100、インド音楽に於けるメイン・カルチャーとは (その1)

サブカルチャーのアンチテーゼによって浮かび上がるのがメインカルチャーか?
本来の「文化論」。すなわち「メインとサブのカルチャー論」は、文化、芸術のみならず、私たちの生活感、ひいては人生観、生き様といったテーマに始まり、社会とその仕組みに至るまで、それこそ、何百年何千年もの長きに渡って広く深く関わって来ました。

しかしながら、少なくとも日本では、1990年代からの、所謂「サブカル・ブーム」によって、それら「本来の文化論」は、大分歪められて理解されるようになってしまったと考えます。

勿論、世界的規模で「サブカルチャー」という観念が顕著に現れ社会現象になったのは、1960年代、70年代、80年代であり、それらには「それぞれのサブカル意識」が存在しました。しかし、日本に於いては、所謂「サブカル」などと言うようになって、あたかも「自分たち向けの心地良い文化感」であると感じて疑わなくなったのは、やはり1990年代に入ってからに他なりません。

そもそも1945年の第二次世界大戦の終結以降、世界的規模で、「旧態」に対するアンチテーゼ的な「流行や風潮」が生じました。同時に、社会制度、福祉、人権問題に於ける「変革・改革・改善」の必然的な要求が、社会全体に「風潮」として波及し、「アンチテーゼ」と「改革」の区別線引きがなされないまま、「大きなサブカル意識(ムード)」のようなものが固まってしまった感もあるのです。

確かに、「人権、社会制度、福祉」の改善・改革の、或る意味「闘い」に於いては、旧態及び、そこから生じた「既得権益を守らんとする考え方」との熾烈なぶつかり合いが避けられません。

「文化・芸術」に於いても同様に、「旧態」に対する「反発・アンチテーゼ」というもは、文化全体に強い影響を与え、その新陳代謝に大きく貢献し、数十年単位では、伝統に対してさえも、大いに変革を与え、結果論として、それが「伝統」にさえなり得ます。

つまり、結果論と現実論の上では「サブカルチャー」は、現代の理解のまま、「反発・アンチテーゼ」があたかもその本質であるかのようですし、その意味に於いての価値は確かに存在すると考えることが出来ます。

しかし、「サブカルチャー」というものは、そもそもそのような「アンチテーゼ」である必要や必然があったのでしょうか? そもそも「反発・アンチテーゼ」でなくてはならなかったのでしょうか? これについて明確な説明をしている例を、私は未だ発見出来ていません。

「規則があれば、逆らいぶっ壊す」「既成の観念があれば逆らいぶっ壊す」という図式では、「親の言うことを聞かない」「約束やモラルを守らない」という、単純な「自己中・我が儘・身勝手」の領域と線引きが出来ませんし、総体的に総じて延べれば、「いずれも幼稚なふてくされ、逆らい、へそ曲がりに過ぎない」とも言えます。もしそうだとしたら、そのようなものを果たして「文化」と呼んで認めてしまって良いのでしょうか?

そして、今回の表題のテーマに於いて、最も重要な問題が、頼みの「メイン・カルチャー」というものが、上記しましたような、もしかしたら「極めて幼稚な精神構造が生み出した」かも知れない「サブ・カルチャー」の存在によって「相対的に認識される(やり玉に上げられたかのごとく)もの」のようである、という情けない状況であると考えます。

ところが事実、私達の身の回りにも、「アンンチテーゼではないサブカルチャー」というものが確かに存在します。そのひとつが「都市(都会)と郊外(所謂田舎)の対極的な性質」に見られます。

例えば、「都会」では、「流行」が最も人々の関心と、言動に大きく作用するとします。言わば「流行の変遷に乗り遅れないようにすること=変化し続けること」が「都会カルチャーの本質」にあるという見方です。それに対して「田舎カルチャーの本質」は、「変わらないこと」であり「変わるとしても極めてゆっくりと」であると言えます。

両者は全く逆ですが、「対峙し競い合い、アンチテーゼの関係である」訳では全くありません。同様に「物や言葉や、心の価値」「時間の流れる早さ」なども「都会と田舎」では、全く逆とさえ思える程の違いがありますが、対立構造から生まれた訳ではありません。

このことを「基本」に考えて検証すると、
じつは「都会=メインカルチャー」である根拠は全くないのです。ましてや「ハイ・カルチャー」であるとも全く証明出来ません。むしろ、「逆」かも知れないことに気付かされます。

