忙しなく生み出される思考が落ち着き、心が洗われる瞬間が幾度となくありました。

バギーラタが苦行によってもっとも純粋なガンジス河の流れを地上にもたらしたことは、私たち自身が日々の中で正しい行いを努め、肉体に清らかな流れをもたらすことに変わりありません。そうして生み出される行いは私たち自身を清め、解脱に向けた道へと導いてくれるものであることを実感します。

ガンジス河の聖水は、それを信じる者の心を清めるものです。清らかな心はより良い行いを生み出し、確実に私たちの歩みを向上させてくれるに違いありません。こうした純粋な存在を抱き続けることは、日々をより清く生きるための何よりもの支えになるものです。インドの人々が心から崇めるこの存在を、自分自身の内にも抱き続けたいと感じています。

(文章:ひるま)

87、インド科学音楽の将来: 樹を見て森を観ない「変質しつつある東洋医学」(1)

「着かず離れず」によって生きている
「太陽」が「恒星」と呼ばれる所以は、圧倒的な質量によって、惑星を引付けており、その結果、「惑星」からみれば「動いていない」ように見える。少なくとも、「惑星」のように「恒星」の回りを「着かず離れず」周回しているようには見えないからに他なりません。つまり「太陽系」という次元・領域に於いては、「太陽」の存在は絶対的に格が違うのです。

その「太陽の子たち」とも言える「惑星」は、「離れたいけれど離れられない」「寄り添いたいけれど寄りそえない」という「拮抗する力」によって「生き永らえている」と言っても間違いない筈です。何故ならば、太陽への求心力よりも遠心力が増せば、「惑星」は軌道を逸脱し飛び出してしまい、止めども無く宇宙を彷徨うことになるからです。「全ての生命体」は離脱の数秒後には全死滅してしまうでしょう。逆に「遠心力が求心力に負けて太陽に引付けられる」とやはり数分後(?)には、惑星上の全ての存在が焼けてしまい、やがて太陽に激突して吸収され・トしまうでしょう。

即ち、「地球」を含む全ての「惑星」は、「求心力と遠心力=収束(収斂)と拡散(離散)」の力の「拮抗(対峙)のバランス」の上に成立っているのです。あらゆる生命体の体の中身が「相反し対峙する要素の拮抗のバランスによって保たれている」という「最大原則」もまた、そもそもこの「地球という惑星の存在維持の摂理」と無関係ではない筈です。

同様に、私達人間が「集団(群れ)」に依存して生きながらも、「独立心やエゴ」というものを自覚し、許されなければ生きて行けないという「矛盾」もまた、「相反する二元の原理」の賜物とこじつけることも可能かも知れません。少なくともその姿を単純(素直)に見れば、「太陽と地球の関係」と同じです。「親や兄弟、家族と自己・自我」の関係もまた同様と言えるでしょう。

従って、現代人の多く(半数?)が、「自由気まま」「束縛からの自由、閉塞感からの解放」ばかりを願うという傾向は「遠心力(発散・離散)」の方向に偏っており、「恒常性バランス」の面では「病的」であるということが出来るのです。

逆に、残りの半数(?)は「正しいのか?」と言うと、その殆どには、様々な依存が見られます。「親の子依存(過保護・過干渉)、子の親依存や共依存」「ペット依存」「仕事(ワーカー)、薬物、アルコール、ギャンブル、SEX、物欲、支配欲、権利欲、名誉、自尊心、アイデンティティー、宗教、思想、観念、常識」などの他、重度軽度を問わず様々な「依存」は、ある意味「無意識に求心力を求めた結果」とも言え、「そうやって自分を留め置きてやっと、自分の存在を確かめ安心する」という、或る種の「本能的な欲求」とも言える訳です。

しかし、ここには私達の「心と体を蝕む、幾つかの大きな問題」が横たわっています。上記の話しを単純に鵜呑みにすれば「なるほど本能か!ならば私のこのもどかしい想いも自然体ということだな」と安心してしまうかも知れませんが、そこには幾つかの落とし穴や考え落ちが存在します。

「精神的には、既に宇宙の彼方で死滅している」もしくは、逆に「何かにしがみついて辛うじて生きている」のどちらにしても「不自然で病的な、しかし圧倒的多数の現代人」の「姿」であるとして、それを作り出した「要因」の最たるもののひとつは、「宇宙→地球→個々(自己)→数十兆の細胞や細菌」という「連鎖的、リンク的な共通構造の概念」が生み出す筈の「より正しい連帯・共存観」というものが「頭(知識や理解)では分かっては居ても、実感(や感情や心)では分かっていない」ということに尽きます。

