「個我は、この身体において、少年期、青年期、老年期を経るように、来世には他の身体を獲得する。そのことについて、賢者は惑わされない。」
(バガヴァッド・ギーター)
インド思想において、人生はそれぞれのステージに応じて、目的と役目が定められています。学びが必要なとき、仕事が必要なとき、そして隠遁・休息が必要なとき。少年期から、青年期を飛び越え、老年期に至ることができないように、誰しもが通らなければならない道です。学生のときは、勉学に励み、社会に出てから必要になる知識や教養を身につけなければなりません。社会に出て仕事に打ち込み、やがて結婚すれば、家族を養う必要が出てきます。必要以上の富や欲望は問題を生み出しますが、必要最低限の富や欲望は、人生を営む上で不可欠です。
ラクシュミー女神は、仏教では吉祥天女として伝わる、富と美と幸運を司るヒンドゥーの神様です。彼女の手からは、金貨が溢れ出ているように、現世利益を追い求める多くの信者から崇拝されています。宇宙を維持するヒンドゥー教三大神のひとり・ヴィシュヌ神の妃として知られるラクシュミー女神は、一方で、目には見えない心の豊かさを授ける女神でもあります。努力を怠る怠惰な人々、物質的な豊かさのみを追い求める人々は、彼女の理想ではありません。現代では、多くの人々が、ラクシュミー女神を崇拝するようになりましたが、彼女から好かれている信者はごく僅かであるといわれます。ラクシュミー女神には、4本の腕があります。それぞれの腕は、ダルマ(正義)、アルタ(富)、カーマ(願望)、そしてモークシャ(解脱)を意味します。彼女の本質は、人々の願望に応じた物質的な豊かさを与え、それによって人々を解脱へと導くことです。
ラクシュミー女神は、その役割に応じて、八つの姿をもつ次のアシュタ・ラクシュミーに分けられます。
①アーディ・ラクシュミー(マハーラクシュミー):ラクシュミーの祖先型。ブリグの娘としてのラクシュミーの化身
②ダナ・ラクシュミー:ダナ(金)を司るラクシュミー
③ダーニャ・ラクシュミー:農作物の豊饒を与える、穀物の女神としてのラクシュミー
④ガジャ・ラクシュミー:ガジャ(象)のラクシュミー。牛や象など、動物を与えるラクシュミー。一説では、権力を授けるラクシュミーともいわれる。
⑤サンターナ・ラクシュミー:サンターナ(子、子孫)を授けるラクシュミー
⑥ヴィーラ・ラクシュミー(ダイリャ・ラクシュミー):勇気や武勇、人生の困難に立ち向かう力を授けるラクシュミー
⑦ヴィジャヤ・ラクシュミー(ジャヤ・ラクシュミー):困難を克服し、勝利や成功を授けるラクシュミー
⑧ヴィディヤー・ラクシュミー:芸術や科学などの知識を授けるラクシュミー
これら八つの姿を通じて、彼女は人々を真の幸福、すなわち解脱へと導くサポートを行います。
恩恵を授かるため、ラクシュミー女神への礼拝は、信者によってさまざまかもしれませんが、もっとも重要なことは、心を込めることです。マーター(母)・ラクシュミーとも呼ばれるように、彼女は全人類にとっての大いなる母です。子の願いに応じるように、母なるラクシュミー女神は、信者たちの心からの願いを聞き入れます。また別名シュリー(幸福)とも呼ばれるように、人々が幸福であることは、ラクシュミー女神の願いでもあります。
彼女に捧げられる祈りのひとつに、次の御真言があります。
「オーム・シュリー・マハーラクシュミイェー・ナマハ」
(偉大なるラクシュミー女神に帰命いたします)
心を込めてこの御真言を唱えるならば、母なるラクシュミー女神が、きっとあなたの切なる祈りに応えてくれるに違いありません。
※この原稿は、「ハムサの会 会誌No.51 2014年冬号」に掲載されました。
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