シヴァ神の妃として崇められるパールヴァティー女神は、最初の妃であるサティーの生まれ変わりとして知られています。サティーは、父親のダクシャによって傷つけられたシヴァ神の名誉を守るため、自らを火に投げ入れ命を絶ちました。ヒンドゥー教の多くの神々は妃との関わりが深く、その存在は女神として独立し崇められるなど、とても重要な意味を持っています。
そんな女神の中に、「食物に満たされた者」の意味を持つアンナプールナー女神がいます。食物や豊穣の女神として崇められるアンナプールナー女神の存在は、シヴァとシャクティ、プルシャとプラクリティ、精神と物質、男性と女性、それらが本来一つであり、創造と完成には、女神(シャクティ)の存在が欠かせないことを伝えています。
ある日、シヴァ神は妻であるパールヴァティー女神に言います。「物質世界は全て幻影である。食べ物も幻影の一部にすぎない。」食べ物を含め、世界のあらゆるものの現れであるパールヴァティー女神はその言葉に怒り、シャクティ(エネルギー)の重要性を示すために姿を消します。
パールヴァティー女神のいなくなった世界からは食べ物が消え、荒廃し、生き物たちは飢え始めました。その状況を憐れんだパールヴァティー女神は世界に戻り、食事を与えるためにカーシーに台所を整えます。シヴァ神はお椀をもってパールヴァティー女神のもとを訪れ、「物質世界を幻影としてあしらってはいけないことに気がついた」と述べます。パールヴァティー女神は怒りを収め、シヴァ神に食事を与え、アンナプールナー(食物に満たされた者)として崇められるようになったと信じられています。
男性原理(精神)であるシヴァと、女性原理(物質)であるシャクティの結合は、究極的な解脱として古くから人々に求められてきました。私たちがこうして肉体を持ち生まれたこと、それは、生きる日々におけるさまざまな経験を通じ、完成への道を歩んでいることに変わりありません。
世界を生み出す原動力であり、さまざまな姿形となってあらわれる女神たちは、私たちの内にも大きな力として生きています。女神を讃えるこの吉兆なナヴァラートリを通じ、自分自身の意識であるシヴァと、そのエネルギーの源であるシャクティを、内なる世界で深く見つめ直したいと感じています。
(文章:ひるま)
参照:"Annapoorna devi", https://en.wikipedia.org/wiki/Annapoorna_devi
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