「樹を見て森を観ず」は「良くない」と言うけれど
古代インドの叡智が仏教として東斬し、中国で漢字を得て日本に伝わったもののひとつ「森羅万象」という言葉は、奇しくも「森」という言葉を用いており、それは「実際の森のようでもある」と共に「そもそも『森』とは、様々な種類が共存する世界を意味する言葉なのだ」とも言えますので、「宇宙の森、地球の森、生命体の体という森」という理解が出来る筈です。

また、この「森」は、「一本の樹木の枝葉」に見ることも出来、その方が、古代インド「Vedaの科学」の「二元が一元に至る」ことに近い比喩とも言えます。何故ならば「樹木」の多く(殆ど?全て?)は、「二手の枝葉」に別れて成長すると共に、拡散・拡大して行きますが、大元の「幹」は「一元的」です。

19世紀の末のインドの聖人ラーマ・クリシュナ氏の高弟のひとり、ヴィヴェカナンダ氏が、師の教えを充実させた「ヴェーダの普遍的な論理性への回帰(再評価)」は、その後インドの或る種の「右翼的・保守・保護主義者」「ヒンドゥー至上主義者」たちによって、かなり歪められた「一元論」として、「思考停止した神秘性」と「逃避願望によって裏付けられた解脱と梵我一如思想」に変形されてしまった感が拭えませんが、ヴィヴェカナンダ氏の思想の根幹にあったものは「論理は宗教とは対立しない。むしろ宗教を正しく理解するために不可欠である」というものでした。

ヴィヴェカナンダ氏は、当時乱立した様々なヒンドゥー思想や,復興ヴェーダ学派、ヨガ学派の対立と争いを終わらせるべく、その全てを深く学び理解し尊重しつつ、「インド・ヒンドゥー・ヴェーダ文化とそのそ伝統と叡智」を総体化させることに努めました。

それは正に「ヴェーダ」という一本の「幹」から別れ出た「様々な枝葉」の全てを愛でる意識であり、「薪のように、単純に枝葉を束ねる」といった「全体主義やグローバリズム」とは全く次元が異なります。そして、そこには「相反するものの対峙によって全ての生命が維持される」という「恒常性の基本」に則った「自然の摂理」を重んじる「二元論」が確かに存在した上での「大元はひとつの幹」としての「一元論」を説いたものでした。

つまり「誰よりも幹こそは、枝葉の存在を認め愛で」「誰よりも枝葉こそは、その一本の幹を認め愛でる」という有り様です。彼のこの真意が正確に伝わり広まっておれば、長年の「二元論と一元論の対立」は言う迄もなく、「様々な学派の対立」も、ヒンドゥーの領域を越えた「民族、宗教対立」もまた、安直で短絡的な方向には進まなかった筈です。しかし実際のインドでは、アメリカの「トランプ政権」の十年も前に、ヒンドゥー至上主義・右翼・保護主義が台頭しています。

「言葉の上」だけの「森羅万象」
「宗教・思想・哲学」のみならず、「政治・社会」から「庶民生活」に至る、これらの全ての問題の元凶はいずれも、現代人の「森(一本の樹)」を「頭(知識)で分かっていても、感情・心では実感していない」ことに尽きます。

私事で恐縮ですが、例えば先日のことです。十数年前にお教えした生徒さんと久しぶりにメッセージのやりとりをしたのですが、近況報告と共に最近取り組んでおられるとても良いお仕事の話しを伺い、この十年の成長振りをお褒めしたのです。ところが、ひとつ大きな問題が変化していないことを見逃すことが出来ませんでした。それは「個人・個々の感性・価値観の違い」についてでした。

まず、極めて多くの人(受講生のみならず友人知人も含め)が、私という一人の人間が言うことは「一人の者の意見=個人の意見」としか考えない傾向が強いということです。そのような傾向の中で「森羅万象」を説いても、「樹を見てばかりで森を観ないのでは、分からない」と説いても「個人の意見」で終わりにされてしまうのです。

そして、もうひとつの問題。これこそは今の世の中、インド、日本を問わず世界的な大小の問題の根源かも知れないと思うのですが。「横の関係性」ばかりを考え(大事に考えたり、気にしたり、気に病んだり)替わりに「縦の関係性」は、ほとんど考えないし、感じることが出来ていないという問題です。

勿論、ここ(インド科学音楽=Vedaの叡智)で言う「縦の関係性」は、近現代社会の「縦の関係」とは全く無関係のものです。

この「縦」とは、「樹木の根っこ→一本の幹→太枝→中枝→枝葉」のことであり、上記しましたように、これは「宇宙→地球→生命体→生命体の体内」とも通じる(転化出来る)ものです。