勿論、「田舎の閉塞感」に被害者意識を抱き、「都会で自由奔放に生きること」を夢見て田舎を飛び出すような「アンチテーゼ」の精神性に於いては、自ずと「自分の感覚を認めて貰いたい」意識が、強烈に存在しますから、自分が「墜落している/退化している/向上の逆である」とは思いませんし、思いたくないですし、言われたくもない。

その結果、「都会がより良く、田舎は駄目だ」的な幼稚な比較意識が、或る種の「正当化(言い訳)」的に生じ、自ずと「都会の風潮=メイン(ハイ)カルチャー」「田舎の価値観=サブ(ロー)カルチャー」的な自負が固まってしまうことはあり得ます。

しかし、皮肉にもこの精神性は、むしろ「田舎をメイン(ハイ)カルチャー」であり「都会のそれを平凡で俗(大衆的)で、移り気な(軽薄)で、決して長く生き残って行かない(伝統にならない)価値の低い(カルチャーとも呼べないような?)」ものであると、証明しているかも知れません。

しかし、いずれにしても、「メイン・カルチャーとサブ・カルチャーの関係」が個々の人間の気分感情の次元に於いて論じられるはずもないのですから、この「都会がより良く、田舎は駄目だ的な幼稚な比較意識」が「カルチャー論」であろう筈もないのです。

では、何故に「都会と田舎では、全く逆の文化性が存在するのか?」

それは実に単純なことです。

例えば、前回のコラムで「ラウンド・アバウト式」についてお話しました「交差点」ですが、「車が様々な方向から集結する」その姿こそ「都会」を意味しています。

「様々な方向」は、「様々な価値観」であり、それが、融合することなく「混在」すれば、或る種の「カオス」になるのも当然。そして、そこでは「ぐずぐずするな!」とけたたましくクラクションが鳴り響き、当然「時間が早く流れる」訳です。

それに対して「田舎」は、やがては「交差点」に通じるかも知れませんが、「田畑の中を通る、果てしない一本道」のようなものです。「急かす人」も居ないところに、回りの景色の移り変わりが少なく単調なために、当然「時間はゆっくり流れる」感覚に至ります。むしろ人間は、そのような「自然的な単調さ」に心や目を奪われ、何らかのささいな変化を見ようとすれば、「真っ正面だけみて猛進」ではない、「ゆとりあるドライブ」を楽しむかも知れません。

余談ですが、しばらく前のNHK特集で、そんな「互いに見晴らしの良い田舎道の交差点」で、むしろ「あり得ない衝突事故が多い」ことを説いていました。
田舎の長閑な風景が、相対的に認知させる「距離感・スピード感」が狂るわせてしまうところに、相手の車の存在を相対的に感じさせる対象物が、あまりにも回りに存在しないかららしいのです。

言い換えれば、「都会には都会の魔性があり、それに慣らされ鈍らされる感性」もあれば、「田舎には田舎の」「それ」があるのだろう、とも言える訳です。

しかし、ここではっきりと言えることは、「時間がゆっくり流れ、物事がゆっくり変化する」風土(環境と条件)の中で、育まれたものの方が、「逆の風土」で生まれては消えて行くものと比べて、「圧倒的に高密度・高純度・高確率で、後世(次代)に継承される」ということです。

その結果、この「風土」を象徴的に表す「田舎」が、より「伝統的である」ことと、「都会」が、より「流行(文字通り流れて行ってしまい残らない)」こともまた、必然である訳なのです。さすれば「どっちが良い、どっちが駄目」のような低次元の「好みの問題」ではなく、「田舎の風土と文化性」の方が「メイン・カルチャー」であることは、紛れもない事実であるとも言える訳です。

そもそも「流行」さえも「文化」である、と思う考えるようになったのは、記録がより定かになった、「紀元以降の人間の歴史」の中で、つい一昨日位最近のことです。それほどに「メイン・カルチャー(ここでは田舎都会は論じず、何処であれ)」が衰退し、「文化」そのものが「落ちるところまで落ちた」結果、「流行や風俗」さえも「文化」とせねばならなくなったに過ぎません。

これらのことを基本的かつ論理的に充分に理解していないと、今を生きる私達は、「文化とは何か?」「そのメインとサブとは何か?」というものをより正しく理解・認識することは出来ません。

何故ならば、この「基本概念」の上に、それを時には踏みにじるような「作為的・恣意的な力」が与えられ、「文化」は愚か、その「土壌」の価値観さえも歪めて私達に強い印象を与えるからです。

それは、古今東西の「為政者」の巧みな政策であり、「ごく一部の権益者」が作り出す「まやかしの社会構造」であり、それが生み出した「錯覚の価値観」が、今日の「メインだサブだ」などの「文化論」の基本に、殆ど誰も疑いもせずに収まってしまっているという大問題です。