その十年前の生徒さんは「例えば、私は先生のようには猫を愛せない」と言う例えをおっしゃいましたが、仮に「私は犬派だ!」だとか「人間とペットは違う!」という「個人の異なり」もまた「枝葉の違い」に過ぎないのですが、一段大元に戻って「命という太枝」に立ち返れば、その違いは無い筈なのです。

そもそも、同じ人間がインド音楽、トルコ音楽、アラブ音楽どころか東欧,アフリカ、キューバ、メキシコ音楽も演ること自体「違いが分かっていなくて出来るのか?」と言える筈ではないでしょうか。 敢えて「偉そうで感じ悪い言い方」をするならば、「その意味では非常識な程に非凡で希少な『この私が、まるで個性(個々の違い)を理解しようとしない』と誤解したり思い込むことなどあり得ないのではないか?」と申し上げたいとさえ思った次第です。

尤も、民族音楽ファンやマニアや、第三世界文化に関心の高い人々の多くもまた、私に対するこの誤解を強く抱いているようで、国際交流基金のイベントでアラブ音楽のレクチャー&コンサートをした時、終演後,多くのお客さんがステージに来てくれて嬉しい感想を下さいました。その中で、或る方がとても正直に「一人で数百の楽器や音楽を演るなんて、広く浅くどころか、皆若林流(つまり全てインチキ)なんじゃないか?と思ってましたが違いました。全くのアラブ音楽で感心しました。」と言って下さったのです。

この話しは、自尊心からの自己賛美では毛頭なく、如何に現代の人々が「横の関係性に偏ってこだわり,縦の感覚が分からなくなっているか!」というテーマに他なりません。失礼ながら「ひとつにこだわらないこと」の意味や価値が分かりにくいとお感じになったとしたら、その傾向(危険性)が少なくないかも知れません。

奇しくも、十年ぶりの生徒さんは、アラブ留学体験者さんで、十年前、私のアラブ音楽は「本物だ。アラブの土と風を思い出す」というようなことを言ってくれた人です。つまり「○○の専門」は「枝葉にこだわる」ばかりで、実はその「○○」自体も良く分かっていない場合が少なくない、ということです。

実際、昔の日本の三味線各流派の師匠たちは、見込みのある弟子には、一時期意図的に外に出して、他流(他の枝葉)も学ばせたものです。それも良い考えですが、一人の人間が、「他の枝葉も」とやるのは大変な労力と時間が必要です。私の場合は中学生からでしたから47年掛かっています。しかし,意識を「縦=一本の幹→大地→世界→地球→意識」という風に持って行くことが出来れば、全ての「枝葉」を実体験せずとも「一を聞いて十を知る」的な「共感感覚」というものが育ってくるものです。

図について
私が作図致しました今回の図は、中央の三分割された円が、アーユルヴェーダ・ファンに有名な「Tri-Dosha」という「三っつの体質」で、外側が、「万物の五元素(Bhuta、及び生命体の基本構造:Dhatu)」です。ご覧のように、「Kapha」は、「Prithvi(Bhumi/土、大地)」と「Jala(Apa/水、川・海)」との「1.5要素」、「Pitta」は、「Agni(Terjas/火)」と「Jala」の「1.5要素」で、「Vata」は、「Vayu(風)」と「Akash(空/空間)」の「2要素」を有するなどで対応しています。

即ち、「Tri-Dosha」は、生命体の存在と維持に不可欠な要素なのですが、近年の日本のアーユルヴェーダでは、「Pitta(Vata、Kapha)の亢進が○○の不調の元凶」と、極端な場合「まるで元凶(仇)のような扱い」で説き、「貴方は、そうなり易い体質」と決めつける傾向にあります。が、これは「遠からずとも当たらず」。もしくは或る意味「大きな危険を含む誤解を招く表現・解釈」と言えます。勿論「Dosha」という語の字義の所為もありますが、解釈は異なってしかるべきです。 言い換えれば、これもまた「樹を見て森を観ない傾向」によるところが大であると言わざるを得ません。 (Doshaについて詳しくは、後日この連載で述べます)

最後までご高読下さりありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

Hindu Chant講座Vol.2

Hindu Chant講座Vol.3

Hindu Chant講座Vol.4

Vedic Chant入門講座(基本理解編)

Ayurveda音楽療法紹介(基礎理解編)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編2)

アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編3)

(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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ヨーガ・スートラ第2章第19節

Hindu God Yoga Sutra of Patanjali Statue on Exterior of Hindu Temple


विशेषाविशेषलिङ्गमात्रालिङ्गानि गुणपर्वाणि॥१९॥
Viśeṣāviśeṣaliṅgamātrāliṅgāni guṇaparvāṇi||19||
ヴィシェーシャーヴィシェーシャリンガマートラーリンガーニ グナパルヴァーニ
特性のあるもの、特性のないもの、痕跡だけのもの、痕跡のないものが、グナの展開の段階である。

簡単な解説:前節において、「見られるもの」とは、三つのグナをあらわす、光輝、行動、停止の性格を持ち、それらから展開した、物質元素(五大)、知覚と運動の器官(十根)からなり、自己の本質の経験と解脱を目的とするものであると説かれました。本節では、「見られるもの」の三つのグナについて、特性のあるもの(五大、十根、意)、特性のないもの(五唯、我慢)、痕跡だけのもの(覚)、痕跡のないもの(自性)と、4つの展開の段階があると説かれます。

スタッフ日記:フード・サービス・プログラムのご報告(薪について)

フード・サービス・プログラムにご支援をいただいている皆様、本当にありがとうございます。

最近の写真が届きましたので、ご報告させていただきます。夕方5時半頃にリキシャで向かうと、病院の外には容器を持って待っている人々の姿があります。初めて入院をした人など、中には配給のことを知らない人々もおり、周りの人々から聞いて遅れて来る人々もいるため、食事を逃すことがないように、配り終わった後もしばらく待ち、確実に皆が食事を得たことを確認してから戻ります。

150人〜200人分の食事は、中には家族分を持ち帰る人々もいるため、30分ほどで配り終えます。

今日は配給に使用する薪のご紹介です。これでおよそ1ヶ月分。

薪は1kgあたり6ルピー(約10円)。この計算で、1ヶ月に必要な薪代は8000ルピー(約14000円)となります(2年前の情報なので、今ではもっと高くなっていると思います。)

今では150人〜200人分の食事を準備していますが、これから雨季であるモンスーンがやってきます。ケララでは、2017年は5月下旬頃に始まるのではないか、というニュースが伝えられましたが、雨季が始まると病気も増え、配給量も増えます。皆様の温かいご支援を心よりお待ちしております。

NGOからも心からの感謝をお預かりしています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(スタッフ:ひるま)

ヴァタ・サヴィトリー・ヴラタ2017

次の新月、主に北インドではヴァタ・サヴィトリー・ヴラタを迎えます。夫の健康と幸せを願う、既婚の女性たちによる祈りです。このヴラタ(誓願)は、死の危機にあった夫のために、妻であるサヴィトリーが大変な苦行を行い、死の神から夫を取り戻したことを祝福するものとして知られています。

この祝福において、女性たちは夫のために祈り、断食をし、プージャーを執り行い、そしてバニヤンの木の下に集います。バニヤンの木はクリシュナが休む神聖な木として崇められる一方、アーユルヴェーダでは薬木ともされ、長寿を授けると信じられる聖木です。

ヴァタ・サヴィトリー・ヴラタが広まるようになった夫を想うサヴィトリーの行いには、その献身的な愛に、死の神すらもひれ伏すという神聖さが象徴されています。家族が何よりも大切な存在であるインドでは、その繋がりの中でまず、自己を捧げる献身愛を深く学ぶことを教えられました。そうして全体と自分自身を強く結び、苦難を生み出す自己中心的な心を滅していきます。

そして、この祝祭にバニヤンの木が欠かせないように、こうしたインドの数々の祝祭は、そのどれもが大自然のサイクルと密接に繋がっています。変化を続けながらも、あるがままに存在する大自然を崇めることは、自分自身を本質へと繋げていきます。インドで過ごす日々において、太陽や月、山や川、その悠々と生き続ける存在に崇高さを見出す時、自分とは何と小さなものなのだろうと、自我が静まり、謙虚さを抱く瞬間が幾度となくありました。そこで得るものは、大きな平安であり至福であるように思います。

家族、そして自然。私たちは常に、多くのものに支えられ、そして生かされているということ、それを決して忘れてはならないのだと気づかされます。全体に育まれていることを意識し生きることは、あらゆる物事一つ一つに感謝の念を抱き、日々をより良いものとしてくれるものです。

物が豊かになり、精神面での繋がりを見失いがちな時だからこそ、自分自身を取り巻く存在をどんな時も忘れずに過ごすことを努めています。そうして自身のあるところを常に胸に抱き、大切な存在に気づいていたいと感じています。

(文章:ひるま)