そもそも「都会と田舎」は、「交差点と一本道」のような、「価値の上下もない」ありのままの必然的な姿でした。

しかし、前述したように、「都会という十字路の性質」の所為で、「都会」では、もっぱら「情報交換」と「消費」が最優先され、二次的に「換金→商業活動」が派生し発展します。その結果、「生産」や、本来の在るべき姿の「創造・創作」は、反比例して割愛されます。

それどころか近代以降は、「商業活動=経済」の潤滑と発展が、全てに先走って求められ。「売る為に作る」「次を買わせる為に壊れるように作ったり」「新しいデザインの商品を流布し未だ使える商品を古臭いと思わせたり」という、明らかに「本末転倒」「本来の目的を見失った」姿さえもが当たり前に思われるようになってしまいました。

一方の「田舎」は、もっぱら「生産」と「創作」そして「継承と維持」という極めて「生命的な行為」が主体となっており、本来「自給自足」も成り立っていました。

ところが、そもそも「都会」には、「生産能力」というものが大巾に割愛されているのですから、「都会」に構える為政者は、当然のように「田舎」を隷下に置きたいと思う訳で、そこに「搾取」や「アンフェア」が生じ、ひいては、他国・他民族にそのターゲットを転化させて「植民化」や「隷属」といった不条理が平然と行われ、それらが、皮肉にも後の「サブカルチャーの主格」である「差別・人権問題の改革・革新」や「既成の価値観や社会制度に対するアンチテーゼ」という姿の源泉を生み出すのです。

つまり、本来は「十字路と一本道」のような、非作為的な結果論の違いでしかなかった「都会と田舎」が、為政者の恣意・作為から生じ、都会の人間たちがそれに何の疑問も反論も示さず容認することで成り立ってしまった「歪んだ階級差」が形作られてしまったのです。

結果、「田舎」は、「都会の食料庫・材料庫」的な立場で隷属させられ、「人生観から生活感」を含むあらゆる価値観が、「都会感覚」に或る意味「毒される」結果となってしまったのです。

また、一方で、かつての炭坑で栄えた街や、ニシン漁などで栄えた街のように、「生産(と言ってもどちらも狩猟・採集的ですが)」が先行し「都会」が後から形成された場合もあります。しかし、これは例外的ですし、そもそも「バブル的」とも言えるもので、実際「石炭の時代の終焉」や「ニシンの不漁」によって、あっと言う間に廃れてしまいました。

このように、「文化論」は、「本来の自然発生的な姿」と「為政者」及び「都会の人間」の恣意・作為によってねじ曲げられた側面とを、しっかり分別して見て考える必要があるということです。後者には、「階級意識、差別意識」が生じ易いという本質も忘れてはなりません。

巷で殆ど語られていないことを、敢えて強調するならば、「アンチテーゼ」や「差別・階級」から生まれたり、更にそれらを増長させるような「サブ・カルチャー」は、「本来の姿ではない」ことも熟考して頂きたいと思います。

そもそも「田舎の一本道文化」は、「都会」に対抗心を抱いて作られたものではないことは言う迄もなく。「都会」とは全く異なる人生観・生活感によって、自然発生し、何百年も何の不便も無く継承され続けて来たものです。

また一方の「都会の十字路文化」の特性もまた、自然発生的に生まれたものであって、そこで必要不可欠な分の「換金や商業」そして「流行や風俗」が生じ、人間の喜怒哀楽を反映して励まされたり癒される職業があってもしかるべきです。しかし、何時の間にか、それが「全て」であり「生きる目標」であるかのようになってしまうのは、やはり本末転倒と言わざるを得ません。

勿論、「全てがそうだ」とは言いませんが、「売る為に売れるものを作る」「ウケるためにウケる芸術を創作する」という発想が当たり前であり、当然、自然と感じて疑わないような風潮もまた、「本末転倒」の極みでもあると言えるのです。

ずいぶん古い写真で恐縮ですが、
原っぱの向こうに、小さな集落がある写真は、インド国鉄の車窓から見た、名も知らぬ農村の風景です。写真の時点で、そしておそらく今日も、きっと数百年姿も暮らし振りもほとんど変わっていないのだろうと思います。

白い牛が台車を引く雑踏の路の写真は、アワド王朝の都だったラクナウの裏路地。片側二車線の大通りから一本入っただけで、台車の車輪が中古のタイヤであること以外、やはり数百年前とほとんど変わっていないのではないでしょうか。

最後までご高読下さりありがとうございます。

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是非ご参考にして下さいませ。

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(文章:若林 忠宏

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