ガネーシャ寺院群参拝

前回のツアーの最大の目的はアシュタ・ヴィナーヤカ(8体のガネーシャ)の寺院の巡礼でした。
長年暖めてきた企画です。
ガネーシャ信仰の中心であるアシュタ・ヴィナーヤカの巡礼は、インドでは有名ですが、海外ではほとんど知られていません。
日本人でも、もしかしたら個人で参拝された方はおられるかもしれませんが、8寺院すべてを巡られた方は少ないと思いますし、過去に日本人のツアーが組まれたことはたぶんないと思います。当然巡礼中に日本人はおろか他の外国人に会うこともありませんでした。
これらの寺院のご本尊の中には人間が造ったものではなく、自然にできたものもあり、信仰をあつめています。
寺院のエネルギーはどこまでもやさしく、一部畏怖の感情を抱く寺院もありましたが、ガネーシャ独特の包み込むような柔らかさも同時に存在していました。
個人的にはシッディ・ヴィナーヤカという右曲がりの鼻をもつガネーシャを10年にわたり信仰してきましたが、多くの寺院で数十分から1時間近く並んだのに対し、シッディ・ヴィナーヤカを祀る寺院では奇跡的に全く並ばずに礼拝することができました。長年信仰してくれてありがとう、と言われた気がして歓喜に満ちた気持ちになりました。
仏教に取り入れられ、日本に入って来て歓喜天となったガネーシャはとても怖い、という話はよく耳にします。確かに日本の歓喜天の寺院に参拝すると、そういう印象を持ちます。
しかし、アシュタ・ヴィナーヤカの巡礼を終えて、強い霊力をもつもののやはりガネーシャは本質的にやさしい神様なのだということを再認識しました。
そう、やはりガネーシャはどなたの信仰も許すインド精神文化を代表する神様なのです。

(文章:ガネーシャ・ギリ)

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ガネーシャ・ギリ氏共著 『インド占星術と運命改善法』

ガネーシャ・ギリによるインド占星術鑑定

ガネーシャ・ギリによるヨーガクラス
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シャニ・ジャヤンティ2017

ジェーシュタ月(5月〜6月)の新月は、インドの一部の慣習において、土星であるシャニ神の生誕日(シャニ・ジャヤンティ)として崇められています。2017年は5月26日です。

私たちの人生の歩みには惑星の直接的な影響があると強く信じられるインドにおいて、土星であるシャニ神の存在は特に大きなものです。シャニ神が広く崇められる理由には、シャニ神が多くの試練を私たちに授ける惑星であると信じられていることにあります。

人々はシャニ神を礼拝する時、黒い服を身につけ、黒い花や黒ゴマ、マスタード・オイルなどを捧げます。シャニ神自身も、真っ黒な姿で描かれます。しかし、シャニ神はその黒さとはかけ離れた、輝く太陽神スーリヤの子どもであると伝えられています。このシャニ神の誕生にも、さまざまな神話が存在します。

一説に、スーリヤ神と結婚をしたサンジュニャーは、スーリヤ神の強すぎる熱に耐えられず、自分自身の影(チャーヤー)を残し、スーリヤ神のもとを離れました。この影であるチャーヤーとの間にできた子どもがシャニ神であると言われます。

また、チャーヤーはシヴァ神への強い信仰から、シャニ神を身ごもっている間にも厳しい苦行を続け、食事を怠ることもありました。この苦行が、シャニ神を真っ黒にしたと言われています。父親であるスーリヤ神は、シャニ神が輝きを持たずに生まれたことから、チャーヤーを疑いの目で見続けます。チャーヤーの厳しい苦行から、シャニ神は非常に強い力を持っており、母親であるチャーヤーに疑いを持つスーリヤ神と敵対するようになったとも言われています。

シャニ神は、ホロスコープ上の配置によって、さまざまな試練を私たちに与えると信じられる惑星です。愛する者との別れ、大きな損失、身体的な苦痛など、その苦しみは計り知れないとも言われます。しかし、それら物質的な苦難はどれも、私たちを精神的に大きく成長させてくれるものに他ありません。

厳格な師としても崇められるシャニ神は、より良い道を歩むことができるよう私たちを導く存在です。人々が熱心にシャニ神へ祈りを捧げる姿は、心からの祈りによって、どんな苦難も克服できることを物語っているようにも思います。私たち一人一人が崇高な存在と共に生き、世界がどんな時も平安にあるよう心から願っています。

(文章:ひるま)

参照:http://en.wikipedia.org/wiki/Shani
http://www.shanidev.com/

宇宙の主の姿

ラタ・ヤートラーで熱心に礼拝されるジャガンナータ神は、東インド・オリッサ地方の土着神であり、その名は「宇宙の主」という意味を持ちます。クリシュナ神の化身としても崇められるこのジャガンナータ神は、神話において、手も足もない神であると伝えられてきました。クリシュナ神は一体なぜ、このような姿となって現れたのでしょうか。さまざまに伝わるジャガンナータ神の誕生神話の中から、スカンダ・プラーナに記されたある神話をご紹介いたします。

ヴィシュヌ神を熱心に礼拝する、インドラデュムナという一人の王がいました。インドラデュムナは、「ニーラ・マーダヴァ」という青い色をしたヴィシュヌ神の化身である美しいクリシュナ神の存在を知ります。そのクリシュナ神の姿を追い求め、インドラデュムナの探求が始まりました。

ニーラ・マーダヴァはジャガンナータとして、樹木から現れると耳にしていたインドラデュムナの前に、建築の神であるヴィシュヴァカルマンが現れると、その姿を作ることができるとインドラデュムナに伝えます。条件は、製作の過程を誰にも見られないようにするということでした。

インドラデュムナは製作のための秘密の場を準備し、ヴィシュヴァカルマンは製作に取り掛かります。何日か過ぎた頃、それまで聞こえていた製作の音が急に止むと、インドラデュムナは不安になり、開けてはいけないといわれていた扉を開けてしまいます。すると、ヴィシュヴァカルマンは姿を消し、そこには製作の途中であった、手と足がない神の姿がありました。

神を怒らせたと恐れるインドラデュムナに、手も足もない神となったジャガンナータ神は話しかけます。ジャガンナータ神は、手を使わずに供物を受け取ることができ、足を使わずに帰依者へ歩み寄ることができるという事実をその姿で伝え、インドラデュムナに宇宙の主である神の存在について説いたといわれます。

神の姿が見えない時、それが自分自身の本質であるからこそ、誰しもが不安になり、心を悩ませます。そんなインドラデュムナの思いから生まれた神の姿は、形には限定されない、超越した存在であることを私たちに伝えています。その姿を理解する時、私たちは大きな喜びに包まれ、確かな安らぎを得ることができるに違いありません。

(文章:ひるま)

参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Jagannath

スタッフ日記:チャイルド・スポンサーシップのご報告(2017年5月)

チャイルド・スポンサーシップ(子どもの教育支援)にご協力をいただいている皆様、温かいご支援をいただき誠にありがとうございます。5月の配給時の様子が届きましたので、ご報告をさせていただきます。

インドの多くの地域で酷暑期を迎えている今、子どもたちは長い夏休みを満喫しています。今回の配給は、ダリット出身で、支援家族の一人となっている15歳の女の子、ヴァルシャによって進められました。ヴァルシャは父親を知らず、お母さんは家政婦として働いています。

支援家族のリストを手にするヴァルシャ。同じく支援を受ける子どもたちの名前を一人一人呼びながら、配給を進めるとても重要な仕事です。最初はとても恥ずかしがっていたようですが、最後まで無事に終えることができました。配給を通じては、ただ物資を配るだけでなく、こうして子どもたちの豊かな成長のお手伝いもします。


来月、6月の配給は、学校の開始に伴い、洋服やバッグ、日傘、ノートやペンなどの学用品を配る、一年の中でももっとも重要な配給となります。また、ケララ州では6月よりモンスーンとなる雨季が始まりますが、ダリットの人々の主な仕事となる外仕事が減ることもあり、食材等を含め、6月〜8月はより多くの配給支援が必要となります。

子どもたちのお母さん。母子家庭であったり、貧困家庭であったり、ダリット出身であったり、病気を患っていたり、厳しい生活を余儀無くされています。日中は仕事をしていることも多いため、配給の多くは、学校がお休みとなり、お母さんたちの仕事が終わった第2土曜日の夕方に、皆を集めて様子を伺いながら行われています。

(スタッフ:ひるま)

86、インドの民衆音楽の現代と未来

インドの民衆音楽、民俗音楽、所謂「民謡」の類いは、私達日本人には計り知れないバリエーションがあります。まず、インド紙幣には17もの文字で金額が書かれており、同じ文字を用いても、例えばヒンディー文字圏でも、方言のレベルを越えているのでは?と思わされる程の異なりを感じます。

イギリス人宣教師が書いた、世界で初レベルのインド音楽研究誌には、「驚いたことに、インドでは100マイルも行くと言語も音楽(この場合は民謡に限定されていると思われる)も全く変わってしまうのだ」とあります。日本に置き換えると、東京から静岡に至った段階で、言語も音楽も変わってしまう、ということです。

勿論、「科学音楽」の後継である「古典音楽」は、民族の壁を越えており、その様は、ヨーロッパ中でイタリア人バッハの曲、ポーランド人ショパンの曲が演奏されることと同様です。北インド古典音楽は、ネパール、パキスタン、バングラデシの他、スリランカでも演奏されています。

また、日本でも「民謡」や「郷土料理」は、それこそ100マイル、県単位、地方単位で変わりますから当然かも知れませんが、「言語も民族も変わる」となると流石に実感が湧かないのではないでしょうか。これは多民族国家では、当たり前のことのようです。

1970年代の末、私が初めて在日インド人会のパーティーに呼ばれて演奏した際、驚く程褒めて頂いた後の歓談で、今からすれば恥ずかしい不勉強振りを呈したことがあります。愚かにも「皆さんヒンズー教徒なんですか?」と訊いたのです。
優しいインド人は、「何だい? ヒンズーって?」と言いつつ「もしヒンドゥーのことならば、答えはYESだ」「だが、もしヒンディーのことならば、答えはNOだ」
「この夫婦なんか、かみさんがヒンディーで語りかけると、旦那はウルドゥーで答えているさ」と丁寧に教えてくれました。

ご夫婦の旦那さんは、デリー生まれ育ちなので、ヒンドゥー教徒ですがウルドゥー語に染まっていたのでした。なので、地域民謡があまりなく、慣れ親しんだ非古典音楽は、ヒンドゥー讃歌「Bhajan」の他は、「Qawwali」や「Ghazal」と、何れもイスラム文化圏の音楽でした。

同様なことはパキスタンでも同じでした。在日パキスタン人が300人程集まった「建国記念日」のイベントで演奏を頼まれた際、冒頭の数曲は、最前列から殆どの聴衆が、「やんや」の喝采を送ってくれました。ところが、その後、南東部「Sindh」の民謡を演ったとたん、さっき迄「笑顔と喝采」だった大多数が、「笑顔」だけになって、手拍子も掛け声も無し。ところが、気付けば、最後尾の4~5人程が、席を立って会場の真後ろで無我夢中で踊っているのです。聴衆の2%ほどがSindh族だったことが歴然と分かりました。Balouchの曲は、中程右側のたった二人。そして後半、Punjab曲のメドレーともなると、会場は怒濤のごとく盛り上がりました。

冒頭の曲は、ウルドゥー語でしたが,その数倍の興奮度でした。

日本でも、地方の祭りや民謡となると、ネットの時代であろうとも、古式のままに演奏されます。最も流行に流され易い日本人ですから、「神輿の掛け声」は、一時全国で「せいや!」になったこともありましたが。

ところが、伝統に対して厳しい私の邦楽の師匠のひとりは、「1970年代に日本の民謡は死んだ」とさえおっしゃいます。その根拠が、「尺八の穴の位置が、全国でほぼ統一されてしまったからだ」とのことです。尺八で民謡を伴奏するようになったのは、明治初期に「普化宗」が廃止になり、尺八が民間に自由に用いられるようになってからですが、全国各地で、固有の「音感」に合わせて、穴の位置が異なっていたのです。
ところが1970年代にNHKの民謡番組が大流行し、各地から足代程度でアマチュア名人を呼び寄せていた頃に、番組専属の尺八奏者が、「俺が全部伴奏してやる」と言い出したとかで、局も、「歌い手ひとり呼べば良くなる」と簡単にそれを認めた結果、音程が揃ってしまったということらしいのです。歌い手さんも、アマチュアですから、「何だか音程がやりにくい」と思いつつも、相手はプロ演奏者。文句も言わずに謳っている内に、数百年続いた音程を忘れてしまった、ということなのです。

このレベルで見れば、確かに日本の民謡も大きく変化しているかも知れません。が、津軽三味線のコンテスト優勝者が、ジャズやロックとコラボしようとも、コンテストでは古曲で勝負していますから、優勝後の音楽活動はともあれ、伝統伝承曲の本懐自体には、そうそう「洋楽」が入り込む余地はないのだろうと楽観しています。

勿論、これには西洋音楽の「和声」が東洋音楽には不必要であることも大きなバリアーになっているに違いありません。例えば、国の三分の一から半分は「インド古典音楽圏」と言うことが出来るアフガニスタンでは、1990年代に入ってようやく「ギターにコード進行が登場」しましたが、1980年代にアフガン人の兄貴分から頂いた貴重な国営放送のVTRを観て仰天しましたのは、「ドラム・ベース・ギター」のロックバンド編成なのに、コード進行をしないのです。コード進行の為にこそあるベーズは、ずっと同じ音を刻んでいました。しかも、「リバーブ/ディ・激C・マシーン」といった音をズラして反復させる残響音効果が「よくあれでリズムが取れるものだ」という程、異常なまでに大きく掛けられていて、「これぞモダン・サウンドだ!」とばかりに演奏していました。しかし、ギターが演っていたことは、伝統民族弦楽器のそれに他なりませんでした。同じことは、タイ東北地方「イサーン」の伝統民謡「モーラム(掛け合い演歌)」や「プータイ舞踊」でも観られます、

同じ頃私は、意図的にアフガン伝統音楽や新民謡に「コード付け」を試みたことがありますが、ジャズの代理コードを駆使しても極めて難しいものでした。結果にはかなり満足していますが、決して「新しい音楽」にはなりませんでした。むしろ伝統曲の真髄が引き立ったかも知れません。もしこれが多くの人々に認められるならば、「コード進行(和声学)の無い東洋伝統音楽」の本筋は、コード進行を付けても、洋楽器を加えても「壊れない」ということです。恐らくこれは、日本の伝統邦楽の江戸時代の名曲でも同じであろうと思われます。

そして、とうとうアフガニスタンでも一般的になりつつある「コード進行のあるモダン・ポップス」の場合は、初めから「洋楽」として作られています。

このことを、野菜や鶏卵に喩えるならば、幾らポリ容器に入れようが、容器の中で育てて「真直ぐな胡瓜」を作ろうが、胡瓜、鶏卵自体は昔と変わらないということです。勿論、「化学肥料」や「抗生剤、化学栄養剤」を添加しているかも知れませんが、「生卵」を割ったら、既に醤油味やカレー味が添加されていた、というところには至っていません。。

写真は、比較的近年のインド北部のヒマチャル・プラデーシの祭りの楽団です。二人が叩く、比較的「浅胴」の両面太鼓は、中世初期に西アジアから伝わったものであろうと考えられますが、「S字」に湾曲した大型のトランペット「ナラシンガ」は、数千年前から存在する「蛇」を模した古楽器です。

その他、You-Tubeなどで多くの実例を観ても、伝統民族太鼓の「ヘッド(鼓面)」がプラスティックやファイバーに変わろうとも。演奏法に「ウケが良い」古典太鼓「タブラー」の奏法を取り入れようとも、基本的な大部分は、数千年継承されて来た伝統と替わりが認められませんでした。

「より難しい伝統技法」は大分廃れたかも知れないことを考えると、いささか楽観かも知れませんが、「インド(亜大陸)の民衆音楽」の伝統は、まだまだそう易々とは滅びないような気がします。逆に恐れるのが、昨今世界的に台頭している「民族主義・保護主義・排他主義」の思想やムード、そして政治に、それらが利用されることです。

中国人チェリストのヨーヨー・マ氏が、イスラム教の一派の財閥のスポンサーを得て1990年代末に行った「旧ソ連とイランなどの民族音楽紹介プロジェクト」の音楽監督に音楽之友社の依頼でインタビューをしたことがありますが、監督曰く、「民主化となった今後がむしろソ連時代より伝統に危機的なダメージを与えるだろう」と言っていました。事実、それから十年も経たない内に、例えばアゼルバイジャン伝統民族音楽の場合、「12曲の内、ウケる半数しか演らない」「その一曲の5楽章の内、ウケる部分しか演らない」ということが平然と行われるようにな・閧ワした。

音楽関係者も世界のリスナーも、その「部分」の「伝統技法とその超絶のテクニック蚤毎さ」に充分過ぎる程満足していますから、「間引きされた伝統」についての危惧・懸念・危機感を抱きようがないのです。
そこに、何らかの思想・政治・宗教活動の恣意による利用が加われば、「小手先とムード」ばかりが「伝統的」であっても、その「精神性」は、大巾に退化している筈です。さすれば、その「音」も、初めは感動しても、やがて、その「奥深さや厚み」に欠けることが分かるかも知れません。しかし、現代は、あらゆる事柄に、そのような「深みや精神性」を求めず「分かり易く、現状や自分を肯定してくれるものばかり」を求める方向性に大きく偏っているとも思われますから「分かる人」も激減して行くのかも知れません。

最後までご高読下さりありがとうございます。

You-Tubeに関連作品を幾つかアップしております。
是非ご参考にして下さいませ。

Hindu Chant講座Vol.1

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Vedic Chant入門講座(基本理解編)

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アーユルヴェーダ音楽療法 (実践編1)

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(文章:若林 忠宏

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若林忠宏氏によるオリジナル・ヨーガミュージック製作(デモ音源申込み)
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